デザイナー/アーティスト 松井 龍哉氏【前編】
現在、急ピッチで建設が進む大阪・関西万博。その中核となるパビリオンで、50年後、1000年後のロボットデザインを担当しているのが松井龍哉氏(藝術学部客員教授)だ。松井氏は日本を代表するロボットデザイナーとして活躍する一方、現代美術家として昨年、世界遺産 東大寺に作品を奉納するなど、多彩な創作活動も行っている。今回はデザインと現代美術の領域を行き来する松井氏の、作品に込めた思いを聞いた。
デザイナー/アーティスト 松井 龍哉氏
松井「東大寺奉納プロジェクトは、長引く地域紛争や地球温暖化など、さまざまな不安をもつ現代人の心を鎮めるために始まったものです。東大寺に奉納した作品は太陽を象徴し、地球温暖化の抑止や恒久の平和への願いを込めてつくりました。一つ目は世界中の小学生でもわかる、シンプルで明快なメッセージを伝えること。赤い太陽は昨年の猛暑を思い出させ、『手のひらの太陽』というサブタイトルを付け、大仏様の手の上に乗る姿を想像してつくったものです。直径2メートルも大仏様の手のひらに乗せた場合を想定して割り出した大きさです。二つ目は、最先端の技術を使って制作し、未来の人々に現代の技術水準を伝えることです」
世界最大の木造建築である東大寺にあやかって、本作品は北海道日高産の理想的な状態に乾燥させた緋カツラ材でつくられた。木材であるがゆえに難度は格段に高くなるが、それを解決する技術の証を未来に残しておこうというのだ。
松井「木を曲げて球形をつくると将来弾ける可能性もあるため、太い角材から円弧の形を切り出しました。内部の立体になったメビウスの輪はコンピューターで緻密に計算し、微妙な曲線の違いを表現するため細かく分割して削り出しています。もちろん手作業でできることではないので、ドイツ製の5軸の複合加工機を持つ東大阪の木工工房に依頼し、若い職人の方たちと試行錯誤を繰り返しながら組み上げました」
現在は大仏殿出口近くの回廊に展示され、今年9月末まで鑑賞できるという。日本人も海外からの観光客も、皆自分の手を伸ばし、手のひらに乗っているかのように写真を撮ってSNSに投稿している。松井氏が意図した通り、メッセージがネットに乗って世界中に広がっている。
松井「今回の奉納を通じて、日本から世界に向けて平和や環境に関わるメッセージを伝える意義を、強く感じました。また、表面的な美しさだけでなく、その基にある物語性を論理的に考え、ゼロからイチを創造することこそ美術家に最も大切なことだとも実感しています」
大阪・関西万博会場の中央にはシグネチャーパビリオンと名付けられた八つのパビリオンがあり、担当プロデューサーが異なる視点から「いのち」について展示を行う。その中でアンドロイド研究者として著名な石黒浩大阪大教授が担当する「いのちの未来」では、50年後と1000年後を想定し、人とアンドロイド、ロボットが共生する世界が展開される予定だ。
松井「1000年後と聞くと途方に暮れますが、私たちには1000年前の歴史があります。平安時代後半の頃の人々のことを考えると、競争心や嫉妬心があったり、組織の問題があったりと、現代とそれほど大きく違いません。変わっているのはやはり技術。今から少し進んだ人々が幸せに暮らせるために、ロボットはどうなっているのが理想的か。そう考えることでビジョンが見えてきました」
このパビリオンは主催者が提示するコンセプトゾーンの役割を果たす。そのため独創性よりも普遍性のあるデザインを目指した。
松井「ダイバーシティにも配慮して、こんな未来なら行ってみたいと思えるデザインを示しました。どんなものかは言えませんが、楽しみにしてください。石黒教授のもとで構想に1年をかけ、各種クリエイターと既に実設計に取り掛かっています」
<プロフィール>
松井龍哉(まつい・たつや)
昭和44年東京都生まれ。日本大学鶴ヶ丘高等学校を経て平成3年藝術学部デザイン学科卒。
本学卒業後に丹下健三・都市・建築設計研究所を経て渡仏。帰国後に科学技術振興事業団ERATO北野共生システム研究員。平成13年にフラワー・ロボティクス社を設立。自社ロボットの研究開発からトータルデザインまで幅広く手掛けている。
ニューヨーク近代美術館、ベネチアビエンナーレ、ルーヴル美術館内パリ装飾美術館 ヴィトラデザインミュージアム等でオリジナルロボットの展示を実施。また近年は美術家として現代美術作品を制作/発表し収集されている。平成18年 個展:松井龍哉展(水戸芸術館) 23年 個展:花鳥間(POLA MUSEUM ANNEX)。令和4年より一般社団法人奉納プロジェクト理事。日本大学藝術学部客員教授。
著書「優しいロボット」大和書房 令和3年