12月6日(土)、日本大学野球部の創部100周年を祝う祝賀会が、OB会組織「桜門球友クラブ」の主催により開催された。卒業生約270名が出席した中から、プロ野球のフィールドで輝くレジェンドや現役選手たちに、学生時代の思い出や野球を通じての学びなど話を聞いた。

大学4年間のさまざまな経験が、プロとしての土台になった。 阪神タイガース 1軍ヘッドコーチ 和田 豊 氏(昭和60年・文理学部卒)

祝賀会の式次第が進み、鏡開きのあと挨拶のためマイクを握った和田氏は、突然、前の週に阪神タイガースと仮契約を交わしたドラフト2位指名の谷端将伍選手(経済4・星稜)を壇上に呼んだ。この日が初対面だという和田氏は、緊張の面持ちの谷端選手と固い握手を交わすと、「レギュラーを取れるよう鍛えていきたい」と、プロとしての成長の後押しを明言。谷端選手も「長く野球をやりたい。レギュラーでフル出場を目指してやっていきたい」と意気込みを口にした。


その後、マスコミの取材に応じた和田氏は、「新たに入団してくる選手みんなに期待するけれど、大学の後輩でもあるし、期待というより頑張ってほしい」と、改めて谷端選手への思いを語った。
「東都大学リーグの入替戦はすごいプレッシャーがあるもの。特に1部6位で臨む入替戦は大変だけれど、彼はその経験もしているし、大学ジャパンでもしっかりやっているので、経験は十分だと思う。まずは、プロで戦える体を作ること。自主トレで体を作っていくというより、自主トレには肩もできている万全な状態で入ってきてもらいたい」

また、どういう選手になってほしいか問われると、「近い将来、レギュラーを何年も張り続けられるように。それは自分の努力次第というところもあるけれど、心技体だけじゃなく、頭を使いながらすべてを野球に使う、野球に没頭するというようなプロ生活を送ってほしい」と答えた和田氏。「これから未知の世界に入るけれど、今日は(プロの)先輩が何人も来ているから、いろいろ話を聞いて、いろんなことを吸収していってほしいですね。そういうところも日大のいいところだと思います」


一方、和田氏自身の日大での4年間について尋ねると、やはり「入替戦の厳しさが最も印象的」だという。
入学当時、チームは2部にいたが、1年秋に7度目の2部優勝(1981年)を飾り、入替戦も勝って1部に昇格。以降は卒業まで1部で優勝争いをした。
「今は(甲子園の)5万人の前で野球をしていますが、当時の入替戦も、ものすごいプレッシャーの中で試合をしたことを覚えています。ただ、本当はない方がいいのですが、入替戦を経験したことでプラスになっていることもたくさんある。僕らは優勝争いをしたのは1シーズンだけでしたが、それ以上の経験をいろいろさせてもらったと思っていますし、そうした経験のすべてがプロとして生きていく上での土台になったと思います」と、懐かしそうに振り返った。

人とのつながりが、スカウトの仕事にも生きている。 阪神タイガース アマスカウト 吉野 誠(平成12年・経済学部卒)

「100年という歴史ある野球部で、4年間だけではありますが、携わることができたことを誇りに思います」と、柔和な笑顔で語った吉野氏。
野球部の片岡昭吾監督と同期で、大学2年生の時から左腕エースとして活躍。2年秋のリーグ戦で9度目の2部優勝を果たすと、東洋大との入替戦では3試合すべて先発し、4季ぶりの1部復帰に導いた。
1999年のドラフト会議で阪神タイガースから2位指名を受けて入団した吉野氏は、サイドスローへの転向を機に中継ぎとしての地位を確立。曲がりの大きなスライダーやカーブなどの変化球を武器に左打者を抑え込み、2003年にはチーム18年ぶりのセ・リーグ優勝に貢献した。
オリックス、ソフトバンクを経て‘13年に引退した後は、古巣タイガースで関東地区担当スカウトに就任。今や中心選手として君臨する森下翔太選手(’22年ドラフト1位)も担当して入団に結びつけた吉野氏は、今年は後輩の谷端選手を担当した。
「直接携わった選手なので、もちろん活躍を期待しています。同時に、私がスカウトになってからプロ入りした京田(陽太)選手ほかの選手たちにも、日大野球部OBとしていい成績を残せるように頑張ってもらいたい。そういう部分もこれから谷端選手が継承し、阪神タイガースで活躍してもらいたいと思います」

吉野氏に大学時代の思い出を問うと、和田氏と同じく入替戦を挙げた。
「2年秋、2部から1部に上がった時の試合ですね。4年生の人たちが引っ張ってくれ、その中で下級生として伸び伸びやらせてもらえたので、すごくありがたいと思いました。その結果、いいパフォーマンスができて1部復帰ができたので本当に良かったですし、先輩方に感謝しています」

さらに、野球部での4年間を振り返り、「人とのつながり」が今に生きているという。
「礼儀作法も学びましたが、やはり人とのつながりが財産になります。高校までのそれとは全く違うし、スカウトとして全国で仕事をするようになった今こそ、そういうつながりが生きてくることも多いですね。
また、4年間指導を受けたことで大人として成長できた部分も多く、非常にいいものがあった。それらを生かして今後さらに自分の力をレベルアップさせていきたいし、日本大学の伝統や誇りを後輩たちにつなげていけるよう、しっかり自分を律して行動していきたいと思っています」

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