最下位に終わった今年の箱根駅伝。巻き返しを図るべく、日本大学陸上競技部特別長距離部門は成長の鍵を握る夏合宿を8月上旬から北海道釧路市でスタートさせた。選手それぞれが、さまざまな想いを抱いてハードな練習に取り組む中、3年間輝きを失っていた滝澤愛弥(文理4・佐野日大)がようやく目覚めようとしている。(取材日:8月15日)

「自分が思い描いていたのは、もっと華やかな大学生活でしたが、真逆な3年間になってしまったなというのが正直なところです」と、苦笑いを浮かべながら話した滝澤選手。中学時代は、サッカー部をメインとしながら、陸上部の大会にも出場。結果が出るようになり、楽しくなっていった。佐野日大高校から本格的に陸上競技に取り組み始めると、すぐに頭角を現し、駅伝や長距離種目で栃木県内はもとより関東・全国の大会でも好成績を収めた。

自他ともに期待する中で日本大学陸上競技部特別長距離部門の門を叩いたが、そこからの3年間は苦しみと葛藤の連続だった。
「1年目は、まだコロナ禍にあったし、故障や監督不在などがあって、やる気がなくなっていました。周囲に流され、自分にも負けて、ただチームをサポートしていただけ。そのツケが回ってきて、2年目・3年目に走れなかったと思っています」

2年生の時、チームは9年ぶりの箱根駅伝出場に盛り上がっていたが、メンバー選考には全く絡むことができなかった。「チームが出ているだけで自分は関係ない」と気持ちが入らず、同期の2年生が箱根路を走ったが、「悔しいという思いもなく、他人事の感じでした」。それでも2人の4年生から給水係としての指名を受け、「お世話になった先輩方に選んでいただいたことが、とてもうれしかった」と振り返る。

2年生の終わりごろから少しずつ自分の走りを取り戻してきたが、初めて参加した昨年の夏合宿は3日目に故障。以降は全く走れなくなった。それまでも競技をやめることを考えた時はあったが、「本気でやめようと思ったのはその時が初めて。両親にも、やめたいっていう気持ちを伝えました」。
しかし、自分は何のために走っているのかを考えた時に気づいた。家族や周囲の人たちが喜んでくれることをモチベーションとしていたが、「自分のために走っていなかった。大学での自分は何もできていない」と。
「最初に自分でやると決めたことは、最後までやりきりなさい」と、子どもの頃から厳しく母に言われてきたことも、前に向かせた。「もう1回、学年トップを獲りたい、もう1回やって見せる」と反骨心が生まれ、心は再び走りだした。

昨年の箱根予選会もメンバー入りはできず、本戦では2区の給水係と8区の選手の付き添いを担当した。「記録会でタイムが出ていたので、メンバー入りできるんじゃないかという期待もあった。そこで外れてしまったので、『これからを見とけよ』という闘争心がすごく湧いていました」と、その心の内は前年とは全く違っていた。

4年生となった今、滝澤選手はようやくその実力を発揮しつつある。4月の記録会で復活を印象づけると、5月の全日本大学駅伝の関東地区選考会では1組目の出走を任された。大学入学後初めての主要レースで、「きつさはあったけれど、あまり緊張するともなく、久しぶりにワクワクしました。表舞台に戻って来れたという気がして、少しですが、新しい自分を出せたかなと思います」と、言葉に喜びをにじませた。

自分なりに手応えを感じているものの、「まだどこか殻を破り切れていない。もう1段2段上がらないといけないというのを感じています。大きなインパクトを残すようなレースもできていない。もっとチームの起爆剤になれるような走りがしたいですね」と意欲的だ。

その一方で、「これまで継続した練習ができず、10000mやハーフマラソンでの成功体験がない分、少しビビってしまう」と言い、「垂れて(失速する)しまったらどうしようという恐怖があって、思い切り前に行けない。毎回8000m以降のペースアップに対応できない」という課題の克服をめざす。

苦悩した3年間を糧にして、「チームの頼りになるような走りをしたい」と挑んでいく学生ラストシーズン。「チーム内ではまだ下の方ですが、何としても箱根を走るという気持ちで、最後はしっかり勝ち取りたいと思います」と、中学時代に思い描いた夢に向けて、自分らしい走りを見せていくつもりだ。

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