諸岡監督が在学した昭和50年代前半、日大馬術部はまさに黄金期に突入しており、自身も4年時には主将を務める。全日本学生団体総合優勝ほか様々な大会で好成績を収めていた。
「私が入ってから出るまで負けていない。日大は常勝軍団、勝つのが当たり前という感覚だった」

卒業と同時に、当時の後藤監督に頼まれて、装蹄の仕事の傍ら馬術部のコーチを引き受けた。それから17年間、破竹の勢いで勝ち続けるチームを叱咤激励しながら指導してきた。「新婚だったけれど、合宿所のそばに住んで学生の面倒をすべて見ていた。私生活の方までもね」と当時を懐かしむ。

一時期は部を離れていたが、2004年、引退する後藤監督の後任として白羽の矢が立ち、第四代の監督となった。
「ちょっと成績が低迷していた時期のバトンタッチだったんで、どうにかしなきゃならんと思った」と、責任感ゆえに私財を投じ、馬もコーチ陣も大きく変えた。そこから再び上昇気流に乗った日大馬術部は、毎年勝利を重ね、監督7年目の2011年には、18年間遠ざかっていた全日本学生馬術三大大会の三種目総合優勝を奪還。これが第二期黄金時代とも言える6連覇の始まりだった。

「日本大学の監督としては、やはり負けたらダメだっていうプレッシャーがある」
だが最近は「ただ勝つだけではいけない」と考えが変わってきた。周囲が学生を見る目も気になる。
「僕らの頃は、がむしゃらに勝つしかないってやってきたが、今の時代、勝つためには人間性を創っていかなければならないと特に思うようになった」
卒業して社会に出たあとのことも考えると、勝つ努力も必要だが「中身が伴っていないと世間は認めてくれない」という感覚が分かってきたという。

その一方で試合に出す選手を決める際には、“情”と“非情”を使い分ける。新メンバーになった春先は、一生懸命に頑張っている選手を乗せるが、夏前くらいから入れ替えを行い、全日本の時期が近づけば「もう非情になる」。情を掛けてきた選手でも容赦なく乗り替えさせ、これで勝てるというところまでメンバーを絞り込む。毎年1人・2人は外される選手が出るが「そこでいじけるようなら先はない」

また、選手たちには「チャンスは目の前にある」と常々言っている。「いつチャンスが来てもいいように準備しておきなさい」と言い、選手たちの様子をしっかりと見ておく。やる気が見えれば下級生でもすぐに乗せ替える。それがレギュラー選手の緊張感を保つことにもなる。

諸岡監督には2つのこだわりがある。
1つは男子学生寮のチェック。普段の練習は信頼するコーチたちに任せてあまり口出しをしないが、居を構える茨城県から練習を見に来るたび、必ず学生寮の部屋を見て回る。そして部屋の散らかりやエアコンの点け放し、廊下のゴミなどを見つけると主将や選手を強く叱る。「そういうところの気の緩みが、練習や競技に出るのが嫌だから」と、選手の心の状態を見ているのだ。

もう1つは馬の名前。桜珀、桜陽、桜照、桜恋など、日大の主力馬の名前には「桜」が付く。「他校には格好いいカタカナの馬が多いが、私は本などを調べて頑なに桜の名前を付ける。桜は日大の象徴だから」と言い、「これが唯一、私の楽しみ」と笑う。

今年の10月にはまた、全日本学生馬術三大大会がある。目指すは、大会記録を更新する前人未踏の団体総合優勝7連覇だ。
「昨年は完全優勝といっても、総合馬術競技では個人の1位を逃している。そこを獲れればなお嬉しいし、個人で1・2・3着ってところまでいけば完璧かなと思うけど、その辺は欲をかかないようにして、形はどうあれ優勝を持続していくことが大事だと思う」

連覇するには「力の谷間をつくらない」ことが必要で、力のある上級生に下級生を組ませて経験を積ませ、上級生が卒業した後も、残った選手でチーム力を維持できるように采配してきたという。

会う人ごとに「10連覇だ、20連覇だ」と気安く言われるというが、「取りあえず10連覇を目標に頑張りたい。でも毎回、毎年必死ですよ」とにこやかに話す諸岡監督。その言葉は、選手とコーチへの信頼と自信にあふれている。

Profile

諸岡 慶[もろおか けい]

1956年生まれ。三重県出身。1979年農獣医学部卒。
競走馬の育成牧場を始め、乗馬クラブ、馬事関係全般の会社を興す一方で、馬術部OBとして同年4月から17年間コーチを務める。2004年に監督就任。
2006年に全日本学生賞典障害馬術競技大会団体優勝(種目優勝)。2011年に18年ぶり18回目となる全日本学生馬術三大大会三種目総合優勝を果たすと、以降2016年まで6連覇を達成。監督通算勝利数は昨年末まで167を数える。
(有)マツカゼ馬事センター代表取締役社長、(有)TRC乗馬クラブ高崎代表取締役社長、(有)ファーリーアーズ代表取締役社長、(株)湘南馬事センター代表取締役社長、(株)龍翔代表取締役社長。

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