日本大学サッカー部では、2017年から北海道釧路市阿寒町で夏の強化合宿を行っている。通算6回目(新型コロナの影響で途中3年間は中止)となった今夏は、8月16日(土)から22日(金)までの7日間行われ、合宿初日には毎年恒例のサッカークリニックが開催された。 合宿地としてお世話になる地域社会との架け橋となるべく、釧路市内と近隣地域から集まった小学1年生から6年生までの約80名に、サッカー指導を行なった選手たち。子どもたちとの交流を通じて、選手たちもその後に始まるハードな練習に取り組むための活力を得たに違いない。

(取材日:2025年8月16日)

鮮やかな青空、緑深い山々、そして整備された天然芝の明るい緑のコントラストが美しい、釧路市阿寒町の多目的広場。ここを練習拠点にして、日本大学サッカー部の阿寒合宿が行われる。 例年、合宿期間中の週末に開催されるサッカークリニックだが、今年は現地入りした初日の8月16日に開催。午前中に空路で釧路入りした選手・スタッフ総勢28名の日大チームは、滞在拠点とする宿泊施設「赤いベレー」(道の駅・阿寒丹頂の里に併設)で昼休憩を取った後に、送迎バスで多目的広場に移動した。

 

会場に入り、選手同士で段取りの確認や準備に取り掛かる一方、阿寒合宿を毎年サポートいただいている行政や地元関係者、日本大学校友会釧路支部の方々も一足早く集合し、参加者受付テントなどの設営が進められていった。

地域社会に支えられながら続いてきた阿寒合宿

サッカー部が阿寒町で夏合宿を行うようになったきっかけは、サッカー部の小田島隆幸コーチのプライベートな交友関係からだった。

大学サッカー部時代からの親しい友人が釧路出身ということから、25年ほど前からたびたび釧路を訪れていたという小田島コーチは、街に親しみを感じるとともに、時を経て変わりゆく姿も気になっていたという。そうした中、釧路市の関係者やサッカー関係者から小田島コーチに「合宿に来てくれませんか」と声が掛かったという。

「地元の方々には、本当に一生懸命支えていただいています」と話す小田島コーチ

「地元の方々には、本当に一生懸命支えていただいています」と話す小田島コーチ

「道東地区はアイスホッケーのチームがあって冬はスポーツで盛り上がるけれど、夏は盛り上がりに欠けると聞いていました。サッカー部としても条件の良い合宿地を探していたところだったので、真夏でも冷涼な釧路は魅力的でした。阿寒合宿交流事業実行委員会(釧路市、阿寒町商工会など5団体で設立)からのサポートもあり、夏のスポーツイベントの1つとして地域の活性化のきっかけになればという思いで、川津(博一)監督にも相談し、行かせてもらうことになりました」

 

そうして2017年の夏に始まった阿寒合宿。当初、練習場として使用する阿寒町多目的広場は、まだ整備途中で芝が生えそろっておらず、「正直、毎年来るのは厳しいと思った」(小田島コーチ)という状況だった。しかし、多目的広場を含む阿寒町総合運動公園の指定管理者を務めるNPO法人グルスの杜あかんと、地元協力会社の尽力によって、2年後には美しい天然芝のフィールドに生まれ変わった。

「芝の養生のスケジュールを、サッカー部の合宿の時期に合わせてもらっているので、状態のいいグラウンドで練習できる。そこは本当にありがたいですね」という小田島コーチ。さらに「何よりも気候の良さが関東とは違う。東京では1日2回練習することはできませんが、ここなら午前と午後の2回練習をした後に、宿まで約5kmのロードをランニングできる。合宿の2週間後に始まる総理大臣杯に向けての体力作りにもちょうどいい」と、宿舎施設の充実も含め、合宿地として恵まれた環境にあると語った。

 

一方、日大とのつながりを地域の活性化につなげたいとする釧路市や阿寒町からの手厚いサポートも、阿寒合宿を継続する大きな理由になっている。

「スポーツ合宿といえば阿寒という位置付けでアピールしている中で、日大さんにはその起爆剤になってもらっています」と話す、阿寒町行政センター 市民課の外崎慎一課長。最初は「日大のチームが本当に阿寒に来てくれるんだ」と驚きもあったそうだが、チームと地元・行政のパイプ役として奔走してきた今は、「グラウンドも宿舎も、街の意識も、“オール阿寒”のパッケージとして取り組んでいます」と意気が上がる。この日のサッカークリニックでも、参加者の保護者からボランティアで手伝いたいと申し出があったそうで、「市民の方々も、私たちの気持ちをわかってくれていると感じます」。

さらに、「阿寒のグラウンドが夏合宿の聖地のようなものに少しずつ近づいているように思う」という外崎課長。「日大さんとの連携を活かして、道外からスポーツチームを招いたり、大会やインベントの開催に取り組んでいきたい。そういう面で日大さんは、私たちの重要なパートナーなんです」と、言葉に力を込めた。

(左)グルスの杜あかん・小野寺俊理事長(右)合宿誘致活動の広報担当、釧路市阿寒町地域おこし協力隊の湯浅花苗さん

(左)グルスの杜あかん・小野寺俊理事長(右)合宿誘致活動の広報担当、釧路市阿寒町地域おこし協力隊の湯浅花苗さん

また、これまでの日大と阿寒町の関わりの中で印象的だったことを聞くと、阿寒合宿交流事業実行委員会の委員長で、グルスの杜あかんの小野寺俊理事長はすかさず「金子拓郎選手(2020年法学部卒、現浦和レッズ)の活躍ですね」と答えた。

2018年8月、阿寒合宿を終えた後、北海道コンサドーレ札幌のトップチームと札幌で練習試合をした際に、当時3年生だった金子選手のプレーがクラブの目にとまり、やがて同チームへの加入が内定した。

「加入記者会見の時、金子選手や川津監督が『釧路での合宿がなかったら、今の僕はない』『釧路で合宿した縁でこういう道が開けた』などと言ってくれ、メディアにも取り上げられた。一生懸命に誘致した立場として、それはとてもうれしいことでした」と、振り返った小野寺理事長。「それ以降も、日大からは卒業してJリーグに入る選手が出ているので、『阿寒に来てくれたあの選手が…』と、親近感が湧いてくる。子どもたちにしても、クリニックで教えてもらったお兄ちゃんがプロになったり海外リーグに行くんだというのは、喜びや誇らしい思いがあるのでは」と笑みを浮かべた。サッカースクール1日だけのことではなく、その後のチームや選手の言動もまた、地元の人々の思い出につながっているのだと伺い知れた。

選手主導で運営するサッカークリニック

「クリニックでやるメニューは選手に任せている」という小田島コーチ。「参加する子どものレベルは幅広いし、中学は市外に行って本格的にサッカーをやろうという子も、そうでない子もいる。だから、メニューでコントロールして、誰でもプレーできて、みんなが楽しめるメニューを組んでいると思います」

そして、メニューより大事なことは。「子どもたちとのふれあいを選手たちがどのようにやっていくか」だと言う。

「メニューはきっちりやれると思いますが、コミュニケーションのところで少しユーモアがないというか、子どもたちの関心を惹くような言葉選びというところがまだ足りていない。子どもとのふれあい方という面で、選手たちがどれだけ進歩しているか、そして今日の実践の中で、どれだけ成長できるか、楽しみにして見ています」

 

今回のクリニック運営のリーダーを務める田中慶汰選手(経済学部・4年)は、昨年に続く2回目の参加。「昨年の4年生が組み立ててくれたメニューは、参加した小学生も喜んでくれていたと思う。僕らは稲城でもスクール活動を経験しているので、教えること自体はそれほど難しく感じませんでした」と前回を振り返った。そして、「自分たちがもう少し盛り上げることができれば、小学生たちはもっと元気を出してくれるのかなと思いました。今回は子どもたちの人数も昨年の倍近くなりましたが、学生の人数も増えたので各学年3・4人で担当して盛り上げていきたい。何より子どもたちが楽しんでくれればいいなと思います」と意気込みを語っていた。

日差しが一段と強まってきた午後2時、いよいよサッカークリニックがスタートした。

 

開会式では、大学日本代表(全日本大学選抜)を率いて植木颯主将(経済学部・4年、浦和レッズに2026シーズン加入内定)とともにイタリア遠征中の川津監督に代わり、小田島コーチが挨拶。子どもたちの前に並ぶサッカー部員の中に、Jリーグのチームに加入内定している選手がいることを伝えると、芝生に腰を下ろした子どもたちは目を輝かせ、グラウンド脇で見守る保護者たちからも小さなどよめきが聞こえた。 続いて、田中選手が「たくさんコミュニケーションを取って、昨年以上に楽しい時間にしたいと思っています。皆さん、よろしくお願いします」と語りかけると、子どもたちからも「よろしくお願いします」と大きな声が返ってきた。

プログラムの最初は、低学年・高学年に分かれての「手つなぎ鬼ごっこ」。鬼役の大学生が、逃げ回る子どもたちにタッチしては手をつないで鬼の人数を増やしていく。鬼のタッチをするりと掻いくぐって自慢気な顔つきの子や、鬼に追いかけられて転んでも、すぐに起き上がって笑顔で走り出す子など、にぎやかな声がグラウンドに響き渡った。

 

子どもたちとの距離感が縮まったところで、学年ごと少人数のグループに分かれてのサッカー指導が始まった。

フィールドプレーヤーのグループでは、バスやドリブルなどの基礎練習や4対4でのミニゲームを行い、コーチ役の選手からのアドバイスに真剣な顔でうなずいたり、「いいよ!」「OK!」と声をかけられうれしそうな表情を見せる。また、ゴールキーパーのグループでは、キャッチングやセービングなどの練習を実施。指導する選手たちに混じって、元日本代表の小島伸幸GKコーチもセービングの手本を見せるなど、和気あいあいとした雰囲気につつまれていた。

フィールドの周囲から子どもたちの様子を見守っていた保護者に、このイベントについて話を聞くと、一様に「サッカー教室を開いてもらえることが有難い」という答えが返ってきた。

 

「昨年は参加できませんでしたが、参加した父兄や子供たちがみんな面白いって言っていたので、今回は是非にと思っていました」という6年生男子の母親は、「とても楽しそうですね」と、元気よくボールを追いかける我が子に目を細めた。「ケガのためしばらくサッカーができなかったので、久々に復帰して伸び伸びやっているように感じます。所属チームでの練習とは感じが違い、大学生のお兄さんに教えてもらって、すごい勉強になるんじゃないかと思います」

 

「日大の練習ってどんな感じなのか、大学生のすごさを見たいなという興味があった」という家族は、1年生と5年生の男子2人が参加。「今までのクリニックは大体フットサルがメインで、サッカーのクリニックはこの地域ではなかなかないので、いい経験だと思います」という父親。「将来、こういうお兄さんのようになってくれたらうれしいですね(笑)」と言い、母親も「楽しそうにやっていることが一番です」と話してくれた。

 

またGKグループで、年長の子に混じって練習に取り組む2年生男子の父親は、所属する地元のチームでは、低学年はキーパー練習の機会が少ないと話す。「僕もフィールドの選手だったので、キーパーについて教えられないことが多い。このクリニックでなら学べるだろうと思っていましたが、参加して良かったなと思います」と、小島コーチにプレーをほめられてうれしそうに笑う我が子を見つめていた。

講習を行う長壁トレーナー

講習を行う長壁トレーナー

グラウンドでの指導が本格化する頃、隣接する駐車場では、保護者を対象としたストレッチ講習会が開催され、20名ほどがサッカー部専属トレーナー・長壁慶司氏の話に耳を傾けた。

「練習から帰宅後、子どものふくらはぎがパンパンに張っている時にケアするには?」など保護者からの質問に、対処法をアドバイスしたり、ケガを防ぐ準備運動や足が速くなるトレーニングなどを実演。終了後には「いい話が聞けました。今日から早速やってみます」という母親の声も聞けた。

 

休憩タイムをはさみ、クリニックの後半は小学生vs日大生の試合などを実施。小学生の好プレーや選手たちのさすがのプレーに会場は湧き立った。また最後は、小島コーチが進行する恒例の「じゃんけん大会」で日大応援グッズなどがプレゼントされ、子どもも保護者も大いに盛り上がり、盛況のうちに終了となった。

 

クリニックを終えて、初参加の5年生男子は「楽しかった。知らないチームの子や、日大の選手たちと一緒にプレーできて面白かったです」という感想。ほかにも「サッカーがもっと好きになった」(4年生女子)、「来年も参加してみたい」(3年生男子)と、子どもたちの評価は上々だった。

 

選手たちにとっても「子どもたちが元気いっぱいにサッカーを楽しむ姿に、私たち選手もたくさんの力をもらいました」(サッカー部ブログより)と、思い出に残るひとときになったようだ。

 

GKグループの指導にあたっていた木口朔来選手(法学部2年)は、「僕は声を出すのが得意なので、楽しくサッカーをやってほしいという思いでクリニックに臨みました。低学年の子どもを担当しましたが、みんな楽しそうに練習していたので良かったなと思います」と振り返った。後輩の小森春輝選手(スポーツ科学部・1年)も「稲城でのスクールに参加した時は上手く教えることができませんでしたが、今回は2回目でしたし、木口さんのコーチングも良かったので、やりやすくてスムーズにできたと思います。子どもたちもとても楽しそうにやっていたのでうれしいです」と笑顔を見せた。

サッカークリニックを通じて地域に対しできること、学べることがある

果たしてこのサッカークリニックはどういう意味を持っているのか。この日、視察に訪れた釧路市教育委員会 生涯学習部スポーツ課の竹内元章課長からは「毎年阿寒町に来ていただき、サッカークリニックを開いていただけるのは、行政として本当にありがたい」と感謝の言葉をいただいた。

左から、釧路市阿寒町行政センター市民課・外崎慎一課長、釧路市教育委員会生涯学習部スポーツ課・竹内元章課長、同・米代拓巨主事

左から、釧路市阿寒町行政センター市民課・外崎慎一課長、釧路市教育委員会生涯学習部スポーツ課・竹内元章課長、同・米代拓巨主事

「釧路市民からも『また来てくれるのか』という感謝の声が聞こえています。また、憧れのような気持ちを持つ子どもたちに、選手たちが日々努力している姿を見せてもらえる、サッカーを教えてもらえるというのは、上のレベルを目ざそうという子どもたちにとっての希望の光、モチベーションが上がることだと思います。市民の大きな期待も感じているので、日大さんに来ていただける限り、サポートを続けていきたいと強く思っています」

一方、サッカー部の立場からは、「恩返し」という言葉を口にした小田島コーチ。「メインはあくまでも合宿ですが、サッカークリニックはサポートしてくださっている市や町、そして子どもたちが喜んでくれるから動いてくださる大人の方たちへの恩返しの一部なんです。保護者の方々も笑顔で見てくれているので、このイベントを喜んでいただいているのかなと感じています。だから、毎年やらせていただき、日大の魅力を発信していきたいと思っています」

さらに、「金子拓郎選手のように、阿寒に来た学生がプロになって活躍するというのを皆さん見ていただいていると思うし、今年も平尾勇人(文理学部・3年、2027シーズンに東京ヴェルディ加入内定)などの選手がいるので注目してほしい。また小さなところでの交流や協力も、長年続けてきた中で増えてきています」

実際、阿寒合宿交流事業実行委員会によるスポーツ合宿誘致のPR動画を稲城グラウンドで撮影したり、かつてクリニックに参加したことがある中学3年生を、大学の練習に受け入れたことも。「高校に入ってバリバリやりたいけれど、1・2月の北海道ではサッカーの練習ができないからちょっとだけ参加させてもらえないかと実行委員会からお話があったので、『釧路の子ならいいですよ』と大学1年の練習に参加してもらいました」

「クリニックを通じて選手たちの成長も期待したい」と話す小島GKコーチ

「クリニックを通じて選手たちの成長も期待したい」と話す小島GKコーチ

小島GKコーチもまた、「キャンプを受け入れていただいた町に、どういう形で恩返しができるか、選手たちはそれを分かってやってくれている」と感じていた。同時に、選手たちには、子どもたちを指導することで、自らにフィードバックできることがあると気づいてもらいたいという。

「教えることによって、人に伝える力や、どういうミスが起こりやすいのかというところが分かってくる。単に教えるだけ、ただ練習をこなすだけではなく、自分たちで練習を構築して子どもたちに何を習得させてあげたいか、そのためには、彼らが今どういうことで上手くいかなくなっているのかを考えることが大切。それは、選手として自分が上手くいったプレー、上手くいかなかったプレーがなぜかというところに戻ってくると思うので、そういう力を培ってもらいたいと期待しています」

さらに長年の経験から、「そこまでできる選手は、やっぱり上手くなる。ワンプレー、ワンプレー、自己分析して何が良かったか悪かったかを考え、次に修正して臨めるというのは、ワンプレーごとに成長するということだし、それを実践できる選手は、伸びていくと思いますね」と語った。

9月上旬にスタートする総理大臣杯全日本大学サッカートーナメントでの優勝、そして12月開催のインカレ出場をめざして臨む関東大学リーグ後半戦での巻き返しに向けて、残暑にも勝る熱い闘いが繰り広げられていく。

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