
【日本大学】
2026年7月2日(木)、第29回日本大学校友会 全国桜門スポーツ部会総会が開催された。総会に続いて行われた懇親会では、ミラノ・コルティナ2026冬季オリンピック・パラリンピック、ならびに2025年度に開催された世界選手権大会ほかの国際大会に出場した本学関係役員・選手のべ39名が表彰され、当日出席した11名のアスリートたちに、全国桜門スポーツ部会の鈴木光会長より報奨金が贈呈された。
世界の舞台で戦った4年間を糧に、それぞれの夢に挑む選手たちに話を聞いた。
(取材日:2026年7月2日)
もっと成長して、夢に近づいていきたい。
レスリング
吉田 アラシ
(スポーツ科4/2025年度卒/三恵海運所属)※学年は大会時
U23世界選手権 97kg級 優勝

【日本大学】
吉田アラシ選手の快進撃は、卒業後も止まらない。
桜門スポーツ部会での表彰は昨年のU23世界選手権優勝を讃えてのものだったが、新社会人となって早々のアジア選手権・男子フリースタイル97kgでもその強さを見せた。
準決勝で2024年パリ五輪王者を倒すと、決勝では昨年の世界選手権2位で、2年前のパリ五輪アジア予選で敗れた選手を撃破。「2年前の試合では、場外際で相手を押し出すことができなかったり、逆に相手に押されてしまうという場面が顕著にあって、力の差を感じるところがありました。それに比べ今回は押し負けることがなかったので、自分はだいぶ成長しているなと感じました」と振り返る。昨年に続く2連覇を喜びつつも、「ロス五輪の選考に関わってくる‘27年シーズンの、その前の年に優勝することができ、現在の立ち位置を確認することができた」と冷静に捉え、「これからも止まることなく成長していきたいと思います」と、さらなる高みを目指していく。
5月の明治杯全日本選抜選手権も3試合を無失点で優勝を飾り、今秋に開催されるアジア大会(9月・名古屋市)と世界選手権(10月・カザフスタン)の日本代表権を獲得。両大会の間隔は約1ヶ月しかないが、「飛行機移動で体力を削られてしまう方ですが、今回はアジア大会が国内なので大丈夫だと思う」。その一方で、「怪我をすると五輪に関わってくるかもしれない。怪我をしないよう意識しながら戦って、そこで自分のベストパフォーマンスを発揮していきたいと思います」と、穏やかに話すその表情には、王者の風格すら感じられる。
2027年へ続く大事な国際大会を前に、うれしいことがあった。
卒業後も、レスリング部の道場で共に練習をしている後輩たちが、6月に行われた東日本リーグ戦で23年ぶりの優勝を果たしたのだ。
「僕らの代でも優勝できなかったし、本当にすごいですよね。僕も応援しに会場に行っていましたが、すごいっていう言葉じゃ伝わりきれないような熱量があった。自分の試合で勝つよりも興奮したし、うれしかったです」と、満面の笑みで誇らしげに後輩たちを称えた吉田選手。
「齊藤監督やみんなの盛り上がりを近くでしっかり感じられました。貴重な経験をさせていただいて本当にありがとうという気持ちですし、すごい刺激になりましたね」
後輩たちからのパワーも得て、吉田選手は日本レスリング界待望の重量級五輪メダリストへの道を歩んでいく。
日大の誇りを持って4年間戦ってきた。
競泳
柳本 幸之介
(スポーツ科4/2025年度卒/ミキハウス所属)
※学年は大会時
FISUワールドユニバーシティゲームズ(2025/ライン・ルール)
男子200m自由形 7位/男子4×100mフリーリレー 2位/男子4×200mフリーリレー 3位

【日本大学】
「国際大会を経験したことがそれまでなかったので、初めて出た国際大会が五輪というのは、衝撃的な経験でしたね。世界の壁を肌で感じました」と、日大豊山高校3年生の時に出場した東京五輪(男子4×200mフリーリレー代表)について語った柳本選手。日大入学後は怪我に苦しむ時期もあったが、3年次の代表選手選考会で200m自由形の自己ベストを出して2位となり、2大会連続となるパリ五輪に出場。4×200mフリーリレー決勝で第4泳者を務めた(7位)。
4年生になると、FISUワールドユニバーシティゲームズの日本代表に選出され、競泳チームの主将を務めることになった。競技では、個人レースではメダルに届かなかったが、4×100mと4×200mのフリーリレーで銀メダルと銅メダルを獲得した。
その活躍を称えての表彰式に出席した柳本選手に、大学4年間はどういうものだったかを聞くと、最初に感謝の言葉を口にした。
「入学してから、最初は大学で練習をやらせてもらい、途中からスイミングクラブに移籍して練習環境を変えるなど、この4年の間は試行錯誤しながら、いろんなことがありました。その中で、たくさんのことを経験させてもらい、また日頃から大学や関係者の方々にさまざまな支援・サポートをしていただいてきたので、今の僕があると思っています」
そして、「4年生の時の、最後の日本学生選手権は総合優勝をしたかったけれど、そう簡単なものではありませんでした。それでも大切な仲間たちと戦えた4年間、先輩方と戦えた4年間は、大切な思い出になっています」とも。さらに、「日本大学水泳部はすごく歴史がありますし、その日大の誇りを持ち、Nの文字を背負ってインカレなどを戦うことができたということだけでも、自分の人生にとっては財産だと思う。4年間を戦い抜くことができて本当に良かったなと思います」と、噛み締めるように学生時代を振り返った。
3月、卒業式直前に行われた代表選考会を兼ねた日本選手権での好成績により、柳本選手は8月のパンパシフィック選手権(アーバイン)と9月の名古屋アジア大会での代表枠を得た。6月開催の日本選手権では不本意な成績に終わったが、「本番は8月なので、そこに向けてどんどん強化していく。日本代表に選出していただいたからには確かな結果を残したいですし、パンパシ水泳ではリレーのほかに個人の200m自由形にも出られるので、将来に向けて肝になってくると思っています」と意気込みを見せる。
目標はあくまでも2年後のロサンゼルス五輪。「今は、ロス五輪でしっかりメダルを獲るということを念頭に置いているので、そこに向かってしっかり練習し、戦っていきたいと思います」と、自分を信じて3度目の夢舞台へ突き進むつもりだ。
経験を語れる指導者として歩んでいく。
競泳
北川 凛生
(法4/2025年度卒/日本大学大学院法学研究科・
日本大学豊山高 非常勤講師)
※学年は大会時
FISUワールドユニバーシティゲームズ(2025/ライン・ルール)
男子50mバタフライ 13位/男子100mバタフライ 15位/男子4×100mメドレーリレー 3位

【日本大学】
日大豊山中学に入学して、水泳部に入部。それまでスイミングクラブでの水泳しか知らなかった北川さんは、部活動の中に身を置いてその素晴らしさに感銘し、中学1年生にして「将来は日大武山の教員になりたい」と思ったのだという。
「スイミングクラブという、水泳だけやっていれば評価されるような世界にいましたが、中学の部活動では水泳をやるだけではなく、人間性や勉強の面でもたくさん指導していただき、そういうところに惹かれました。それからは、豊山の教員になるという夢を叶えるために、これまでの人生を歩んできたような感じです」
当初は、インターハイで個人優勝を飾ったことに満足して、高校で水泳を辞めるつもりだったという。だが、当時の水泳部の監督から「大学で水泳をやって苦労や挫折を知る指導者と、やっていない指導者では、言葉の重みが違うぞ」と言われ、続けることを決意。社会科の教員免許を取るために、日大法学部への進学を決めた。
改めて大学4年間で区切りをつけるつもりで水泳に取り組んだが、「結果が出ないことも多く、本当に辛いことの方が多かったです」。3年生のインカレ後から主将を務めることになったが、「今の成績のままでは主将としてダメだなって。何か主将らしさを形として見せたいと思っていましたし」と、葛藤があったという。
努力が実を結んだのは、4年生になる直前の2025年3月、日本選手権。男子バタフライ100mの決勝に進出すると、1学年先輩の寺門弦輝選手(2024年度・スポーツ科学部卒)をはじめオリンピアンが揃う中で5位入賞を果たし、7月のFISUワールドユニバーシティゲームズ日本代表に選出された。
母校での教育実習を終えてから臨んだ、初めての国際大会。個人での結果は振るわなかったが、大会最終日の男子4×100mメドレーリレーでは3番手のバタフライを泳ぎ、銅メダル獲得に貢献した。
「最後のシーズンに国際大会の日本代表になり、本当にいい経験できました」と振り返った北川さん。「ユニバーシティでの主将は柳本でしたが、チーム作りという面では2人でやってきたような感じでしたし、他の代表選手と一緒に練習したり試合を戦ったことで、今までの自分の知る範囲とは違う経験ができた。日本代表という世界を見たからこそ、自分の中にあった壁を突き破ることができた、世界が広くなったなという感覚もあります」
北川さんはこの4月から、大学院生として学ぶ傍ら、日大豊山中学・高校の非常勤講師として働き、水泳部のコーチとして指導者の道を歩み始めた。日本代表としての貴重な経験は、日々の指導においても大いに生きているという。
「自慢話っぽくなるかもしれなませんが、こういう世界があるよっていうことを耳に入れておいて損はないと思う。僕が経験したこと感じたことで、中高生に話をしたり、伝えられることはたくさんあります」
さらに、競技スポーツセンターが毎年開催している「キャプテン・総務研修」に参加したことでの気づきもあったという。
「学生として日本大学の組織の大きさを感じる機会は少ないかもしれませんが、研修会への参加をきっかけにして、競技部の多さや、大学から大きなサポートをいただいていることを実感しました。大学・高校の後輩たちには『そういうバックアップがあって活動できているんだよ』というのを伝えたいです」
最後にこれからの夢を尋ねると、北川さんは「大学院を修了し、非常勤講師から専任教員になって、日大豊山のインターハイ総合優勝を継続していきたいですね」と笑みを浮かべた。

日大豊山高時代からの盟友である柳本選手(右)は、北川さん(左)について「高校の時から北川に主将をやってもらい、すごい頼りにしていました。大学でも流れ的にそうなるだろうなと思っていたし、日大水泳部をまとめていくことは任せていました」【日本大学】
日本大学校友会全国桜門スポーツ部会 表彰アスリートに聞く(3)へ続く