日本大学陸上競技部では、昨年度に引き続き台湾・国立虎尾科技大学(National Formosa University:以下NFU)陸上競技チームとの国際スポーツ交流プログラムを実施した。

2025年1月中旬、台湾から来日した4名の陸上選手とコーチが、日本大学陸上競技場で日々の練習に参加。約1ヶ月の期間、競技種目ごとにトレーニング法やコーチング、およびチームマネジメントなどの面において、実践的な指導や意見交換を行なった。

この取り組みは、NFUの選手たちの成長に寄与するとともに、本学の選手たちにとっても、コミュニケーションを通じて国際的な視野を広げる機会として意義あるものとなっている。

 

2025年2月8日取材

1ヶ月の中で見えた課題と成長の手応え

本学とNFUの交流が始まったのは約2年前。両校をサポートしているスポーツメーカーが橋渡し役となり、NFU体育科の准教授で陸上競技チームのコーチを務める游立椿(ユー・リチュン)博士が2023年8月に来日し、本学陸上競技部のコーチ陣から技術指導の方法を学んだ。

 

すると、台湾に戻った游コーチの指導を受けたNFUの選手たちの何人かは、すぐに成果を出した。10月に行われた台湾選手権で、男子走高跳の葉柏廷(イェ・ボーティン)選手が優勝、男子ハンマー投でも沈智勝(シェン・チーシェン)・沈有昊(シェン・ユーハオ)の兄弟選手が優勝・準優勝に輝いた。さらに、翌‘24年5月の全国大学対抗体育大会では、葉選手が高さ2.30mの跳躍を成功させて台湾新記録を樹立し、世界ランクは一時11位(当時)に上昇した。

 

確かな成果を得て両校の絆は深まり、技術系大学でありながらスポーツを通じた人間教育にも力を入れているNFUの要望で、昨年から選手派遣による研修交流が実現した。2回目となる今回は、游コーチとともに、走り高跳の葉選手、ハンマー投の沈有昊選手、短距離ランナーの歐昌峻(オゥ・チャンジュン)選手と廖晨洋(リャオ・チェンヤン)選手が来日し、陸上競技部の学生寮に宿泊しながら約1ヶ月にわたり、種目別に練習に参加。コーチや日大の選手たちと、互いに英語、および競技専門性のある言葉はスマホの翻訳アプリを駆使してコミュニケーションをとった。

 

「2年続けてこうした貴重な研修機会を与えていただき、私たちを快く受け入れてくれた日本大学へ深く感謝しています」という游コーチ。自身の専門はスポーツバイオメカニクスで、選手たちの様々なデータを収集し、科学的な解析と研究を行っているが、実はこのプログラムを通じて最も印象的だったのは「スピリット」だと話す。

名前の一字「椿」を、Tsubakiとミドルネーム的に表記するほど親日家のNFU游コーチ。

名前の一字「椿」を、Tsubakiとミドルネーム的に表記するほど親日家のNFU游コーチ。

「日本の学生の精神力はすごいですね。台湾の学生は比較的受動的ですが、日本の学生の多くは自発的です。そして、自分の夢に対する目標を明確に持っています。台湾では、指導者が選手の精神面もサポートしなければなりませんし、選手も苦労することにあまり慣れていないので、それを乗り越える精神的な強さが必要です。彼らが日本の選手たちと同じように強い精神を持つことができれば、もっと強くなれると思いますが、苦労することを拒むようであれば、成長のチャンスはないと思っています」

 

また、研修全体を通じて、選手たちの課題と成果を感じられたという。

「日大のコーチ陣と選手たちの双方向コミュニケーションを見て、そこから学ぶことが多かったと思います。日大の選手たちはコーチが指示したことをすぐに実践できていることもわかりました。NFUの選手たちにも双方向のコミュニケーションをしっかり取ってほしかったのですが、練習の際にコーチの言うことが理解できないため結局沈黙してしまい、技術的なアドバイスが上手く伝わっていないと感じることがありました。それでも毎晩、その日の練習について何が良かったか、何が良くなかったのかなどを振り返り、自己分析するようにしていました」

 

さらに、游コーチは日大の選手たちとも積極的に会話し、そこでインスピレーションを得たことをNFUの選手たちに伝えることもしたという。「技術面でも心理面でも、日大のコーチ陣や選手たちから多くのヒントをもらい助けてもらいましたし、チームでのリーダーシップやマネジメントの方法なども印象深いものでした。いろいろとデータを収集できたので、台湾に帰ったら研究したいと思います」と、自身にとっても実りある研修だったと話した。

 

NFUの選手たちからも、日大での練習経験は自分の成長につながったという声が聞かれた。

アジアランク4位の実力を持つ走高跳の葉選手は、「最初は台湾と日本の指導方法の違いに戸惑いましたが、コーチの方から今までにない視点で論理的に話をしていただき、納得しました。特に助走についてアドバイスをもらい、手応えをつかんだと感じています」と充実した表情で語った。

 

ハンマー投の沈選手も「日大の方が私たちを自然に受け入れてくれたことに感謝しています。トレーニング方法の違いに驚かされることもありましたが、すぐに慣れましたし、とても快適な環境の中で練習できました」と笑みを浮かべた。

スポーツの枠を超えた交流に広げていきたい

陸上競技部・羽尾部長

陸上競技部・羽尾部長

一方、NFUからの依頼に応えた陸上競技部にとって、この国際交流プログラムはどういう意味を持つのか。

「何か機会がないと、なかなか大学間での交流は始まりませんが、こうした国際交流のお話をいただいたことはとてもうれしく思いました」と語るのは、陸上競技部の羽尾裕之部長(医学部 教授)。

 

「日大の学生たちにとっても、海外の選手たちとどのように接し、どうサポートしていくのか、考えながら実践していくという経験が成長につながっていると思いますし、台湾でもトップレベルの選手との交流を通じて多くの刺激を受けているようです」

さらに「今回は、スポーツをきっかけとした交流ですが、NFUは技術系の大学としても優れた知見をお持ちなので、ここから学術的な交流や人的交流などにも広がっていき、互いに発展していければいい」と、今後にも期待を寄せた。

 

陸上競技部の主将を務める今村天春選手(文理学部・4年)は、合同練習をするにあたり「海外からの選手として特別視しないように意識していました」と話す。

「英語での会話は簡単ではありませんが、難しさを感じるほどではなかったですね。時間があれば競技の技術的なことやトレーニングについての話をしましたし、游コーチとの会話では日本と海外での指導方法の違いも感じられました」

中には、台湾の選手たちとプライベートで食事に出かけた学生もいたそうで、「海外の人と関わっていく中で、ふだんでは得られない知見を広めることができましたし、日大の学生にとってもいい経験になったと思います」と、交流プログラムの感想を語った。

 

そうした様子を見守ってきた前田幸則短距離コーチも、「選手間の交流によって視野が広がるという点が大きな意味を持つ」と話し、「互いに良いコミュニケーションが取れているように思います」と評価する。「今日も最後に集合写真を撮らせてほしいと、日大の学生の方から言ってきました」

 

日大側から台湾への選手派遣は今後検討されることになるが、すでに陸上競技部OBのハンマー投・福田翔太選手(スポーツ科学部・2022年度卒)は、NFUのサポートを得て台湾での競技大会に参加しており、今回の交流プログラムにおいても、游コーチが台湾から持参した加速度センサーで計測した投てき時のデータを、游コーチの研究に活用するなどの相互協力が展開されている。

この日の練習終了後は、陸上競技部の全部員とコーチ陣が集合し、翌日がプログラム最終日となるNFUチームとの記念撮影と惜別のセレモニーが行われた。

陸上競技部・森長監督(右端)

陸上競技部・森長監督(右端)

最初に挨拶に立った陸上競技部の森長正樹監督(スポーツ科学部教授)は、游コーチとNFUの選手たちへ労いの言葉を贈るとともに、陸上競技部の部員たちへも「いろいろとお手伝いいただき有難うございました」と感謝を述べた。さらに、「お互いを高め合いながらシーズンを迎えることができて良かったと思います。言葉の違い、トレーニングに対する考え方の違いなどもある中でも、葉選手のような世界レベルの選手といっしょに練習し、その動きを見てこちらも気づかされることがあっただろうし、この1ヶ月の中で気づいたこと、感じたことを大切にしてほしい。今回をきっかけに、台湾で合宿を行うなど交流を広げていきたいと考えています」と選手たちに語りかけた。

 

羽尾部長から本学陸上競技部ロゴ入りTシャツなどの記念品がNFUのメンバーに手渡された後、代表して游コーチがスピーチ。部員・スタッフへの感謝とエールを語り、最後に「台湾でまたお会いしましょう。チーム・ニホン、サイコー!」と叫ぶと、グラウンドに大きな拍手が響き渡った。

長期的な交流、その先に見据えるもの

「日本の陸上競技の実力は台湾よりはるかに優れています。しかし、日本大学での経験を継承し、その精神を見習ってやっていけば、私たちにも成功するチャンスは必ず生まれるはずです」

 

そう話す游コーチには、2つの夢があるという。

「1つは、私たちのチームスタイルを、コミュニケーションが上手くできる学習型のチームに変えていき、学術と技能を同時に進歩させたい。一歩ずつではあっても、それが私たちの夢に向かって進んでいくための最善だと思います。そしてもう1つは、NFUの選手がアジア選手権や五輪に出場することであり、五輪でメダル獲得を果たすことです」

 

最後に、来年も交流プログラムを実施したいかを尋ねると、「オブ・コース!」と一際大きな声で答えた游コーチ。

「NFUの学長は、両校が長期的に交流していくことを望んでいます。今後は日大の競技会にも参加したいですし、日大の選手たちが台湾に来て交流してほしい」と熱く語り、「日大とともに成長していきたい。日大の陸上チームはあらゆる面で学びの規範であり、私たちにとっては憧れの存在ですから」と笑顔を見せた。

 

4月に開催される全国大学対抗体育大会での好成績をめざすNFU陸上チームだが、走高跳の葉選手は5月に東京・国立競技場で開催される「セイコーゴールデングランプリ陸上」にも出場することになった。チーム日大として、台湾の仲間たちを応援し、その躍動をこれからもサポートしていく。

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