2026年7月2日(木)、第29回日本大学校友会 全国桜門スポーツ部会総会が開催された。総会に続いて行われた懇親会では、ミラノ・コルティナ2026冬季オリンピック・パラリンピック、ならびに2025年度に開催された世界選手権大会ほかの国際大会に出場した本学関係役員・選手のべ39名(別表)が表彰され、当日出席した11名のアスリートたちに、全国桜門スポーツ部会の鈴木光会長より報奨金が贈呈された。

ミラノ・コルティナ2026出場選手に、大会の感想や今後について話を聞いた。

(取材日:2026年7月2日)

W杯でメダルを獲って、五輪につなげていきたい。

スケート/スピードスケート

倉坪 克拓(2023年度・文理学部卒、株式会社電算)

ミラノ・コルティナ2026冬季オリンピック スピードスケート男子500m 19位

「大学時代は怪我もあったりして、苦しい時期も多かった」と振り返った倉坪選手。

4年前の2022年北京冬季五輪は、腰を手術して代表選考会にも出場できなかった。しかし、卒業後に地元長野の県職員として働きながら日本代表コーチに師事し、着実に力をつけていった。低い姿勢で、氷にしっかり力を伝えて推進するスケーティングを持ち味とし、国内外のレースで結果を残して五輪代表の座をつかんだ。

「北京五輪の選考会に出られずというところから、たくさんの方にサポートしていただいて4年間競技を続けてこれた。ミラノ・コルティナ五輪出場を果たすことができ、本当に多くの方々に感謝しています」

 

五輪本番、男子500mは一発勝負。「攻めるスケートをする」と語っていた倉坪だが、前日練習で腰を痛めてしまい、本来の滑りができず初めての五輪は19位に終わった。

「納得のいく滑りができず、悔しかった」と言いつつも、「スケートを始めた時から目標にしてきた五輪の舞台で滑ることができ、本当にうれしかった」という倉坪選手は、「4年後にはさらに強くなって戻ってきたい」と次回大会への意欲を示した。

 

新年度からは株式会社電算の所属となり、新たな環境でアルプス2030へ向けて始動している。

「今はスケートに専念させていただいているので、学生時代よりも競技に打ち込める。とてもすばらしい環境で練習することができています」と、感謝の言葉を口にした倉坪選手。新シーズンの目標は、未だ経験のないW杯の表彰台に立つことだ。

「これまでW杯の最高成績が4位なので、まずはW杯でメダルを獲ることが目標。そこから世界のトップレベルで戦えるようになれたら、五輪でもメダル獲得に近づくと思うので、そこを第一段階として頑張っていきたいと思います」と、力強く決意を語った。

スケート/ショートトラック

金井 莉佳(文理学部文学専攻/通信教育部2年) ※学年は大会時

 

ミラノ・コルティナ2026冬季オリンピック

女子500m 11位/女子3000mリレー 6位/混合団体リレー 12位

ミラノ・コルティナ2026から5ヶ月、「五輪が終わったなっていう感覚と、本当に五輪に出たのかなっていう感覚があって…」と笑う金井選手。「夢だったのかなと思うぐらい楽しかったですし、それにプラスして悔しかったという気持ちがあります」

 

リレー2種目の出場に続き、個人種目として臨んだショートトラック女子500m予選。各組4人で滑り上位2名と3着のタイム上位者が準々決勝へ進出する。

3組目に登場した金井選手は、「どんどん加速していって、残り2周になってから勝負をかけようって、コーチと相談していました」。だが、ラスト1周に入るところで、2番手のアメリカの選手がバランスを崩し転倒。「前にいたイタリアの選手が、ちょうど私が加速しているところに被ってしまって…」と、巻き込まれてしまった。「自分も転ぶって分かったので、まず一番最初に立ち上がろうと、転んだ瞬間に思いました」

リンク壁にぶつかりながらも、倒れた3人の中でいち早く起き上がって滑り始めた金井選手は、そのまま2着でフィニッシュし、着順での準々決勝進出を決めた。

 

準々決勝は、後に金メダリストになるオランダの選手が五輪新を出すというハイスピードな展開。不利な大外からのスタートで「ついていくのに必死だった」と、自己ベストを出したものの組3位となり、タイム順でも上位10人に入ることができず、準決勝進出はならなかった。

 

「もっと緊張して、眠れなかったり、追い込まれたりするのかなと思っていましたが、それよりも楽しかった。緊張も吹っ切れて、こんなに楽しんだ試合は初めてですね」と、初めての五輪を振り返った金井選手。「優勝した方と一緒に滑れたことは宝物ですし、レース感覚を体が覚えているので、4年後に向けてとてもいい経験だったと思います」と前向きだ。

 

代表決定時の取材で「五輪後はスピードスケートもやってみたい」と言っていたことを尋ねると、既にスピードスケートの練習を採り入れており、「スピードスケートをしながら、ショートトラックもするという形に切り替えようかなと思っています」と、次のシーズンはスピードスケートの試合の出場も視野に入れているという。

さらに、4年後のフランス・アルプス大会に向けては、「今回の五輪でも、両方に出場しているオランダの選手がいらっしゃったので、狙えるなら二刀流を狙っていきたいなと思います」と、笑顔で夢を語ってくれた。

クロスカントリースキー

川除 大輝(2022年度・スポーツ科学部卒/日立ソリューションズ所属)

 

ミラノ・コルティナ2026冬季パラリンピック

男子スプリント・クラシカル(立位)7位/男子10kmクラシカル(立位)4位/

オープン4×2.5kmリレー 7位/男子20kmフリー(立位)6位

2018年の平昌パラリンピックに初出場すると、2022年北京大会ではクロスカントリー男子10kmクラシカルで金メダルを獲得。その後は世界選手権金メダルやW杯3季連続総合優勝など、世界が注目する存在となった川除選手は、3大会連続出場のミラノ・コルティナ大会で複数種目での金メダル獲得を目指していた。

しかし、最初の種目のスプリントクラシカルで痛恨の準決勝敗退。2種目めは前回大会で金メダルを獲った10kmクラシカルだったが、雪の状態に苦しんで表彰台にあと1歩及ばず4位。20kmフリーも雨と高温の影響で板が滑らなくなり、6位に止まった。

「気温が15℃くらいまで上がり、スキーではなかなかありえないコンディションになった。その中で雪を維持するというのは運営側も大変だったと思うんですけど、走る側もすごく大変でしたね。足首まで埋まるような雪質で滑ることはなかなかないので、ワックスを塗れなくなってしまい、我慢大会のような感じでした。言い訳になってしまいますが、僕はストックを使わないカテゴリーなので、その分すごい辛いレースになったなと思っています」

結果は伴わなかったが、今回の五輪は川除選手自身で納得する部分もあったと話す。「金メダルを目標にして臨んでいたので、悔しさはもちろんありましたが、自分ではやりきって悔いはない。今は、これから先を見るという考えで動いているので、それはそれでいい経験だったなと思える大会でした」

“日本のエース”と言われてきたことについては、「自分自身ではプレッシャーをあまり感じていないと思っていましたが、いざ試合直前になったらやはり緊張がありました。だた、それなりに気楽に臨むことはできたし、エースだからどうこうではなく、自分が出したい結果に向けてというところでレースに臨めたかなと思います」。

 

北京大会で金メダリストになってからは、「本当に濃い4年間」だと語っていた川除選手。「これまでは大学4年生としての1年を経て、社会人になるという転換点がありましたが、これからの4年間はずっと社会人として活動できる。ある程度日々の流れをつかめているので、練習量を増やしていきながら1年1年の結果を大切にして過ごしていきたいと思っています」

 

4年後、再び五輪王者の称号を取り戻すために、川除選手はW杯王者としての矜持を持って再スタートを切っている。

日本大学校友会全国桜門スポーツ部会 表彰アスリートに聞く(2)へ続く

 

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