第76回全日本大学選手権(インカレ)で実に15年ぶりの優勝を決め、有終の美を飾った本学バスケットボール部。チーム体制の変更や怪我など苦しい時期を経験しながら、常にチームを鼓舞し続け中心選手として活躍したのが、米須玲音選手(文理学部・4年)とデイビッド・コンゴロー選手(スポーツ科学部・4年)だ。共にプロの道に進む2人に、これまでとこれからの思いを聞いた。
エースの自覚を持って取り組んだ4年間
−ご卒業おめでとうございます。日大での4年間で印象的だったことは?
米須 入学1年目の最初のスプリングトーナメントで優勝できたことが一番印象に残っています。自分が入ってすぐに勝利に貢献できたことはうれしかったです。でもそこからリーグ戦やインカレで勝てない日々が続きましたし、個人的にも怪我に悩まされました。最初は肩、次は復帰後間もなく膝を怪我して、2〜3年目のインカレには出場できずに悔しかったです。そんな苦しい時期を経て、4年目の最後のインカレで日本一を取れたのは、自分のここまでのバスケット人生の集大成として最高だったと思っています。
コンゴロー 僕もまず思い出すのはスプリングトーナメントで優勝できたことです。日大のバスケットボール部として臨む初の選手権大会だったので、とてもうれしかった。その時の喜びがあったからこそ、今日までずっと練習を頑張り、成長し続けることができたと思っています。

−日大のバスケットボール部を選んだ理由は?
米須 東山高校の時の恩師が日大出身で、自分と同じ文理学部だったので、バスケットボール部や学部の雰囲気についていろいろと話を聞いていました。そういった背景もあり、自然と日大に進学する流れになりました。
コンゴロー コンゴにいた頃からバスケットボールをしていましたが、ある時アメリカのエージェントが自分のプレー動画を海外のチームに送ったところ留学生として日本に行くことになり、中学・高校とプレーしました。そこで、日大のコーチが自分に興味を持ってくれたことで、進学することになりました。
−お二人は高校時代からの知り合いだそうですが?
米須 僕はデイビッドのことを中学3年の頃から知っていますが、中学校の全国大会ではすごく目立っていましたね。高校生になってからも、僕は京都、デイビッドは兵庫に住んでいたので、近畿地方の大会で顔を合わせるうちに、自然に言葉を交わすようになりました。
コンゴロー 高校時代、米須のチームにはコンゴ共和国からの留学生がいて、僕はその選手と仲が良かったんです。その選手を通じて米須と知り合い、大学入学前から連絡を取り合っていました。一緒にプレーできることを楽しみにしていましたし、4年間共にチームを引っ張ってこれたのをうれしく思っています。
−プレーの中ではお互いはどんな存在でしたか?
米須 ゴール下ではとにかくデイビッドにボールを預けておけば、なんとかしてくれる安心感があります。コート外でも後輩の留学生の面倒を見てくれるなど、チームに貢献してくれました。僕たちは1年目から試合に出させてもらい、チームの中心選手としてプレーしていましたが、互いにエースとしての自覚を持って試合に臨んでいましたし、そういう姿勢を見せることで、周囲の選手たちにも良い影響を与えられたのではないかと思います。

コンゴロー 米須は試合中も普段も真面目な性格ですね。ある時、自分が練習に遅刻してチーム全員で掃除をしなければならなくなったことがあったんですが、その時は彼にとても叱られました。
米須 あったね、そんなこと(笑)。
−日大バスケットボール部での活動を通じて得た学びや成長は?

オンコートでは身長206cmの強みで攻守の要として活躍したコンゴロー選手は、コート外でも流暢な日本語でコニュニケーションを図り、チームメイトを叱咤激励してきた。
コンゴロー 昨年4月に監督が替わり、チームの運営方針にも変化がありました。それまでのコーチ陣とは日本一を目指して共に頑張ってきたので、個人的には寂しい気持ちもありました。加えて、新体制になってからしばらくはトーナメント戦や対外試合でも全く勝てず、「今年はどうなるんだろう…」と不安に思っていました。それでも、皆でミーティングをしたり、声を掛け合ったりしながら最後までやり切って、最高の結果を得られたことは今後の人生の糧になると思っています。
米須 大学に入り、初めて大きな怪我をしてコートの外からバスケットボールを見ることで、周囲を俯瞰して見られるようになりました。この経験は大きく自分を成長させてくれたと感じています。怪我をしていた間はただ下を向いていただけでなく、将来を見据えてリハビリに取り組みましたし、自由な時間が増えたことで、バスケットボール以外の学業面でもしっかり取り組めたんじゃないかなと思います。
−井上水都主将やチームメイトは、怪我を経てコミュニケーション面が積極的になったと感じていたようですが?
米須 そうですか。怪我をした分、ステップアップしなければダメだと感じていました。そこで、体もひと回り大きくなりましたし、プレーの幅も広げてきました。それと並行して怪我に対しては常にケアが必要だったので、プレー中もプレー外でも、これくらいは大丈夫、これは怖いと周囲と密にコミュニケーションを取りながら過ごしてきました。そうした意識で接していたことが積極的に映ったのかもしれませんね。
プロとして研鑽を積み、さらなる飛躍を誓う
−最後のインカレでは15年ぶり13回目の優勝を飾りました。
米須 素直にうれしかったです。僕自身この4年間は怪我ですごく苦しんで、同期や先輩、後輩にも迷惑をかけてしまいました。日本一になって恩返しをしたい気持ちがとても強かったので、良い結果を出せてホッとしています。
コンゴロー 4年生の最初はスプリングトーナメントで5位、新人戦では8位と、チームの状況は良くありませんでした。そんな時に、ふと白鴎大学や東海大学がなぜ常勝チームなのかを考えた時、僕たちのチームに足りないものが見えてきました。普段の練習でもできない言い訳が増えていたし、少し自分たちへの厳しさが足りていませんでした。そこで、チームミーティングの際に自分が言ったのは、「今チームの勢いが落ちているけれど、しっかり自分たちのやるべきことを見直そう」ということです。その後にリーグ戦やインカレに向けてチームを作り直しながら、淡々とやるべきことに取り組んで、最後にチーム一丸で優勝できたことが本当にうれしいです。
米須 デイビットの言うように、チームとして一体感があったことが勝因の一つだと思います。チーム一丸でやるためには、上の学年が下に向けて言うばかりではなく、年次や立場を超えてお互いがしっかり言葉のキャッチボールをして、納得、解決するまで話し合うことを心がけていました。また、自分たちが最上級生になった代では、最初のミーティングで「右肩上がりで行こう」という目標を掲げて、トーナメント戦やリーグ戦でたとえ思わしい結果が出なくても、最後のインカレに焦点を合わせていました。最初の良い始動がきっかけになって勢いを維持したまま、最終的にはインカレ優勝につながったと思います。
ボールの出し手、受け手という関係性でチームの得点源として躍動した2人。インカレ優勝を決めた瞬間は、思わず抱き合ったそうで、米須選手は大会MVPも獲得した。
日本に来てからプレースタイルがすべて変わり、レベルアップしたと話すコンゴロー選手。インカレ4試合で平均20得点、12リバウンドを記録し、大会優秀選手に選ばれた。

「対戦相手に対するリスペクトを忘れず、劣勢の試合でも常に最後まで諦めない姿勢を大切にしています」と話す米須選手。
−お二人ともプロの道に進みますが、今後の目標は?
米須 今20試合ほど出場していますが、ディフェンスでは外国人選手との体格差に課題感がある反面、オフェンスはプロの舞台でも通用すると感じています。今後はどちらもさらにレベルアップが求められるので、チームの先輩やスタッフの方々からさまざまなことを学んでいる段階です。幸いにも所属先の川崎ブレイブサンダースには、日大の先輩でもある篠山竜青選手(文理学部卒)がいらっしゃいます。インカレ前も「最後は優勝して終わってこいよ」というメッセージをくれて、その言葉がとても励みになりました。バスケットボールの技術や経験はもちろんですが、人間的にも尊敬できる方なので、竜青さんの背中を見て、自分もプレイヤーとして、人間として、どんどん成長したいなと思っています。将来的にはロス五輪があるので、そこを目標にまずは代表入りを狙いたいですね。
コンゴロー 現在は徳島ガンバローズに所属しています。チーム環境も人間関係も素晴らしく、成長するには最高の場所です。ただ、コーチ陣がほぼ英語で会話するので、英語が苦手な自分にとってはそこが課題ですね。チーム名の通り、どんな状況でもまずはチームを勝たせられるように、プレー面でもコミュニケーションの面でも力をつけてガンバローという気持ちです。
−今後の活躍を期待しています。ありがとうございました。
2024-2025シーズンで、川崎ブレイブサンダースの#11米須選手は直近の10試合連続を含む17先発で計34試合に出場。司令塔として魅せるプレーで会場を沸かせている。また、徳島ガンバロウズ#27のコンゴロー選手も14試合に出場。初先発となったホームでの立川ダイス戦(4月20日)では、自己最長のプレータイムを得て17得点12リバウンドと活躍し、チームの5連勝に貢献した。(いずれも4月30日時点)
将来的な海外挑戦を見据えて、弛まぬ成長を誓った米須選手。
コンゴの2つの言語とフランス語、日本語が話せる一方、英語が苦手というコンゴロー選手。NBAでプレーする河村勇樹選手が発した「Give Up」を色紙に書き、「いろんな意味を持つ言葉。自分もNBAに挑戦した河村選手のように、プロ選手としてどんな苦しいことがあっても決してあきらめないという気持ちで書きました」と、静かに闘志を燃やしていた。
Profile
米須 玲音[よねす・れおと]
2003年生まれ。長崎県出身。東山高卒。2025年3月、文理学部卒業。高校1年次に男子U16日本代表候補、3年次のウィンターカップでは準優勝して大会ベスト5に選出。’21年1月に、川崎ブレイブサンダースと特別指定選手契約を結び、高校生Bリーガーとして話題になる。大学入学後も主力として活躍し、’21-22シーズンも特別指定選手として川崎に加入。その後、怪我でプレーできない時期が続いたものの、関東大学秋季リーグでは‘23年・’24年と2年連続アシスト王に輝く。’24年11月に特別指定選手としてプロ契約で川崎に3度目の加入。将来の「川崎の顔」となることが期待されている。
Profile
デイビッド・コンゴロー
2002年生まれ。コンゴ共和国出身。報徳学園高卒。2025年3月、文理学部卒業。ポジションはセンター。中学3年の時に留学生として来日し、中学・高校と全国大会で活躍。日大進学後は1年次から主力としてチームを牽引。各種大会において優秀賞・得点王・リバウンド王などを獲得し、4年次のインカレでも得点王となり優秀選手賞を受賞。今年2月にB3の徳島ガンバロウズへの加入が決まった。