在学中にめざしていた東京五輪は、86kg級の第一人者・高谷惣亮選手(拓大職)に全日本選手権で完敗して消滅。失意の中で「1年以上の間、気持ちが切れ、レスリングに対して諦めるような気持ちになっていた」と、当時の心境を語った石黒選手。

 

だが、大学卒業間際に「もう一回、本気で五輪をめざそう」と覚悟を決め、自衛隊体育学校に入校。そこで、東京五輪65kg級金メダリストの乙黒拓斗選手ほか、トップ選手の姿を目の当たりにし、「これだけ練習しなきゃいけないのか」と驚き、感化されて練習量が増えると共に、五輪に対する意欲も高まっていった。

パリ五輪出場が決まった後、高谷選手から「本当におめでとう」とメッセージが届き、「惣亮さんのおかげでここまで来ることができました」と返信したという。

パリ五輪出場が決まった後、高谷選手から「本当におめでとう」とメッセージが届き、「惣亮さんのおかげでここまで来ることができました」と返信したという。

「学生時代、富山(英明)監督(現日本レスリング協会会長)から練習量について話していただいた時の言葉が今でも忘れられません。当時の自分は量より質を重視していたので、『こんなに練習したって意味ないだろ。怪我しちゃうだろ』という気持ちで、正直、監督の話は理解できなかったんです。しかし、自衛隊体育学校に行ってオリンピアンやメダリストの先輩たちの練習を見たら、質がとても高いのに、量も怪我するギリギリのラインですごい数をこなしてやっていた。その時初めて「監督が言っていたのはこういうことなのか」と理解できたし、自分自身もそのレベルで練習していこうと思えるようになりました」

 

’23年全日本選抜決勝で高谷選手にリベンジを果たした石黒選手は、9月の世界選手権に出場。3位以内でパリ五輪内定だったが、まさかの準々決勝敗退で、またもモチベーションを落とす。それでも、「次の予選まで、調整できるのは2ヶ月しかない」と素早く切り替え、12月の全日本選手権に出場。4大会連続五輪出場をめざす高谷選手と再び決勝で相まみえ激闘となるが、最後は「今回は絶対負けられない」という石黒選手の執念が上回り、パリ五輪アジア予選の出場権をもぎ取った。

 

そして今年4月、キルギスでのアジア予選は、初戦が不戦勝、準決勝もわずか33秒で勝利を収め、上位2人に与えられる五輪出場枠を獲得して初の代表に内定。「つらい時もあったが、実績のある惣亮さんに勝てたという自信が力になり、助けられた」と、格上のライバルの存在に感謝した。

「僕が五輪で先に優勝して、10月の世界選手権に出場する兄にいいバトンを渡したい」と語った石黒選手。

「僕が五輪で先に優勝して、10月の世界選手権に出場する兄にいいバトンを渡したい」と語った石黒選手。

またもう一人、石黒選手が感謝せずにいられないのが、97kg級で活躍する兄の石黒峻士選手(2019年度スポーツ科学部卒、MTX GOLDKIDS所属)。小学生の頃から兄と同じ道を歩み、高校・大学と「兄が下地を整えてくれていたのでレスリングに没頭できた。自分がここまで来られたのは、すべて兄のおかげ」という。パリ五輪の出場切符をつかむことができなかった峻士選手に対し、「今回五輪に出場するのは僕ですが、意味合いとしては兄弟で決めたようなもの。応援に来てくれるという兄と一緒に、パリで戦えるうれしさもあります」と笑顔を見せた。

 

「今年で終わりにする覚悟で臨むつもり」というパリ五輪の目標は、もちろん金メダル。イランのハッサン・ヤズダニチャラティ選手という抜きん出た強敵が1人いるが、あとは横一線と見ており、「戦い方次第では勝つ自信がある。100回戦って1つ勝てるかどうかの相手でも、それを五輪の舞台でやり遂げたい」。さらに「金メダリストになることで、富山監督がおっしゃっていたことを『理解できました』と体現したいです」とも。その言葉には、並々ならぬ決意がみなぎっていた。

 

(2024年6月取材)

石黒 隼士 選手

石黒 隼士 選手

パリ五輪、男子レスリング86kg級の試合は8月8日に始まる。残り期間で「自分の強み、自分ができることの完成度を上げていきたい」と語っていた石黒選手は、6月7日の世界レスリング連盟のランキング大会「イムレ・ポリヤク&ヤノス・バルガ国際大会」(ハンガリー・ブダペスト)に出場。初戦の2回戦で昨年の世界選手権2位、2021年世界王者のヤズダニチャラティ選手と対戦しテクニカルスペリオリティで敗れたが、敗者復活戦から3位決定戦へまわり、3年連続アジア王者で世界3位のダウレトベコフ選手(カザフスタン)を「自分のレスリングを貫けた」と5-1で撃破し、’23年アジア選手権以来の国際大会での銅メダルを手にした。

 

パリ五輪金メダルへの最大のライバルとなるヤズダニチャラティ選手との対戦では、「過去2回戦った時には見えなかった攻略法というか、「戦える」という手ごたえを第1ピリオドで感じた」と話した石黒選手。「それを6分間続ける体力があれば、勝負はどちらに転がってもおかしくない内容だったと思う。最高の研究材料を日本に持ち帰ることができて良かった」と収穫を口にした。

 

そしてあと2ヶ月弱に迫ったパリ五輪へ改めて自信をのぞかせた。

「正直、メダルはもう見えています。ここからが過酷ですが、あとは1番になるための自分との戦い。それに勝って、自分が納得できる形でオリンピックを終えられたらいいなと思っています」

Profile

石黒 隼士[いしぐろ・はやと]

1999年生まれ。東京都出身。花咲徳栄高卒。2021年度スポーツ科学部卒。自衛隊所属。大学1年時に全日本学生王者となり、世界ジュニア選手権も優勝。全日本大学選手権は3連覇。’21年と’23年の世界選手権は兄・峻士選手とともに出場した。’23年は「ザグレブ・オープン(クロアチア)2位、アジア選手権3位、’24年4月のパリ五輪アジア予選で決勝に進み出場権をつかむ。