「Enjoy!」「Yeah!!!」−⾬上がりの空に、⼦供たちの明るく元気な声が響き渡った。

 

2023年10月、東京・練馬区のアオバジャパン・インターナショナルスクール光が丘キャンパスのグラウンドで、一般財団法人 世界少年野球推進財団(WCBF、理事長・王貞治氏)が主催する「WCBF Baseball Experience Event −What is baseball? Let’s enjoy together−」が開催された。そして、この野球体験イベントのサポート役を務めたのが、日本大学準硬式野球部の選手たちだった。

野球を知らない子供たちに、野球の楽しさを知ってほしい

WCBFは、世界への野球の普及と青少年の国際親善を主旨として、1990年に野球発祥の地アメリカ・ロサンゼルス市で「世界少年野球大会」の第1回大会を開催。以来、世界15カ国・地域の少年少女が参加する盛大な大会を毎年開催してきたが、コロナ禍により2020年からは開催中止を余儀なくされてしまう。その代替企画として、一般社団法人 全日本女子野球連盟の協力を得て開催しているのが、国内のインターナショナルスクールに通う多国籍の生徒たちを対象とした野球体験教室である。

今年で4年目を迎えたこのイベントは、元プロ野球選手と女子野球連盟所属チームの現役選手らが講師となり、野球を知らない子供たちとふれあいながら、野球の楽しさを知ってもらうもので、関東近郊でのイベント開催時は本学準硬式野球部からも数名の部員が参加し、会場の設営準備からアシスタントコーチとして子供たちとのコミュニケーションまでを担っている。

「子供の目線で話しかけたり、スキンシップしてくれるので助かっています」と話すWCBFの沖津氏。

「子供の目線で話しかけたり、スキンシップしてくれるので助かっています」と話すWCBFの沖津氏。

イベントを指揮するWCBFの開発推進部・沖津宏之課長は「プロ野球OBの方、女子野球選手、学生の皆さんが1つのチームになって、協力しながらやるというのは難しいところもありましたが、逆に言えばそれがこのインターナショナルスクールでのイベントの魅力だと思います」と話す。女子野球連盟の紹介により、それまで接点がなかった日大準硬式野球部の選手がアシスタントコーチとして参加するようになったが、当初は元プロ野球選手が講師となることから、「一歩引いてしまって積極的にやらないのではないか」と心配していたという。しかし、始めてみれば学生たちは臆することなく講師たちと接し、子供たちと積極的にコミュニケーションする姿を見て「心配は無用でした」と笑う。「子供たちにケガをさせないというのが最も大事なことなのですが、講師だけではすべてに目が行き届きません。ケガ防止という点でも、野球を楽しませるという意味でも、自分たちの立場をちゃんと理解して、良い野球教室にしようという思いでやってくれているのがわかるので、学生のみなさんにはとても感謝しています」

この日、朝から雨が降り続き、屋外での開催も危ぶまれたが、午後2時前の開始直前になって奇跡的に雨が止み、人工芝のグラウンドで開校式が始まった。主催者代表としてWCBF評議員の中畑清氏(元読売ジャイアンツ)、講師を務める里崎智也氏(元千葉ロッテマリ-ンズ)らの呼びかけに、元気な声で応える1年生から3年生まで約180名の生徒たち。軽いウォーミングアップの後、3つのグループに分かれ、女子野球選手6人と学生コーチ12人のリードにより、柔らかく安全なボールとバットを使ったキャッチボールやティーボール、ストラックアウトなどの野球遊びに取り組んでいった。

小さな体で思い切りバットを振って鋭い打球を飛ばす子がいれば、ボールではなくティーを叩いてしまう子もいる。里崎氏がデモンストレーションで放つ大飛球を追って競い合うように駆け出していく子や、ボールをいくつも胸に抱えながらさらに打球を追いかける子、狙った的にボールを当てて満足そうな顔をする子、投げる動作がうまくできずボールを地面にたたきつけてしまう子がいる。あちらこちらで「ナイスバッティング!」「ナイスキャッチ!」という声が響き、飛び上がるように学生とハイタッチする子も、はにかんだ表情でそっと手を合わせる子もいた。

後半の時間では、誰でも手軽にできる5人制の新たなアーバンスポーツ「ベースボール5」を、女子野球選手たちが実演して紹介。バットを使わず、自分でトスしたボールを手で打って一塁ベースへ走るという基本プレーを、子供たちも実践形式でトライし、その目を輝かせながら“初めてのベースボール”を楽しんでいた。

子供たちとのふれあいの中で、気づかされることがある

「日大準硬式のみなさんは、女子野球にはなくてはならない存在」という女子野球連盟・山田会長。「指導者の方の熱意もすごいので、これからもっとコミュニケーションを深めて、楽しい試みができたらいいなと思います」

「日大準硬式のみなさんは、女子野球にはなくてはならない存在」という女子野球連盟・山田会長。「指導者の方の熱意もすごいので、これからもっとコミュニケーションを深めて、楽しい試みができたらいいなと思います」

女子硬式野球と本学準硬式野球部とは、コロナ前まで東都大学準硬式野球連盟が行っていた海外での野球普及活動「ASEAN国際野球プログラム」をきっかけとして連携が始まった。「日大準硬式の皆さんには、女子野球連盟の大会運営補助や日本代表合宿のサポートなどでたいへんお世話になっています」と話す全日本女子野球連盟の山田博子会長は、この野球体験教室を「魅力的なイベント」と評する。「野球普及活動へ貢献できるというのはもちろん、国内にいながら異文化に触れたり、野球をやったことがない子供たちに教えるという経験ができますし、元プロ野球選手のすごい方と接することで何かを得ることができたりと、女子選手たちにとっても、学生の皆さんにとっても人として成長できる価値ある活動だと思います」

また日大の学生たちに対し山田会長は、「学生コーチとして楽しみながら一生懸命やってくれるので、とても有難いですね。学生さん自身がここで学ぼう、経験を積もうという意欲を感じられるので、本当に意識が高いなぁと思っています」。

WCBFの沖津氏からも同様に「他の大学さんにもお手伝いいただくことがありますが、日大の学生さんは特に野球に対する情熱があります。組織としてしっかりしているので、私たちからのお願いを上級性に伝えれば、参加しているメンバーでしっかり共有して対応してもらえる。おんぶや抱っこといった子供たちとのスキンシップも積極的で、こちらが言わなくてもやっていただけるというのはとても素晴らしいですし、感謝しています」と称賛の言葉をいただいた。

プログラム最後の閉校式では、挨拶に立った里崎氏がイベントの感想を生徒たちに問いかけると、「めちゃめちゃ楽しかった」「もっとやりたい」「また野球がしたい」という声が挙がり、女子野球選手や学生たちの顔には一様に笑みが浮かぶ。最後は参加者全員で記念撮影を行い、無事にイベント終了となった。

 

「楽しかったと言ってもらえて、それだけでやった価値があったと思います」と話すのは、女子野球選手のリーダー格で、「ベースボール5」の普及活動にも尽力している元女子野球日本代表の六角彩子選手(埼玉西武ライオンズ・レディース)。「日大の皆さんも臨機応変に動いてくれましたし、積極的にボディランゲージや会話をしてくれたおかげで子供たちも懐いていましたね。とても良いサポートしてくれたと思います」と感謝。さらに、「準硬式と硬式の違いはありますが、同じ野球が好きな仲間として、子供たちから大人までそれぞれのカテゴリーでの野球を共に盛り上げていきたいと思います」と、今後の共闘も願っていた。

一方、参加した準硬式野球部のメンバーも、それぞれがこの経験をプラスにとらえていた。

2度目の参加となり、今回はリーダーとしてほぼ初参加のメンバーを束ねた窪嶋文哉選手(法・3年)は、「昨年、初めて参加した時は、野球を知らない子供にどう教えたらいいのかわからず、自分が小さい頃の経験を思い出しながら教えてあげるのが大事かなと思っていました」と話す。「僕らからすれば、まずボールを打とうと思ってしまいますが、子供たちにとってはボールとふれあい、ボールに慣れることが大切なんだと気づきました。今回も、子供たちはバットを使わなくても、ボールを追いかけたり、的を目掛けて投げたりと、みんな楽しそうにボールで遊んでくれていたので良かったなと思います」と振り返る。また、「元プロ野球選手や女子野球選手の方ともこういう場で関わることができ、同じ野球選手としてのつながりが持てた経験は大きい。いつかまた自分が人に教える立場になった時に、この経験を生かしていきたい」と話した。

「子供たちを見ていて初心を思い出し、野球の楽しさを改めて実感しました」というのはイベント初参加の天艸和志選手(生物資源科・1年)。「野球に限らず、スポーツを楽しむということがとても大事だと感じた」と言い、さらに「里崎さんに自分たちが日々どのように活動しているかなどの話をして、『頑張ってね』という言葉をいただきました。何気ない一言なんですが、それがすごい自分たちのモチベーションにもなります」と喜びを語った。

立場や世代を超えた交流や経験を、将来の糧として

今ではインターナショナルスクールでのイベントには、本学のほかに東都大学準硬式野球連盟の所属チームも時折参加しており、“野球の普及”をテーマとした輪が広がりはじめている。

沖津氏は言う。「学生の皆さんは将来、いろんな場所で、いろんな立場になって野球に携わることになると思いますが、“野球の伝道師”として、野球の楽しさをもっと広めてもらいたいですし、そうなることを期待しています」

 

野球のプレーや試合だけでは経験できないことがある。インターナショナルスクールという “世界”における国際交流、子供たちとのふれあい、地域社会や組織の大人たちとのコミュニケーションなど、多角的かつ多様な側面において、立場や世代を超えた交流、同じ目的で同じフィールドで過ごす時間は貴重な経験学習であり、そこから学ぶこと、得られること、考えることは少なくない。そして、それらは近い将来に実社会に出る学生たちにとって、確かな財産になるものだと言えよう。「学生はどんどん外に出て、社会貢献に携わってもらいたい」と、東都大学準硬式野球連盟の理事長も兼務する杉山智広準硬式野球部ヘッドコーチが、文武両道を標榜する準硬式野球部の部員たちに自主性や能動的な行動力を求める理由はそこにある。野球を通じてさまざまなことを学んでいる部員たちが本領を発揮すべき場所は、卒業後に挑む社会という広大かつ苛酷なグラウンドなのだから。

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