日本大学サッカー部では、SDGs活動の一環として一般社団法人N.スポーツアカデミー稲城が主催する「N.(エヌドット)サッカースクール」の運営をスタッフとして協力。現役部員の有志たちがスクール指導者となり、近隣地域から参加する子どもたちの技術指導を行なっている。このアカデミー活動がスタートした経緯と、活動を通じて生まれるもの、得られるものは何かを取材した。
(取材:2025年4月3日)
4月3日、木曜日の午後5時前。肌寒さが増してきたアスレティックパーク稲城のサッカー場には、子どもたちの楽しそうな声と、盛り上げるサッカー部員たちの声が響いていた。
毎週火曜日・木曜日(不定期で月曜日も開催)の16時45分から18時まで開催されるというN.サッカースクールだが、この日は、合計40名余りの子どもたちが学年別の3つのグループとゴールキーパーチームに分かれ、学生コーチの指示のもと、個人のスキルアップを目指す基礎練習から、より実戦的なグループ練習などのメニューに取り組んでいた。
スクールが本格始動したのは昨年末だが、その数年前から、イベント的にサッカースクールは開催されていた。その中心として尽力してきたのが、一般社団法人N.スポーツアカデミー稲城の活動を拠点に、日大サッカー部のコーチを10年以上にわたり務めている小田島隆幸氏だ。
「サッカー部のコーチをしながら、民間のサッカースクールで幼稚園生や小学生の指導も行なっていたのですが、私の子どものつながりの中で、知り合いの保護者の方々から『サッカーを教えてほしい』という声があがり、その要望に応える形で始めたのがきっかけでした」
定期的に開催したイベントは毎回好評を博し、回を重ねるごとに参加希望者が増え、やがて応募者はアスレティックパーク稲城の周辺地域のみならず、サッカーが盛んな多摩地区全体にまで広がっていった。
そうした中、定期イベントとしてではなく、子どもたちを継続的に指導できるようにサッカースクールの形態で取り組んでいくことを考えていた小田島氏は、サッカー部の川津博一監督に相談。個人事業主としての生活基盤を整えるために組織化を図るとともに、現役のサッカー部員をスクールの指導者として起用するなどの枠組みを模索していった。
「私自身、子どもたちを指導することですごく学びがあったので、学生たちにとってもスクールで指導をすることで自分たちの学びとなることがあるはず。どういう言葉を使って子どもたちにサッカーを教え、また保護者の方とどういう会話をしていくか、そういう経験をしてほしいと思いました」
スキル向上だけではないサッカースクールとして

昨年度、ようやく学内の承認を得て始動したN.サッカースクールは、その根底に地域貢献としての存在意義や、人間教育の場という面で、一般のスクールとは一線を画す。
参加希望者に対しては、サッカー経験者も初心者も問わず幅広く受け入れているため、「中には内容的に物足りない子もいるかもしれないし、ちょうどいい子もいるかもしれない」と話す小田島氏。「学年分けをベースとしているので、1・2年生の子でも、3・4年生レベルのスキルがあれば上のグループでチャレンジさせますが、物足りなくてもこちら側の指導、コーチングによって受け取り方は違ってくると思います。最近は、子どもたちや保護者からも上のグループでやらせてもらえないかと言われることもあります」
また一部の保護者からは「厳しく指導してほしい」という声もあり、サッカーの技術よりも、サッカーに向き合う姿勢や言葉遣い、コミュニケーションなどの面での教育を求められているのではないかと感じることもあるという。「学生コーチが対応していく上では難しい部分もありますが、そこは大人の指導者が方策を考えながら課題解決に取り組んでいます」
もちろん、喜びもある。昨年は、スクールに多くの子どもが通って来ている近隣のサッカーチームが稲城市の大会で3位になり、小田島氏は保護者から「(この成績は)初めてです。ありがとうございました」と感謝の言葉をもらったという。
「子どもたちが着実に進歩して結果を残してくれるのはうれしいこと。スタートと結果のレベルはそれぞれ違うかもしれないけれど、これからも一歩一歩成長していくための指導をしていきたいと思います」
もちろん、喜びもある。昨年は、スクールに多くの子どもが通って来ている近隣のサッカーチームが稲城市の大会で3位になり、小田島氏は保護者から「(この成績は)初めてです。ありがとうございました」と感謝の言葉をもらったという。
「子どもたちが着実に進歩して結果を残してくれるのはうれしいこと。スタートと結果のレベルはそれぞれ違うかもしれないけれど、これからも一歩一歩成長していくための指導をしていきたいと思います」
この日、練習に取り組む我が子を見守っていた保護者に話を聞くと、スクールの在り方を評価する声も多かった。
サッカー友達の紹介により、2人の子どもがN.サッカースクールで学んでいるという母親は、「ふだん活動しているチームのコーチや保護者の方から『日大のスクールに通うようになってから、変わったよね』とよく言われる」と話す。これまで2つのサッカースクールを体験したが、「指導の仕方が子どもたちに合うのか合わないのかわからなかった。ここは、現役の大学生に教えてもらえるところがいいと思ったし、実際、褒めるのが上手くて、注意すべきことはちゃんと言ってくれる。問題のある子への対応もしっかりしているので、安心して通わせられる環境だと感じています」。さらに、「子どもたちは技術面だけでなく、弱いと言われていたメンタル面も、良い方向に変わっているように思う。本人たちも、『日大でのサッカーはすごく楽しい』と言っています」と、子どもたちが満足していることを教えてくれた。
また、「これまでやっていたマラソンは個人スポーツなので、もっと幅を広げてあげたい」という思いで、サッカー未経験の息子を通わせている父親も、入会後の変化を口にした。「サッカーを上手くなるというより、団体競技に慣れ親しんでほしかった。指導していただく中でチームの規律を学んだように思いますし、スポーツに対する向き合い方がすごく変わったなと感じています」
18時をまわり、練習を終えた子どもたちに感想を聞くと、「楽しかった!」「皆なで一緒にできるところが楽しい!」「シュートやドリブルなどの基本的な技術が上手くなったと思う」と、声を弾ませ答えてくれた。
トップチームの正ゴールキーパー、ドゥーリー大河選手も、GKグループの指導にあたっていた。
基礎練習の後は、クラスごとに2チームに分けての実践練習。小学校低学年ながら、テクニックに長けたプレーを見せる子どもいる。
プラス1を経験することで人としての成長があると思う
N.サッカースクールの事業化は、地域貢献をメインとする一方で、指導する側に立つ学生の成長を促すということも重要な目的であった。だが、サッカー部員による学生コーチとしての登録は「自由参加」が前提のため、現状では期待していた状況には至っていないという。
「学生が指導者を経験することで、学生自身の心の成長につながるし、大人になっていくために体験しておいた方がいいという部分、そこをすごく強調して話をしていますが、まだそこが届いていない」と語る小田島氏。その言葉は次第に熱を帯びていく。
「今は自分たちのキャパシティの中だけで物事を考えてやろうという学生が多い。就活だったり、部の仕事だったり、それぞれが忙しいのはわかるが、その中でもプラス1、キャパを広げてみることも必要だと思います。『僕には指導は難しいから』と敬遠する学生もいるけれど、『だからやってみるんでしょ』ということ。そうしたところに目を向けられる人はまだまだ少ない。それでも、自分のプラス1を求めて変わろうとしている学生もいるし、3年生以下の参加も増えつつある。これからもっと、学生たちの意識が変わってくればいいなと期待しています」

「しっかりとした指導をしていた学生は、人としてもしっかりしていた」と今春の卒業生を例に挙げ、「現役の学生にもそこに行き着いてほしい」。
それでも、子どもたちにサッカーを教えることは「すごくシンプルだけれど、難しい部分もある」。ふだん使っているサッカー用語で学生が話をしても、小学校低学年の子には理解できない。大人はわかっていても子どもたちはわかっていない、あるいは一部の子はわかっていても、ほかの子はわからないということもある。子どもたちが何をわかって、何をわかっていないのか、そうした状況をしっかり把握したうえで、全体に発信するのか、個別に発信するのかを考えていく視野の広さが求められるのだという。
「社会でも、視野を広げて自分を俯瞰することは大事なことですし、そういう部分を学生には感じてもらいたい。学生の方も、たぶんサッカーの指導をしたいということではなく、指導することで自分の社会性や自主性というものがレベルアップするのではないかいうところに惹かれてやっているはず。実際、コーチを続けている学生たちは大人としゃべれるようになっているし、ピッチの中で指導に入っている姿を見ると『けっこうしっかりした部分があるな』とか、こちらの見方も変わってくる。学生自身も、指導経験の中で自信がついたり、気づきがあるんじゃないかと思います」
また、スクール運営の立場から現場で子どもたちと学生コーチを見守っていたサッカー部・山本啓人コーチ(経済学部卒)も、学生と子どもたちの関係性から学べることが多いと話す。
「コーチが元気よく言葉を発すると、子供たちも反応して元気になるし、伝え方が暗かったりすればそういう雰囲気になる。そこは指導者のスタンスによって変えられるものだということを、学生たちも子どもたちと接する中で感じているはず。どう伝えたら、子供たちが生き生きするか、それを考えることで、サッカー選手としても人としても成長するための学びになっていると思います」

「子どもたちからいい影響をもらっている」という中川選手。
この日、低学年のクラスでコーチを務めていた中川土広選手(危機管理学部・3年)も、そうした1人。「子どもたちと接することで、サッカーを楽しむという初心に戻ることができた」と振り返える。
「プレイヤーとしていいパフォーマンスを発揮するために、自分が教える立場となって子どもたちを見ることで何か活かせることがあるのではないかと思って始めました。指導をしていく中で次第に楽しさを感じて、続けていきたいと思うようになったし、教えることで考えさせられたこともある。自分にもプラスになるし、子どもたちにも何かをもたらすことができるのならそれはうれしいことです。子どもたちと一緒にサッカーすることで、サッカーを楽しむことが一番なんだということと改めて感じさせてもらっています」
子どもたちの動きと学生コーチの指導の様子を見守る小田島氏(左)と山本コーチ(右)。
スクール終了後はミーティングを行い、山本コーチが気づいたことを学生コーチたちへフィードバックして次に活かしている。
日大のグラウンドから、地域へ良いものを発信していきたい
現在、スクールの告知は案内チラシを部のホームページ上に掲載しているだけで、大々的な宣伝活動は行なっていない。にもかかわらず、スクール体験者の紹介や口コミで体験や入会の希望者は後を絶たない。
「一応定員を決めていて、今日も40人ほどの子どもが来ますが、グラウンドが広いので50人でも60人でも、子どもの人数に応じて学生コーチを配置して、やり方によって対応することができる。もっとコーチの人数が増えれば、さらに運営を円滑にできるんですが(笑)」
最後にN.サッカースクールの今後について聞くと、小田島氏は地域との関係性や学生たちの参加と成長に対する期待を繰り返した。

「これまで元日本代表選手を招いてのイベント的なことも不定期ながら実施してきました」と話す小田島氏。「今は子どもたちの指導で手一杯」というが、スクールとして今後は、保護者に向けた栄養講習の開催なども考えているという。
「まずはやはり地域貢献という部分を大切にしたい。サッカー部自体が近年やっと成績が上がってきた中で、スクールの子供たちが試合の応援に来てくれたりすることも増えてきて、“見てもらう場”にもなっている。ふだん指導を受けている学生コーチが、選手としてプレーしている姿を見てもらうことで、また地域との関係性も深まっていくし、選手にとっても励みになります。何か情報発信すれば人が集まるというのは当たり前ですが、それをしなくても来てくれる人が増えてきたというところに変化を感じています。学生たちもすごく真剣に指導を行なっていて、すごく変化を感じますが、そういう学生をもっと増やしていきたいと思っています」
さらに、スクールに通う子どもの保護者から「学生たちの対応は素晴らしい」という声が寄せられていると言い、「サッカー選手である前に“1社会人としての成長と教育”という、川津監督がずっと言ってきたことが学生たちに浸透しているのかなと思います」と笑みを浮かべた小田島氏。
「この稲城の日大のグランドから地域社会に、何か良いものを発信していきたいし、そういう思いも込めて指導に取り組んでいます。川津監督とも協力しながら、いずれはサッカー部だけじゃなく、ほかの部活を取り込んで日本大学として何かできればいい。日本大学のグラウンドを使って何かの教室を開き、日大のOBの人や現役の人たちに指導に入ってもらうようなこともやっていきたい」と新たな展開も視野に入れている。
地域社会との関係を深めながら、人を育て、笑顔を育て、夢を育てる。新しいSDGsの取り組みが、稲城から始まるかもしれない。
Profile
小田島隆幸[おだじま・たかゆき]
1977年生まれ。神奈川県出身。中央大学卒。ポジションはDF。習志野高校時代にインターハイ優勝。中央大では2年生からレギュラーとなり、4年時は主将を務める。卒業後はモンテディオ山形、ザスパ草津でプレーし、ザスパ草津のJリーグ昇格に貢献。2005年の引退後はチームで後進の指導にあたる。‘08年に日本大学サッカー部コーチに就任。‘12年はザスパ草津のトップチームのコーチ就任でチームを離れたが、翌’13年から再び本学コーチとして復帰し、現在に至る。