本学競技スポーツ部では選手たちの競技力向上だけではなく、人間力の向上を図るため、毎年複数回、各競技部の主将と総務の学生を対象とした研修会を開催しています。2022年3月30日(水)に行われた「令和4年度 第1回 競技スポーツ部 キャプテン及び総務研修会」では、日本オリンピック委員会(JOC)のインテグリティ教育ディレクターとして活躍されている上田大介氏を講師に迎え、「スポーツ・インテグリティ総論」をテーマに講義を実施。インテグリティとは何か、そして、アスリートとして活躍するうえでの人間力の重要性についてお話しいただきました。

人間力を高め、社会からの信頼を確保していく。

「人間力なくして競技力向上なし」というスローガンのもと、JOCでは選手や指導者に向けてさまざまな教育事業を行っています。活動の中心に据えているキーワード「インテグリティ」とは誠実性・健全性・高潔性などの意味を持ち、すなわち「人間力」を表すもの。現代のスポーツ界では、社会からの信頼を得るために必要な資質として注目されています。

講義冒頭、学生たちに向けて、上田氏から3つの質問が投げかけられました。「あなたはどんなアスリートになりたいですか?」「あなたはそれをどうやって実現しますか?」「それはなぜですか?」。それぞれの問いに対する答えをメモに書き出してもらった後、「この3つのミッションをとことん突き詰めていくことが今回のテーマです」と本研修の目的が掲げられました。

普段はトップレベル競技者用トレーニング施設である、味の素ナショナルトレーニングセンターに勤めている上田氏。そこを訪れるアスリートに対していつも「今日は何をしに来たの?」と尋ねていると言います。「なぜ僕がアスリートに対してこのような質問をするかというと、その人が本当に成長しに来ているのかどうかを確認しているのです。そして、どの選手の回答も情報が整理されていて、目的意識が明確になっています」と、トップアスリートたちの共通点を明かしました。さらに、競泳・入江陵介選手の「夢は持つだけじゃだめ。大切なのはどうやって夢に向かうか」という言葉を取り上げ、目的意識を持つことで自分のなりたい姿がより具体化され、明確になっていくと伝えました。

また、スポーツは「する人」だけではなく、それを「見る人」と「支える人」がいて初めて存在できるとし、「コロナ禍によって生まれたそれぞれの間の溝、スポーツを取り巻く環境の変化を前にして、我々は何もしなくていいのか」と強く訴えかけました。その取り組みのひとつとして、本学がコロナ禍以前から取り組んでいる「日本大学競技スポーツ宣言」のメッセージを紹介しつつ、「大学スポーツは、皆さんの成長の機会を作り出すために運営されています。一人ひとりがここに記されている言葉をしっかり認識したうえで、自分の考えをまとめなければなりません」と述べました。

スポーツの世界でも数々の不祥事が起きている昨今。「競技の世界の内側にいるとどうしても視野が狭くなってしまい、世の中とかけ離れてしまいます。問題を起こさないためには、さまざまな視点を持つことが大切です」と話し、あらゆる業界のリーダーたちが持つ4つの目線として「鳥の目:全体像を俯瞰的に見る視野の広さ」「虫の目:物事を細分化し細かく掘り下げて見る視点の深さ」「魚の目:大局的な時流を見る視点の長さ」「こうもりの目:逆の立場、発想を変えて見る視点の数」を紹介しました。

「日本はまだまだ失敗が許されない国。大学スポーツという高いレベルにいる皆さんがリスクマネジメントを怠った時、競技者として命取りになる可能性があります」と話した上田氏。一般の人とは異なる特別な立場を認識し、日頃の振る舞いまで気を配る必要があると話し、「人を魅了するスポーツの世界で戦う皆さんには価値があり、可能性があるからこそ、八百長や反社会的勢力、ドーピングなどあらゆるリスクが寄ってきます。もし、そうしたものに手を出してしまうと自身の価値が小さくなってしまい、やがてパッと消えてしまいます」と、リスクを犯すことの怖さを語りました。
 
さらに、自分の価値を守るためにすべきなのは「自分の判断基準を持つこと」であり、これこそがリスクマネジメントの根本原則であるとして、「判断基準が『みんなやっているから』では、やがて事故につながります。『成功するため』『結果を出すため』『夢を与えるため』という3つをもとに、自分の判断基準を見直さなければなりません」と説明。リスクマネジメントに役立つポイントとして、不正を起こす「機会(不正ができる状態か)」「動機(プレッシャーを受けている状態など)」「正当化(言い訳や屁理屈)」という「不正のトライアングル」を生まない環境づくりが大切であると述べました。また、1つの重大な事件の背景には、29の軽微な事件と約300件のヒヤリハット(ヒヤリとしたりハッとしたりする危険な状態)が隠れていると言われる「ハインリッヒの法則」を紹介し、まだ取り返しがつくヒヤリハットの状態−服装や言葉遣いの乱れ、忘れ物が多いなどの小さな兆候を見逃さないようにアンテナを張ることが、大きなリスクの回避につながると解説しました。

スポーツの価値を大きくするためのアクションを。

「スポーツの信頼を守るため」という内容が中心だった前半に対し、後半はアスリートやスポーツの価値をさらに大きくするための取り組みについて講義が展開されました。その一例として、2001年に大阪の附属池田小学校事件が起きた直後、Jリーグ・ガンバ大阪の選手が現地に駆けつけ、サッカーを通じて子どもたちの笑顔を取り戻したというエピソードを紹介。「皆さんにはスポーツが持つ大きな力を信じて、信頼を取り戻すアクションをしてほしい」と強く訴えました。そして、その行動の源泉となる人間力を高めるには競技力を高める時と同様、「見る」「真似る」が重要であると話しました。「まずは人間力が高いと思う人を挙げてみる。さらに、その人のどんなところが良いのか、なぜその振る舞いをするのか裏側まで考えてみる。それを繰り返すことでやがて人間力が自分のものになっていき、信頼を獲得できるようになります」

最後のまとめとして上田氏が口にしたのは「やっぱりスポーツっていいね」という言葉。コロナ禍により、スポーツは不要不急だと言われる今だからこそ、スポーツの素晴らしさを感じてもらう行動が必要だと伝えました。「スポーツを『する人』である皆さんにはスポーツを通じて、『見る人』『支える人』に『やっぱりスポーツっていいね』と感じてもらえるよう、勇気や希望を届けてほしい。そして、支えてくれている人への感謝の気持ちを忘れず、若い力とアイデアを活かして形にしてほしいと思います」と熱のこもった言葉で語った上田氏。「講義冒頭で掲げた3つのミッション、これを忘れないようにして学生生活に活かしてください。スポーツの力と可能性を信じて、皆さんが大きく成長してくれることを祈っています」とメッセージを贈り、講義を締めくくりました。

講義終了後、学生からは「部に持ち帰って共有したいと思うことがたくさん見つかりました。『見る人』『支える人』と良い関係性を構築するために、もっとリスクマネジメントを意識していきたいです」(馬術部主将・吉田ことみ)、「今までは自分たちの目標に向かって活動しているだけでしたが、高いレベルでプレーしているという自覚を持って、応援してくださる方々に感動を与えられるようなプレーをしていきたいと思いました。また、他の競技部の方と話すこともでき、大変勉強になりました」(野球部総務・石黒健徒)などの声が聞かれました。
上田氏は「久しぶりに多くの学生を前にお話させていただいて、吸収しようとするエネルギーに圧倒されました。皆さんが今日学んだ内容をゆっくり自分のものにしていき、各部の活動に活かしてほしいと思います」と集まった学生たちの印象とともに、今後への期待を寄せていただきました。

Profile

上田 大介 氏[うえだ・だいすけ]

公益財団法人 日本オリンピック委員会
選手強化本部インテグリティ教育ディレクター

 

1982年生まれ。広告制作会社を経て2009年にTRENSYSを創業。ウェブマーケティングに取り組み、企業の宣伝・広告・販促・広報のディレクションを担当。2012年より研修講師として経営者、ビジネスパーソン、プロスポーツ選手を対象にソーシャルメディアがもたらす影響やリスク・効果的な活用法を伝える活動を行う。2018年よりJOC選手強化本部のインテグリティ教育ディレクターを務める。

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