昨年12月のインカレではベスト8に止まり、連覇を逃した本学バスケットボール部だが、その戦いの中でも存在感を示したのが、新井楽人選手(危機管理4・沼津中央)と泉登翔選手(文理4・福岡大大濠)。2026年1月に初開催された「Bリーグドラフト2026」では、新井選手が横浜ビー・コルセアーズから1巡目指名(全体3位)、泉選手が富山グラウジーズから3巡目指名(全体10位)を受けた。
ともに2月中旬から特別指定選手としてチームに加入し、試合出場も果たした2人に、大学4年間の日々を振り返りつつ、プロとして戦っていく覚悟を聞いた。

(2026年3月取材)

謙虚な気持ちを持って、プロとして成長していきたい。

−卒業おめでとうございます。日本大学で過ごした4年間はどういうものでしたか?
高校時代は全国大会に出られるような選手ではなかったのですが、日本大学に入学するとプロに行くような先輩がたくさんいたので、下級生の頃はその方々からバスケットボールに対する向き合い方など、いろいろなことを吸収しようと頑張ってやってきました。

−日大進学を決めた理由は?
父の影響でバスケを始めて、子どもの頃からバスケット選手になりたいとは思っていましたが、その頃は本気ではなく、言っているだけみたいな感じでした。大学を決めるタイミングでも口ではなりたいと言っていましたが、実際なれる自信はなくて…。それでも日大は環境も整っているし、いい選手もいっぱいいるので、「ここなら本気でプロを目指せるんじゃないか」と思って入学しました。

この4年間で成長したと感じるところは?
フィジカル面はもちろん、技術の部分やバスケットIQ、そして私生活の中でのバスケットボールに対する考え方など、すべての面で成長したと思います。特に米須(玲音・2025年文理学部卒、川崎ブレイブサンダース)先輩からは、プレー面はもちろん、オフの日の過ごし方なども学びました。

−苦しかったことなどはありましたか?
これまで大きなケガはしてこなかったのですが、自分たちの代になって臨む春のトーナメントの1週間前ぐらいに足首を骨折してしまいました。試合に出られなくなったのはもちろん、選出されていたU22日本代表の活動にも参加できなくなってしまい、Bリーグドラフトに向けて、少しでもアピールしなければいけない状況で、大事な2つの機会を失ってしまい…。その頃は焦りや不安とかがすごくあって、一番つらい時でした。

−一番思い出深いことは?
やはり3年生の時のインカレ優勝ですね。その時は、とても心強い4年生の先輩がいっぱいいて、スタートから出場させてもらった僕と泉(登翔)が失敗してゲームの入りがうまくいかなくても、控えの4年生の先輩方がいい方に引っ張ってくれるという安心感もあったので、気負いすぎず、気楽に試合に臨めたことが良かったと思います。優勝が決まった瞬間はあまり実感がなく、ただうれしいというだけでした。後になってから、だんだんいろんな思い込み上げてきたという感じです。

−優秀選手賞も獲得しましたが?
決勝では大した活躍ができませんでしたが、トーナメントを通してチームに貢献できたのかなと思っています。賞をもらったことで、次の年に向けての責任感も芽生えたと思います。

−4年生として最後のインカレはベスト8という残念な結果でした
5月のトーナメント戦の頃から、試合を積んでいくことによって、チームが同じ方向を向いていてどんどん良くなっていました。準々決勝の相手の早稲田大にはリーグ戦でも大差で負けていましたが、試合になればどうなるか分からなかったですし、実際、実力以上の力が出て結構いいところまでいった。そこで勝ちきれなかったのは僕らの詰めの甘さみたいなところです。それでも、強かった4年生が抜けてから、学生主体で1年間積み上げてきたものを出してやりきったし、僕らのやれることはやったと思うので、悔いのない試合でした。

−バスケットボールに対する向き合い方において心掛けていることはありますか?
高校時代に学んだ、謙虚な気持ちと素直な心を持つことの大切さを、大学に入ってからも意識してきました。監督の意見や自分より上手い先輩たちのプレーを謙虚な気持ちで受け止め、吸収してどんどん成長していきたいという思いでやってきたので、プロになったこれからもそこは心掛けていきたいと思っています。

−後輩たちへの期待は?
僕はあまり言葉で表すタイプではありませんが、先輩に学ばせてもらったことを後輩たちに還元したいと思っていたので、練習に取り組む姿勢など行動で示してきたつもりです。ただ、来シーズンはより難しいシーズンになることは間違いないと思いますが、今の3年生は、個人個人でも努力を続けられる学年だと思っているので、必ずいいチームになると思う。サイズが小さくなっても機動力のある選手が多いので、新しいバスケを見つけて、頑張ってほしいですね。

−特別指定選手としてBリーグデビューを果たしての感想は?
まだチームに合流して1ヶ月ちょっとですが、5試合に出場しました。最初はお試しのような感じでプレー時間も短かったのですが、先週の試合(3月14・15日)くらいからはちゃんと戦力として見てもらっていると感じますし、早くチームの戦力になりたいという気持ちが強かったので、その点は素直にうれしいです。大学にはないフィジカルの強さがあって、戦術の部分もとても細かいので、本当に毎日が勉強になっています。

−今後の目標をお願いします
日本代表になって活躍することが一番の目標ですが、同時に、フランチャイズプレーヤーのようにできるだけ長くプロでプレーしていきたいと思っています。


Profile

新井 楽人[あらい・がくと]
2004年生まれ。愛知県出身。沼津中央高卒。2026年3月、危機管理学部卒業。ポジションはシューティングガード/スモールフォワード。‘24年の3年次は攻撃の軸として15年ぶりのインカレ優勝に貢献し、優秀選手賞も獲得。‘25年の関東リーグ戦でも第優秀選手賞に選出される。‘26年1月の「Bリーグドラフト2026」でB1の横浜ビー・コルセアーズから1巡目3位指名を受け、3年間の選手契約を締結。同時に2025-26シーズンの特別指名選手として登録され、2月15日のファイティングイーグルス名古屋戦でB1デビュー、3月末までに7試合出場を果たす。卒業にあたり学長賞(スポーツ部門)を受賞。

チームのために、自分の役割を果たしていく。

−卒業おめでとうございます。日本大学で過ごした4年間はどういうものでしたか?
シンプルにバスケットボールが好きなので、いろいろ見て学んで、吸収していこうという気持ちで小さい時からやり続けてきましたが、大学でプレーする中でバスケットボールを見る視点がどんどん変わってきたように思います。

−将来、プロになるという覚悟を決めたのはいつですか?
ちゃんとプロとしてやっていこうと思ったのは高校3年の最初の頃です。正直、行きたい大学があったわけではなかったし、当初は監督に「お前はどうしたいんだ」と聞かれても、「わからないです」と言っていたのですが、進路相談の際に「プロになりたいです」と言ったところからすべてが始まりました。

−日大進学を決めた理由は?
福岡大大濠高校から日大に進学するのは30年ぶりくらいということでしたが、熱心に誘っていただきました。何よりも、上級生によく名前を聞く選手が何人かいたので、その人たちと一緒だったら勝てるんじゃないかなと思ったところが大きかったですね。

−この4年間で成長したと感じるところは?
大学に入ってからボールを触る時間が増えたので、ピックを使うなどのハンドラーをする部分がだいぶ様になったかなと思います。あとは、ディフェンスでの苦手意識というかやりづらさを感じなくなってきましたし、考える力という面でも、もともとあったバスケット脳にいろいろオプションが増えて、考える幅がすごく広がってきたので、高校の時よりも状況への適応能力が高まっていると感じています。ただ、大学のカテゴリーであれば、頭も切れている方かなと思いますが、プロのステージに行ったら、優れたフィジカルや身体能力があるわけではないので、本当にしっかり考えていないと勝てない。言い方は悪いですが、せこく賢くプレーしないと生き残っていけないと思っています。

−大学での日々の中で、プロへの道が近づいているという実感は?
対戦してきた他校の選手や、一緒のチームでプレーしていた先輩たちがプロに行って活躍しているのを見ると、自分もやれるんだなと思えたし、もともとプロが遠い存在ではなかったですが、より身近なものとしてだんだん近づいてきているという感覚はありました。

−昨年1 月、広島ドラゴンフライズの特別指定選手としてB1の試合に出場した時の手応えは?
チームに加わっていたのは2ヶ月という短い期間で、4試合出場というスモールサンプルですが、自分の感覚としてはさほどやりづらさはありませんでしたし、適応できるかなって感じでした。自分が優位に立てるようなフィジカルはまだないですが、テクニック的には全く大丈夫なので、マイナスな印象をフラットに持っていって相手との差をなくせるぐらいにはできる。「意外と耐えているな」っていう場面をこれからも見せられるかなと思います。また、プロは食べていくためにバスケをしていると思うので、1試合に掛ける気持ちというか、ハングリーさは強く感じられました。

−大学時代の一番の思い出は?
やはり、3年生の時にインカレで優勝したことですね。積み重ねてきた努力が報われたというか、やってきて良かったなと思いました。

−そのインカレの戦いを振り返えると?
トーナメントを勝ち上がっていくという経験はこれまでもしてきていたので、気持ちが急に昂ったり、逆に緊張したりっていうところもなかったし、準決勝までは運良く戦いやすいチームとの対戦になったので、そういう面では気楽にできました。ただ、決勝だけは、ちょっと気合いを入れていかなければと思ってガツンと入った。インカレでの東海大戦というのは、会場全体を包み込むようなオーラというか独特な雰囲気があるのを自分なりに感じていたし、もちろん強度もそれまでの試合から格段に上がるので、自分から気持ちを入れて臨みました。

−昨年、大学最後のインカレは準々決勝敗退となり残念でした
シーズンを通してそうでしたが、試合を詰むことによって全員が同じ方向にペクトルが向いて一致団結していたし、3年生の時よりチームとしては良い入り方ができていました。やれることはやったと思うし、自分たちが持っている手札を全部出しての結果なので仕方ない、完全に力負けです。相手選手との個々の力の差をチームの戦術などで埋められず、詰めきれなかったところが9点差になったと思うし、悔しかったけれど、割り切れる負け方でしたね。

−4年間で苦しかったことはありましたか?
怪我ですね。毎年のように怪我をする時期が夏だったし、プロの練習に参加していいものを得て帰ってきたところで怪我をしてしまったので、なかなかうまくリーグ戦に入れなかった。いずれもケアをしてないからというのではなく、不良の事故が原因なので怪我に対してネガティブな感情はなかったですが、リーグ戦期間2ヶ月の中の半分とか4分の3を欠場するようなことが2年続いたので、その点は「もったいないことしているなぁ」と思いましたし、チームに申し訳なかった。リーグ戦の戦いを見ていて、もやもやした感覚はありました。

−自身の武器、アピールポイントは?
1つはシュートの部分ですが、もう1つは、得点を取りますボールを触りますっていう選手の横で、その人を助ける役割が得意だし、ハンドラーの部分の質を高めていくところは大学で培ってきた武器だと思うので、その2点をアピールしていきたいですね。ただ、毎試合15点・20点取りますというプレーヤーではないので、泥臭いところで頑張らないといけないのが役割になってくると思います。あまり目立たないかもしれませんが、「泉がいたらオフェンスもデュエンスもチームとしてうまく回るね。気持ちよく5人がバスケできるよね」っていうように、チームとしての大きな歯車を上手く回すための小さな歯車になっていけたらいいと思うし、そういう役割をしないといけない。プロとしてこれからは自分がファーストオプションになることはないと思うし、どちらかというとロールプレーヤーが本業になってくると思うので、そこでやっと落ち着く場所が見つけられるかなって感じです(笑)。

−バスケットボールに対する向き合い方において心掛けていることはありますか?
根本は「バスケットボールが好き」っていうところなので、この気持ちがなくなったらバスケは続けられない。すべてが楽しく、好きでやっているバスケットボールだからこそ頑張れるし、頑張りたいなと思っています。

−文理学部体育学科での学びから得たことなどはありますか?
教職課程を取って、教員免許を取得したのですが、人に何かを教えるということに関して、教育実習などを通じて人へのアプローチの仕方、組織へのアプローチの仕方を学ぶことができたというのはとても良かったなと思います。

−後輩たちに期待することは?
多分昨年よりも難しいシーズンになると思うので、チームとして絶対にやることを何か1つ2つ決めてやってほしい。今の3年生は、誰かの悪いところを、自分のいいところで引き上げていくことができて、ちゃんとまとめられる代なので、それを上手くバスケに採り入れて切磋琢磨していけば、きっといいチームになってくるはず。いいチームというだけでは勝てませんが、勝つチームがいいチームだと思っているので、そこを目指してやってもらえたら、僕も楽しい気持ちで試合を見られるかなと思います。

Profile

泉 登翔[いずみ・とわ]
2003年生まれ。広島県出身。福岡大学附属大濠高卒。2026年3月、文理学部卒業。中学時代にBリーグ・広島ドラゴンフライズU15(1期生)で活躍し、高校では2021ウインターカップで優勝。日大進学後はシュート力と高いバスケットボールIQを兼ね備えたシューティングガードとして活躍し、‘24年の3年次は15年ぶりのインカレ優勝に貢献。‘25年1月に2024-25シーズンの特別指定選手として広島に約2ヶ月加入してB1で4試合を経験。‘26年1月の「Bリーグドラフト2026」でB1の富山グラウジーズから3巡目10位指名を受け、3年間の選手契約を締結。同時に2025-26シーズンの特別指名選手として登録され、3月末までに9試合出場。卒業にあたり学長賞(スポーツ部門)を受賞した。

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