リオ五輪では、頂点まであと一歩のところで勝利を逃し、悔しさが残る銀メダルとなった柔道100kg超級の原沢久喜選手。
東京五輪で“柔道王国ニッポン”を世界に誇るため、全日本の強化委員長という重職を託された男子柔道部・金野潤監督。
師弟関係にある2人の、2020年に向けたそれぞれの挑戦、その冷静かつ熱い決意を伺いました。

東京へのカウントダウンはもう始まっている。

リオ五輪・決勝での原沢選手と、テディ・リネール選手(仏)

リオ五輪・決勝、テディ・リネール選手(仏)に惜しくも優勢負けし銀メダル。

―― リオの舞台を経験して得たことはありますか?

原沢 オリンピックの舞台は、会場の雰囲気やマスコミの対応とか、ほかの大会とは全然違うものがあって、だいぶ緊張しました。「負けては帰れない」という気持ちなどいろいろありましたが、その分メンタル面ではすごく成長できたかなと思います。

―― しばらく柔道から離れていたとか。

原沢 帰国後2ヵ月ほどは、取材やイベントなどがあって毎日忙しかったし、リフレッシュできませんでした。トレーニングはしていましたが、柔道着は着ていなかった。2ヵ月ぶりに柔道着を着て練習したら、改めて「柔道ってきついな」って感じました。疲れますね、柔道は(笑)。

金野 メダリストとして注目度が上がったことで、取材もそうだし、祝勝会やイベントなどあちこちに呼ばれたりして、精神的にはオリンピック以上に疲れたんじゃないかな。

―― メダリストとなって立場が変わりました。

原沢 2020年に向けて、最初のうちはやはり、他の選手に追われる立場になるんだろうなと考えていました。でも、今年に入って出場した3大会で全部負けているので、今はもう“追われる”なんてことは意識していないですね。敗因は、自分のチャンスだったり、相手のスキだったりを見極めきれていないということでしょうから、しっかり練習を重ねて試合に臨んでいくことが大事だと思っています。

金野 オリンピックに向けて自分を極限まで追い込み、決勝という本当に大きな山まで突っ走ってきた。そこから気持ちを切り換えるのは、なかなか難しいものだし、稽古を積み込むところまで周囲がちゃんと持って行ってあげられなかったことは我々も反省すべき点ですが、逆に今回(全日本柔道選手権)の負けで、もう一度スタートを切り直せる。まだまだ伸びていく選手だから、1から始めるつもりで東京オリンピックへ向かって欲しいですね。

「世界選手権の結果と内容を見て東京までの道筋を考える」

「世界選手権の結果と内容を見て東京までの道筋を考える」

―― 8月の世界柔道選手権大会はどう戦いますか?

原沢 一本を取りたいというのもありますが、それよりもここ最近勝てていないので、とにかく勝ちたい。優勝したい。勝ちにこだわって泥臭くやっていきます。大会までまだ3ヵ月あると思うし、その間にしっかりトレーニングが積めますから、筋肉量を3~4kg増やして体を大きくし、パワーを付けようと思っています。きっちり体も心も作って、万全な状態で挑みたいですね。

金野 筋力アップ、体重アップは、まだまだ完成していないところだし、避けては通れないところだね。日本チームとしては、今年はリオ組と若い世代の融合した新しいグループで世界選手権へ行きます。世界も少し様変わりしてくるところなので、日本と世界の力関係、選手の力量というものを、現場でしっかり見る年だと思います。それで、チャンスを与えた選手たちが、どのような結果・内容を見せてくれるのか、それによって東京までの選考も変わってくるので、今年出たメンバーの力をしっかり分析していきたいと思います。

―― 国際大会のルール変更については?

原沢 試合時間が4分と短くなったことで、相手にポイントを先行されてしまうと、逆転のチャンスが少なくなります。逆に言えば、自分が先にポイントを取ってしまえば、有利に試合を運べるということ。指導ポイントだけだと延長になるので、その辺のペース配分も重要になってくると思っています。

金野 ポイントの重みとか戦い方が非常に変わってきますね。世界選手権の後でまたルールが再考されるので、選手もやりにくいところだと思いますが、その点は海外の選手も同じです。ただ、彼らは勝つための方法を模索してくる…より戦略的なんです。日本人は基本的なことを大事にしようとか、一本勝ちこそが柔道なんだとか、そういう感覚が我々の中にもありますが、海外の選手は全くそんなことを考えていない。「勝つために一番効率良い方法は何か」という戦い方です。そういう意味で、日本人も同様にドライに考えていくべきだと思います。

原沢 確かにドライに対応していかないと、外国人選手には勝てないです。でも、一本を求めていくことも大切だと自分は思うので、その辺のバランスなんじゃないでしょうか。

原沢選手

「あと3年を悔いなく過ごす。そして最後には頂点に立つ」

―― 世界選手権にはリネール選手も出場しますね。

原沢 世界選手権の前のグランドスラム・ロシア大会にリネール選手が出場するので、新ルールの中でどういう戦いをするのかを見てから対策を立てていきます。自分がオリンピックと同じ戦い方をしていたら、全く歯がたたないと思うので、ビデオを見ながらいろいろ考えます。こういう組み手は嫌っているなとか、こういう技を掛けると潰れるなとか、細かいところを研究していきますが、技を狙うのは難しいので、練習でシミュレーションを重ねて体に覚え込ませていきたい。リネール選手に勝って優勝したいですね。

原沢選手、金野監督からのメッセージ

原沢選手、金野監督からのメッセージ

―― 3年先、2020年までのイメージはありますか?

原沢 リオの時は、その前年からスパートをかけて代表権を取りましたが、東京に向けては、もう今年からというのを意識しています。そういう年齢であるし、立場でもあるので、そこは前回とは違います。あと3年のうちに、世界選手権が3回ありますから、その全部に出場して、そこから1年の流れを掴んで、そのいい流れを維持したまま、充実した気持ちで東京オリンピックを迎えたい。1日1日悔いがないように過ごしていって、最後には必ず頂点に立ちたいと思います。

金野 強化委員長の立場とすれば、切磋琢磨するメンバーが増えるほどその階級のレベルが上がってくるので大変喜ばしい。強い選手が群雄割拠している状況は、緊迫感が生まれて、日本にとっては良いことだと思います。100kg超級のクラスでは、今回の世界選手権代表となった原沢選手と王子谷(剛士)選手の2人は同い年で、お互いに切磋琢磨して、今までどちらかが上に行って、どちらかが屈辱を味わうといった歴史を何年も繰り返してきました。今後も2人が中心になっていくでしょうが、その下の世代、うちの佐藤和哉(法学部・4年)を含めた若い選手たちが、2人を追いかけて引きずり下ろそうとするでしょうし、上の2人は下を叩き潰してやろうとなるから、この階級の戦いはますます激しくなるだろうと思います。これからが楽しみですね。

Profile

原沢 久喜[はらさわ・ひさよし]

1992年生まれ。山口県出身。早鞆高校卒。法学部卒。日本中央競馬会(JRA)所属。
日大在学中は2011年の学生体重別選手権、2013年のベルギー国際大会、2014年のグランプリ・青島などで優勝。JRAに入社した2015年は、全日本選手権の初優勝を皮切りに柔道グランドスラム3大会で金メダルを獲得。翌2016年もグランドスラム・パリと全日本体重別選手権を制し、国際大会での成績が評価されリオ五輪100kg超級の代表となる。オリンピック決勝では、連覇を狙うリネール選手(フランス)の巧みな試合運びの前に惜しくも銀メダルとなった。今年8月のブダペスト世界柔道選手権にも、100kg超級代表としてライバルの王子谷選手と共に選出されている。

金野 潤[こんの・じゅん]

1967年生まれ。東京都出身。日本大学第一高校卒。文理学部卒。総合社会情報研究科人間科学専攻修了。文理学部准教授、日大男子柔道部監督。
日大入学後、全日本ジュニアや学生体重別選手権で準優勝して一躍注目を集め、同年代で後の五輪メダリスト・小川直也選手と常にしのぎを削ってきた。1994年の全日本選手権で悲願の初優勝、1997年の同大会も強豪を次々と下して30歳にして2度目の優勝を飾る。長きにわたり第一線で活躍するも、世界選手権や五輪とは結局無縁だった。1989年に母校のコーチに就任、まだ無名だった原沢選手の才能を見出し、メダリストに育て上げた。リオ後には、東京五輪に向けた全日本柔道連盟の強化委員長に抜擢され、男子柔道部監督と二足のわらじを履く。

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