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ミラノ・コルティナ2026
冬季オリンピック・パラリンピック競技大会

2026年2月6日からミラノ・コルティナ2026オリンピック冬季競技大会が、3月6日からはミラノ・コルティナ2026パラリンピック冬季競技大会が開幕。日本大学からは、両大会の5つの競技に在学生1名・卒業生5名の選手が出場するほか、日本選手団役員として卒業生5名が参加します。

スケート/ショートトラック

挑戦者の気持ちで挑んでいく。

金井 莉佳(文理学部文学専攻/通信教育部2年)

◼️五輪は得意種目の1500mで出走したい

− 日本代表入りおめでとうございます。内定を聞いた時はどんな心境でしたか?
ありがとうございます。最初に、代表に内定したというメールをいただいた時はすごく驚いて、母といっしょにめちゃくちゃ喜びました(笑)。ただ、初めのうちは「五輪って、どんなところなんだろう」と、あまり実感がなかったのですが、練習場や試合会場でいろんな方から「おめでとう」って言葉を掛けていただき、徐々に「代表に選ばれたんだな」っていう実感が湧いてきました。同時に、日本代表としての責任感も感じるようになりました。

− 五輪では混合リレーを含め5種目ありますが、出場種目は決まっているのですか?
いえ、レースの出場枠が取れていることだけが確定していて、まだコーチ陣も、どの個人種目に誰を出すのかを決めていないですし、リレーを誰でいくのかも決まっていません。W杯では500mに出場していましたが、私としては瞬発力よりスタミナが重要になる1500mの方が得意種目なので、できればそちらに出たいですね。

− 今季の成績や調子から、メンバー入りする自信はあった?
リレーに関しては、自分的にはいけるかなと思っていましたが、個人種目は3人で代表を争う形だったので、そこは誰が選ばれるのかっていう面ですごく不安もあって、半分半分という感じでしたね。

金井選手(左端)をはじめとするショートトラック女子五輪代表選手【共同通信社】

− リレーのメンバーも、個人戦ではライバルになってくる?
そうですね。海外遠征中でも、リレーは優先枠を獲れていたので、みんな個人種目に集中したいという気持ちがあり、お互いに意識しあっていました。チームで食事をする時でも、リレーの話より「1500mの組がキツイね」とか、個人種目についての会話をするほうが多かった。私はメンバー最年少ですが、気を遣うというよりも、場を盛り上げるような感じで接していました。

◼️偶然から始まったシンデレラストーリー

金井選手がショートトラックに出会ったのは、小学4年生の時。フィギュアスケートに興味を持っていたことから、「彩の国プラチナキッズプロジェクト」のスケート体験会に応募して参加したが、それはフィギュアスケートではなく、ショートトラックの体験会だった。

− フィギュアスケートではなかったことに驚いた?
そうですね。元々クラシックバレエをやっていたので、踊りができる方だと思って楽しみにして行ったんです。最初、基本の低い姿勢になることをやっていたので、「これはフィギュアなのかな」と疑いつつも、そのうちフィギュアの練習をやるんだろうと思って続けていたんですが、やがてこれはショートトラックという競技なんだっていうのを知って…。でもやってみたらショートトラックも楽しいなと思って、競技を始めることにしました。

− その後、中学生で日本スケート連盟の強化指定選手になるなど急成長でしたが?
周りからは「結構早いね」って言われることが多いんですけど、自分としては同世代の人たちについていくのに必死でした。同世代の中では絶対に1番になりたい、大会に出るんだったら1番にならないとっていう感じだったので、成長のスピードを自分自身で感じることはあまりなかったですね。

− その頃はスピードスケートもやっていて、小平奈緒選手(平昌五輪・500m金メダリスト)が持っていた記録を塗り替えたこともあったそうですが?
どちらに絞るか結構迷いました。競技としてはスピードスケートの方が一般的によく知られているし、“スピースケートと言えば小平さんね”というように誰もがわかるんですが、ショートトラックって言うと、だいたいみんな一回「んっ?」てなるんです。それならば「自分の名前でショートトラックの認知を広げていけたら」という思いが湧いてきて、ショートトラックに取り組む方向を選びました。周囲には「もったいない」と言われることもありましたが‥。

− スピード感のある競技ですが、最初の頃は怖いという感覚はありましたか?
いえ、むしろ今の方が怖いです。小さい頃はスピードを出すのが楽しかったのですが、今は本当にスピードを出すのがちょっと怖い感じですね。

− 自分の強みはどういうところですか?
全国でも世界でも、氷が硬かったり柔らかかったりと異なりますが、自分の調子が氷の状態に左右されないところが一番の強みだと思います。その中でも一瞬で加速してスピードを出すのが得意なので、1500mでもアウトから捲りに行ったりします。脚の力は弱い方なので、たぶんスケートの乗り方にコツがあるんだと思います。

− 逆に課題としていることは?
その一瞬で上げたスピードを持続させていくことかなと思っています。

− 海外での試合も数多く経験してきましたが?
海外勢との試合は、国内での試合と全く違います。日本のレースでは、強い選手がいたら結構先を譲ってしまうことが多く、その強い選手の後ろについていって順位を取るという感じですが、国際大会になると速い遅い関係なく誰でも突っ込んでいくので、本当に気持ちも強くないといけない。その点は全然違うなと思いました。そのぶん転倒も多いのでそれに巻き込まれたり、失格になることも多く、トラブルは多々あります。

− 自信をつけたレースはありますか?
今年のワールドカップ第4戦の500mで、初めて43秒を出した時に、上位の選手についていけたのが結構自信になりました。ただ、世界のトップレベルでは、42・43秒で争っている中でも抜き合いができるので、そこでのスピード感やペース展開というところでは世界との差を感じました。

【日本大学】

− 世界と戦い、勝つためには?
500mはスタートでついていければ後半もその調子でついていけると思うので、スタートからの加速が一番の勝利の秘訣かなと思います。1500mで勝つには、やっぱり世界レベルではみんな手でやりあうので、その一瞬の隙を捉えるのが大事だと思っています。

◼️日々の学びも競技のために

− 「違う競技のアスリートから刺激をもらいたい」と、スポーツ特化クラスがある埼玉栄高に進学したそうですね?
生徒の会話のレベルが違っていて驚きました。中学校時代は、県大会などの話が多かったのですが、高校に入ったら全国大会の話ばかりで、会話のレベルが違うと思いましたし、前向きな話しかしないんです。その中で、ポジティブな考え方だったり、大会の時の気持ちの持って行き方だったりとかを学ぶことができました。スケート部はなかったので、フィギュアスケートとアイスホッケーの部があったのでそこに混ぜてもらっていました。

− 大学進学にあたって考えたことは?
ショートトラックだけでなく、将来はアウト(スピードスケート)もやりたいと思っていたところ、日本大学のスケート部では両方できると聞いたので入学することを決めました。この五輪シーズンが終わったらアウトにも挑戦してみようと思っています。学部は、スポーツ科学部も考えたのですが、海外遠征も多いですし、すべてを五輪に賭けたいという気持ちだったので、オンデマンドで学べる通信教育部の文理学部文学専攻(英文学)を選びました。ただ、同じチームの中には大学に通っている選手もいて、ゼミの話などを聞くと大学に行ってみたいと思うこともあります。

− 文学専攻は英語を学びたいという思いから?
そうですね。海外の選手とも日常会話ぐらいはできますが、英語をもっと学びたい。海外遠征中は午前と午後の練習の合間に授業を受けられますが、日本にいる時は移動などで時間を削られてしまうので、むしろ海外遠征に行っていたいぐらいです(笑)。

− 将来の夢みたいなことはありますか?
なるべくスケートに関わっていたいと思います。次世代を育てたいし、ショートトラックやスケートという競技をもっと広めていきたいというのが今の夢です。

◼️壁を乗り越えた先にあった五輪の舞台

− 1日どれくらい練習をしているのですか?
日によって変わりますが、1時間半の練習で、タイムを測りながら7周を3本くらい滑ったりとかその合間の休憩中にも自分でちょっと滑ったりしています。

− コーチの方から言われていることは?
ずっと見てもらっている柏原幹史監督と新たに小寺武大コーチの2人に見てもらっていますが、言われているのは簡単なことで、骨盤を意識することだけです。私は、頭で考えるよりも体を動かさないとダメなので、とにかく滑るしかないと思って、言われたことをイメージしつつずっと滑っている感じです。

− 今までで一番うれしかったこと、辛かったことは?
五輪内定が一番うれしいんですが、それ以外にスケートのことで言えば、小学6年生の時、初めてノービスの大会で優勝した時が一番楽しかった。辛かったのは、一番になれない試合が続いた時。シニアに上がってからもずっと優勝することができなくて、その頃が一番辛かったですね。 あと、3年前に初めてW杯に出場した時、派遣選考のタイムトライアル1000mでA基準を切ったものの順位は10番だったんです。他の選手はメダルを獲ったりして実績があったけれど、私は獲れていなかったので、「何であいつが行くんだ」「あいつが行っても世界で戦えないんじゃないか」って言われたりして…。そこのところではレース展開の壁を感じました。

− その壁を乗り越えられたのは?
ライバルの存在が一番だったかなと思います。中島未莉さん(トヨタ)は「こうした方がいいと思うよ」とかいろいろアドバイスしていただいたし、チームメイトからも「リカちゃん強いんだから」って励ましていただいたので、気持ち的に楽になって乗り越えられたかなと思います。

− 最後に、ミラノ・コルティナ五輪に向けての抱負をお願いします。
W杯では、個人でいい結果は残せていませんが、挑戦者としてやるしかないという気持ちです。失うものはないので、とにかくW杯よりもさらに上位を目指して、個人戦は大切にしていきたいです。 リレーではW杯で3位を獲った(ワールドツアー2戦目・3戦目の3000mリレー)ので、五輪でもメダルは獲得したいと思っています。

「己に克つ」という言葉を大事にしているという金井選手。出場種目が決まるのは1月下旬の予定だが、日本女子では史上初のメダル獲得へ向けて、会心のレースと快心の笑みを見せてほしい。

Profile

金井 莉佳[かない・りか]

2005年生れ。埼玉県出身。埼玉栄高卒。文理学部文学専攻(通信教育部)2年。小学5年生から本格的にショートトラックに取り組み始め、小学6年生で全日本ノービス&ジュニアカップで初優勝し、中学1年で全日本の強化指定選手となる。2022年、高校1年で埼玉代表として国体に出場し少年女子1000mで優勝。翌年の世界ジュニアW杯では500mで銅メダル、混合リレーで銀滅ダルを獲得。日本大学に進学後も日本代表メンバーとして活躍し、今年のワールドツアー第2戦・第3戦の女子3000mリレー3位に貢献。ミラノ・コルティナ冬季五輪の日本代表選考基準を満たしたため、代表選考会を待たずに五輪代表が内定した。

スケート/スピードスケート

憧れの舞台でメダルを目指す。

倉坪 克拓(2023年度・文理学部卒)

25/26シーズンのW杯最終戦最終日(ドイツ・インツェル)で、男子500mを滑走する倉坪選手【共同通信社】

大学2年の時の2022年北京冬季五輪は、ケガの治療のため代表選考会にも出場できなかった。「4年後に、五輪の舞台に立ちたい」と、卒業後は地元長野に戻り、県職員としてスポーツ関連の業務に従事する傍ら、スピードスケートの金メダリスト・小平奈緒さんらを育てた結城匡啓コーチに指導を仰いだ。

低い姿勢から、氷に力をしっかり伝えて加速するスケーティングに磨きをかけて成長した倉坪選手は、一昨年に長野で開催されたW杯に初参戦。2戦目となる北京大会では4位入賞を果たし自信を得た。2025/26シーズンも500mのレースを中心にW杯を転戦して経験を積むと、昨年末の全日本選手権で国内自己ベストを出して3位に入り、「スケートを始めたころから夢に描いていた舞台」という五輪出場の切符をつかんだ。
「本当にうれしい。W杯ではまだメダルを獲得できていないので、まずはメダル獲得を目標に頑張ってきたい」と、代表発表の記者会見で倉坪選手は意気込みを語った。

Profile

倉坪 克拓[くらつぼ・かつひろ]

2001年生まれ。長野県出身。岡谷南高卒。2023年度・文理学部卒。長野県競技力向上対策本部所属。2020世界ジュニアスピードスケート選手権で男子500m優勝、1000m3位。’21年冬季国体の成年男子500m優勝、同1000m3位。’24年11月にW杯初参戦し、2戦目の北京大会で4位入賞。’25年5月のアジア冬季大会(ハルビン)にも日本代表として出場し、男子団体スプリントでは銅メダルを獲得。今季もW杯派遣メンバーに入り、五輪出場枠の獲得に貢献した。

スキー/スノーボード ハーフパイプ

世界を湧かせるパフォーマンスを再び。

平野 歩夢(2020年度・スポーツ科学部卒)

4年前の北京2022冬季五輪、スノーボード男子ハーフパイプの決勝3本目で、当時「人類史上最高難度」と言われたトリプルコーク1440を唯一決め、日本スノーボード史上初の金メダルを獲得した平野歩夢選手。だが、その大技も今では成功者が増え、より高難度のトリックへと進化が続いている。
そうした中、平野選手は昨年12月のW杯開幕戦(中国・張家口)では、独創的なパフォーマンスを見せて優勝を飾り、五輪連覇へ向けて好発進。自身も手応えを口にしていた。しかし、五輪前最後となるW杯第5戦(1月17日、スイス・ラークス)の決勝1本目、冒頭のトリックから大技を披露して会場を沸かせたものの、3つ目のトリックで着地に失敗して転倒。決勝2本目を棄権し、緊急帰国後の検査で、複数箇所の骨折と打撲が発表された。

一時は五輪出場さえ危ぶまれたが、平野選手の不屈の闘志と驚異の回復力は、周囲の心配も軽々と吹き飛ばそうとしている。過去にも全治3ヶ月の重傷から復活し、平昌冬季五輪で銀メダルを獲った経験を持つ平野選手。五輪3週間前のアクシデントを乗り越えて4度目の五輪の舞台に挑む王者は、観ている人々の期待を上回る勇姿を再び披露してくれることだろう。

Profile

平野 歩夢[ひらの・あゆむ]

1998年生まれ。新潟県出身。開志国際高卒。2020年度・スポーツ科学部卒。TOKIOインカラミ所属。4歳からスケートボード、スノーボードを始め、小学校4年でプロ契約。’14年ソチ五輪でスノーボード最年少メダリスト(銀メダル)となり、ギネス世界記録にも認定される。’18年平昌冬季五輪でハーフパイプ2大会連続銀メダルを獲得。’21年8月、2020五輪のスケートボード男子パークに出場し、日本で5人目となる夏冬五輪出場選手となる。’22年北京冬季五輪はハーフパイプ決勝で逆転で勝利し、悲願の金メダルを獲得。冬季五輪3大会連続メダル獲得という、スノーボード種目で日本人初の偉業を成し遂げた。

スキー/クロスカントリー

2大会連続出場、4年間の成長をレースで見せる。

土屋 正恵(2018年度・文理学部卒)

前回の北京2022冬季五輪にも出場した土屋選手。日大の大先輩で第一人者の石田正子選手(2002年度・文理学部卒)と同期の児玉美希選手(2018年度・文理学部卒)らと臨んだ女子4×5kmリレーで11位と健闘したものの、個人種目は15km複合35位、10kmクラシカル46位、30kmフリー36位と、満足のいく結果を残すことができなかった。
それから4年、全日本選手権をはじめ国内大会ではほとんどのレースで表彰台に昇り、今季も国内戦出場6試合で5度の優勝を飾るなど、今や日本女子のエース格に成長。世界選手権やW杯など海外での試合でも1桁順位に入る好走を見せる。
昨年3月の世界選手権で五輪代表の派遣推薦基準をクリアし、2度目の五輪出場をつかんだが、今回は日本女子ではただ1人の選出。それだけに「日本代表の自覚を持って臨みたい。しっかりと成績を残さないといけないという使命感もある」と、心に期するものは大きい。全身のバネを活かしたパワフルな走りと、後半の粘り強さ、そして培ってきた経験を生かし、前回大会を上回る成績を目指す。

Profile

土屋 正恵[つちや・まさえ]

1996年生まれ。岩手県出身。盛岡南高卒。2018年度文理学部卒。弘果スキーレーシングクラブ所属。本学入学後に頭角を現し、インカレの女子総合優勝を支える主力として活躍。卒業後は、’21年1月の全日本選手権で総合優勝を飾って世界選手権2021に初出場。翌‘22年の北京2022五輪にも出場。‘23年、‘25年も世界選手権に連続出場するなど、日本女子クロスカントリーを牽引する。

スキー/フリースタイル スキークロス

つかんだ夢の舞台で、メダルを目指して突っ走る。

小林 竜登(2017年度・文理学部卒)

小学校低学年からアルペンスキーを始め、高校3年時には全日本スキー選手権のスーパー大回転で優勝。日本一となった次の目標として、「世界一」を目指して日大に進学。3年時は全日本学生チャンピオン大会・大回転で優勝を飾るなど、アルペン種目でたびたび表彰台に立った。
しかし、スキークロスの日本代表コーチから誘われて、大学卒業後は活動の場をスキークロスに移すことにした。スクークロスは「雪上の格闘技」とも言われ、4人同時にスタートしてバンクやウェーブ、ジャンプなどの障害があるコースを、せめぎ合いや駆け引きをしながらクリアし、一番早くゴールすることを目指す競技で、五輪では2010年のバンクーバー冬季五輪から正式種目となった。

転向後、数年間はケガのため思うようなシーズンを過ごせなかったが、‘23年3月の全日本選手権でスキークロス初優勝を飾った小林選手。1年の約半分を海外で過ごしながら各地の大会を転戦し、‘24年3月のFISヨーロッパカップで準優勝するなど実績を重ねてきた。そして、今季のW杯での成績により五輪出場基準を満たし、五輪出場枠の再配分によってミラノ・コルティナ冬季五輪の代表切符を手にした。
「強化してきた下半身を生かした滑りが長所。後半の伸びが自分の強み」という小林選手の、メダル獲得へ向けた積極果敢な滑走に注目したい。

Profile

小林 竜登[こばやし・りゅうと]

1996年生まれ。長野県出身。飯山高卒。2018年度文理学部卒。森川建設スキークラブ所属。小学校から大学まではアルペンスキーの選手として活躍し、 ‘17年に全日本学生チャンピオン大会・大回転で優勝、全日本学生選手権・スーパー大回転および全日本選手権・アルペン複合で準優勝。卒業後にスキークロスへ転向し、日本代表チームに所属。‘23年の全日本選手権で優勝。現在はプロスキーヤーとしてFIS W杯を中心に活動し、世界選手権は‘21年から3大会連続出場。昨季のW杯で自己最高11位。一般社団法人Ski Cross Project 代表理事も務める。

パラ五輪スキー/クロスカントリー

2大会連続の金メダル、そして複数メダルを。

川除 大輝(2022年度・スポーツ科学部卒)

2025世界選手権(ノルウェー・トロンヘイム)のパラ男子スプリント・クラシカル(立位)で2位となった川除選手【共同通信社】

2018年の平昌大会(韓国)に続く2度目の出場となった北京2022冬季パラリンピックで、クロスカントリー20kmクラシカル立位で優勝し、冬季大会の日本男子最年少金メダリストに輝いた川除大輝選手。
「あわよくばメダルに手が届くかも」という気持ちで臨んだ北京大会は、「金メダルが獲れちゃった、という感じでしたね」と本誌インタビュー時に笑っていたが、その時とはもはや立場も経験値も違う。
川除選手をパラクロスカントリーに誘った日本の第一人者・新田佳浩選手から「エース」の称号を受け継ぎ、北京後に参戦したW杯で3年連続総合優勝を果たすなど、この4年間で世界のトップ選手に成長した。

川除選手は、先天性両上肢機能障害により両手足の指の一部が欠損しているため、ポール(ストック)を持たずに両腕を大きくリズミカルに振って推進力を得て走る。上半身がぶれると力をロスして足に伝わらなくなるため、下半身だけでなく、上半身の強化にも努めているという。さらに、クラシカル走法が得意な一方で、フリー走法ではまだ結果を残せていないことを課題として、パワーアップに取り組んでいる。

4年前のインタビューで「ミラノ・コルティナ大会では金メダルを1つだけではなく、2つ3つと獲りたい」と語っていたが、本大会を前に催される壮行会やマスコミ取材でも、同じ目標を口にしている。さらに「フリー種目ではまだ日本人選手の誰もメダル獲ったことないと思うので、初めて獲るというのを目標にして頑張っていきたい」と意欲を見せる川除選手。心身ともにスケールアップした川除選手の有言実行に期待が高まる。

Profile

川除 大輝 [かわよけ・たいき]

2000年生まれ。富山県出身。雄山高卒。2022年度・スポーツ科学部卒。日立ソリューションズ所属。6歳からクリスカントリーを始め、小学1年生から本格的にパラリンピアンを目指す。高校2年時の’18年、平昌冬季パラリンピックに4種目で出場もメダルには届かず。’19年の世界選手権20kmクラシカルで金メダルを獲得。本学進学後はスキー部に所属して活動。2大会連続出場の’22年の北京冬季パラリンピックでは、男子20kmクラシカル(立位)で冬季パラリンピック日本男子選手として史上最年少の21歳で金メダリストになる。卒業後、日立ソリューションズ入社と同時に「チームAURORA」スキー部へ入部。W杯・世界選手権にも参戦して実力を発揮。‘25年のFIS世界選手権(イタリア・ドッビアーコ)の男子10kmインターバルスタートクラシカル(立位)で世界選手権初優勝のほか、W杯では2022/23年シーズンから3季連続で年間総合1位を獲得している。

第25回オリンピック冬季競技大会(2026/ミラノ・コルティナ) 本学関係役員・選手

選手5名(在学生1名)/役員5名 (2026年1月23日現在)

競技部名
(競技名)
役職 出場予定種目・ポジション・職務等 氏名 学年・卒業年度 学部
スケート/スピードスケート 選手 500m 倉坪 克拓 令和5年 文理学部
役員 コーチ 小原 英志 平成15年 文理学部
役員 コーチ 長島 圭一郎 平成16年 文理学部
スケート/ショートトラック 選手 500m 金井 莉佳 2年 文理学部文学専攻
(通信教育部)
1000m
1500m
3000mリレー
混合団体リレー
スケート/フィギュアスケート 役員 コーチ 日下 匡力 平成13年 経済学部
(通信教育部)
役員 コーチ 中野 園子 昭和49年 文理学部
スキー/クロスカントリー 選手 7.5km+7.5kmスキーアスロン 土屋 正恵 平成30年 文理学部
スプリント・クラシカル
10kmフリー
30kmマススタート・クラシカル
スキー/ジャンプ 役員 コーチ 金城 芳樹 平成27年 文理学部
スキー/スノーボード 選手 ハーフパイプ 平野 歩夢 令和2年 スポーツ科学部
スキー/フリースタイル 選手 スキークロス 小林 竜登 平成29年 文理学部
本部員 役員 ウェルフェアオフィサー 田中ウルヴェ 京 昭和63年 文理学部
第14回パラリンピック冬季競技大会(2026/ミラノ・コルティナ) 本学関係役員・選手

選手1名 (2026年1月23日現在)

競技部名
(競技名)
役職 出場予定種目・ポジション・職務等 氏名 学年・卒業年度 学部
スキー/パラクロスカントリースキー 選手 スプリント・クラシカル(立位) 川除 大輝 令和4年 スポーツ科学部
10kmクラシカル(立位)
20kmフリー(立位)