競技歴16年。高校生の頃から国際大会へも出場し、経験と実績を積み重ねてきたクロスカントリースキーヤー・栃谷天寧選手(文理学部・4年)。今年の全日本学生スキー選手権大会(インカレ)では、1.3kmスプリント、5kmフリー、15kmクラシカルを制して個人種目3冠に輝いた。しかし、怪我の影響もあり、決して満足いくシーズンではなかったかもしれない。これまでの大学3年間と、予定している手術を経て復活を期す大学ラストシーズンへの思いを語る栃谷選手の言葉からは、競技に向き合う真摯な姿勢が伝わってきた。
(取材:2025年3月24日)
授業で学んだことを競技に活かす
「姉がやっているのを見て、楽しそうなので私もやりたいと思った」と、2つ上の姉・栃谷和選手(文理学部卒、自衛隊体育学校)の影響で、5歳の頃から始めたクロスカントリー。中学時代は全国大会で姉妹揃って上位に入り、その後はスキー競技の名門・北海道おといねっぷ美術工芸高校から日本大学文理学部/スキー部へと、姉と同じ道を歩んできた。
「中学までは夏に陸上競技をやっていました。ただそれは、あくまでクロカンのための体力作りみたいな感じで始めたものでしたから、陸上も楽しかったんですけど、そちらの方へ行くというのは考えていませんでした。日大進学を決めたのは、姉が在学していたからということもありますが、それよりも練習環境や指導体制とかを含めて、他大学と比べて1番充実しているように思えたことが大きな理由です」

スキー部の活動では、ふだん、長距離ランニングやスピードトレーニングなどの走りの練習のほか、「ウエイトトレーニングや体幹トレーニングは、日本大学アスレティックセンター八幡山のトレーニングルームでやることが多くあります」と、フィジカル中心の練習で雪の上に立つ準備を重ねる。さらに、週1回程度は三軒茶屋キャンパスに設置されている大型トレッドミルを利用し、ローラースキーのトレーニングを実施。斜度や速度を変えながら、強度を調整し、実戦に近い形でのトレーニングを行なっているという。
また、大学入学後の3年間を振り返ると、これまでとは練習に対する意識が変わってきたと話す。
「スキー部での練習は、選手個々にメニューが出ているのですが、自分に足りないものを補うために、自分でメニューを組み替えたり、練習を足したりと、自分の考えを尊重してもらえるところがいいなと思います。ただメニューをこなすだけではなく、自分に合った練習を考えたり、コーチに相談したりすることができるようになりましたし、練習の質を上げるという意識を持って取り組んでいます」
特徴的なのが、心拍数を基準にした練習。心拍数が測れる機器が付いたベルトを胸に巻き、腕時計に表示されるリアルタイムの心拍数を確認しながら各種メニューに取り組み、それぞれに設定された心拍数に沿うようにペースをコントロールするというもの。その成果は、もともと栃谷選手の強みであった持久力をより高めるものとなり、「トレーニング中はもちろん、レース中も装着しています」と、そのデータを試合でも活用している。
一方、学業の面でも栃谷選手は「文武両道に努めている」と胸を張る。大会や合宿参加が増える冬の期間こそ「先生方に配慮していただき、レポート等を提出する」というものの、平時は授業への出席を怠らず、そこから多くの学びを得ているという。中でも、トレーニング系や栄養系の科目に興味があり、「スポーツ栄養学で学んだことはふだんから実践しています」。「クロスカントリーは持久力が重要になる競技。糖質(炭水化物)をしっかり取らなければいけないですし、鉄分ほかの栄養素を含めた食事のバランスについては、常に考えるようにしています」
怪我を乗り越え、より強くなって戻ってくる

インカレ5mフリーで坂道を駆け上る栃谷選手。
今年2月中旬に行われた全日本学生スキー選手権(インカレ)。個人3種目に女子ランナーチームのエース格で出場した栃谷選手だったが、その実、憂慮すべきこともあった。昨年8月、ウエイトトレーニングの最中に肩を脱臼。癖がついて外れやすくなったせいか11月に2度目、インカレ直前の今年2月上旬には3度目の脱臼を経験した。2回ともスキーで滑っている際に転倒し、手をついてしまったことが原因だった。それでも、「痛みはなかったので、滑ることに関しては問題なくできました。転びさえしなければ大丈夫かなと思っていました」と、前向きな気持ちでインカレに出場。大雪の影響で体力勝負となったレースだったが、栃谷選手は、1.3kmスプリントクラシカルで同期の柏原明華選手(文理学部・3年)とのワンツーフィニッシュでインカレ初優勝を飾る。さらに、勢いそのままに5kmフリーも力強い滑りを見せ、再び柏原選手とのワンツーフィニッシュで優勝。翌々日に行われた15kmクラシカルも圧勝し、見事に個人種目3冠を達成した。

インカレ15mクラシカルは後続に1分以上の差をつけてフィニッシュし、個人種目3冠を達成した。
本来であれば、前回大会3位入賞(15kmフリー)を果たした全日本スキー選手権(3月)にも出場するところだが、「インカレ後に診察をしてもらい、手術をすることにしたので、全日本は出ずにシーズン終了としました」。近々、肩脱臼再発防止のための手術を受けるという。
栃谷選手にとってクロスカントリーは「楽しいもの」。「勝ちたいという気持ちはもちろんありますが、勝利はあくまで結果です。私としては、競技は自分がどこまでいけるかの挑戦であって、勝ちはそれについてくるものという感覚です」と明かす。
高校3年時に、FISノルディックジュニア選手権に初出場以来、世界の舞台で戦ってきたが、その中で感じた自分に足りないものは、「スピードと持久力、そしてテクニック。基本的には全部です」と笑った。「これから競技を続けて世界と戦っていくためには、全てをレベルアップしていかなければいけないと思っています」

長い距離のレースが得意だという栃谷選手。高校2年時の全日本選手権では、未知の距離となる30kmクラシカルに挑戦して堂々入賞。「長い距離に対する練習を積み重ねていけば、もっと上位を狙える」と自信を持つことができたと振り返った。
ただ現在は「目標は何も見えてない状態」だと話す栃谷選手。それでも「怪我の影響で練習ができなかったり、制限されることもきっとある。しかし、そうした時間も、自分の考え方や取り組み方を見直すいいチャンスだと思うので、しっかり自分を見つめ直して、より強くなって復帰できるように頑張りたい」と言葉に力を込めた。
来年2月に開催されるミラノ・コルティナ2026冬季五輪について問うと、「競技へ復帰できるまで半年ぐらい。今シーズンには間に合いますが、どんな状態で試合に臨めるかがまったくわからないので、今は五輪を目指すというよりも、その時にできることを頑張りたいという気持ちです」と答えた栃谷選手。さらに「いつかは五輪に出てみたいと思いますが、それよりも、世界で戦えるようになりたいという気持ちの方が強いですね」と、自身の成長の先を見据える。「W杯をはじめ、シーズン通してたくさんあるレースでしっかり戦い切ることが大事。その中の1つとして五輪に出られるような状況になっていたらいいなと思います」
半年先に始まる大学でのラストシーズン、心身ともに充実して強さを増した栃谷選手が、雪原を颯爽と駆け抜けていく姿を見られるはずだ
Profile
栃谷 天寧[とちたに・たかね]
2003年生まれ。北海道出身。北海道おといねっぷ美術工芸高卒。高校在学中の2019/2020シーズンから全日本スキー連盟の強化指定選手となり、’22年、ジュニア世界選手権に初出場。’24年は2月にU23世界選手権に出場、3月の全日本スキー選手権では女子15kmクラシカルで3位。その後、肩関節の脱臼を繰り返すも、’25年2月はU23世界選手権に出場、さらにインカレでは個人種目3冠の完全制覇を達成し、女子団体準優勝に貢献した。