FINA世界選手権で、女子3mシンクロ飛板飛込において、この種目日本初の銀メダルをもたらした金戸凜選手(スポーツ科・1年)。故障もあったが、それを見事に乗り越えて世界で、そして日本で結果を残した。
金戸選手にとって初めてのインカレは、兄と迎える最後のインカレでもあった。
世界は世界の、そしてインカレにはインカレの楽しさがあると語る金戸選手。その足跡を振り返る。
故障から復帰して世界選手権銀メダルを獲得
今年6月にハンガリー・ブダペストで開催されたFINA世界選手権において、女子3mシンクロ飛板飛込で日本に初の銀メダルをもたらした。それも右肩の故障で戦線を離脱してから約3年ぶりの国際大会だったにもかかわらず、ブランクを感じさせない演技を披露。それが金戸凜選手である。
金戸選手自身に、飛込を始めた時の記憶はないという。それもそのはず、家族全員が飛込競技に関わる、まさに飛込一家に育ち、幼少期から飛込競技に親しんできたからだ。
祖父の金戸俊介氏はローマ、東京五輪の飛込代表として活躍し、本学水泳部飛込部門の監督も務めた人物。さらに父の金戸恵太氏もソウル、バルセロナ、アトランタ五輪の3大会に出場。現在は本学水泳部飛込部門監督を務めつつ、指導者として多くの飛込選手を育てており、金戸選手もその門下生の1人だ。
金戸選手がその名を全国に知らしめたのは、14歳の時。国内シニアの大会で初めて日本一に輝くと、その後はオーストラリアで武者修行を行うなどトレーニングを積み重ね、着々と成長。目黒日大に入学した2019年には、高校1年生でFINA世界選手権(韓国・光州)の代表権を獲得した。
初の世界大会で金戸はその実力を一気に開花させ、高飛込の予選を5位で通過。準決勝で決勝進出(上位12位まで)に入れば、東京五輪の出場権が得られるという状況下で、予選5位だった金戸選手にとってしてみれば、もう五輪の出場権は手中に収めたも同然だった。
故障によって潰えた東京五輪出場という夢
だが、それは許されなかった。光り輝く未来への第一歩となるはずだった、準決勝の1本目。難易度もさほど高くない105B(前宙返り2回半エビ型)という技で、金戸選手は“いつもの通り”に得意の入水を決めて75.00ポイントを獲得。1本目を終えた時点で3位タイにつける。
東京五輪という夢は潰えたが本学進学後にも技に磨きをかけてきた
好スタートを切ったと思われたが、どうも様子がおかしい。2本目からは、演技のキレだけではなく、得意の入水もうまく入らない。どこか演技にちぐはぐな印象があった。それもそのはず。1本目の入水時に右肩を負傷していたのだ。結果、2本目以降の得点を伸ばせなかった金戸選手は準決勝17位で敗退した。
「気持ちは悔しいです。でもハプニングがあった中、ちゃんと最後まで飛べたのは自分にとって良い経験になったと思います。試合は終わっちゃいましたけど、とにかく楽しかったです。この後もいろんな選手の演技を見て、自分に足りなかったものを学びたいと思います」
丈にもそう言い放った金戸選手だったが、肩の症状は深刻で、腕を振るだけで亜脱臼の状態になってしまうほどにまで悪化。結果、2020年に行われた東京五輪最終予選への切符を懸けた国内大会で敗退。東京五輪出場という夢は潰えてしまった。
コツコツと積み重ねた努力が実を結ぶ
飛込部門監督でもあり父でもある金戸恵太氏も良き理解者である
金戸選手はその大会が終わったと同時に、将来を見据えて肩の手術を敢行。長く厳しいリハビリの毎日を送ることとなる。
元来、真面目な性格の金戸は周りも驚くほどのスピードで回復を見せていく。決して無理をしたわけでもない。着実に、真面目に。一歩ずつ、小さな積み重ねを続けてきた結果、同年夏には飛込の練習自体を再開することができた。
そして翌2021年、高校3年生となった金戸選手は、インターハイで女子高飛込、3m飛板飛込の2種目を制して完全復活。その後、8月の日本選手権では、高飛込は3位表彰台を獲得し、3m飛板飛込で日本選手権初制覇。肩の手術から約1年と半年。苦労が報われる形で最高の結果を残した金戸選手は、表彰台の頂上で弾けるような笑顔を見せた。
共に戦う兄と『N.』のために
2022年春、金戸選手は本学スポーツ科学部に進学。そして自身2度目のFINA世界選手権代表入りを果たす。個人種目での出場はかなわなかったが、3mシンクロ飛板飛込でメダルを獲得するという日本人初の偉業を成し遂げるに至ったのである。
9月、世界選手権メダリストという肩書きを引っ提げ、初めて臨んだインカレ。学校対抗という試合形式に多少の緊張はあったものの、仲間と共に出場できるインカレにワクワクした。その仲間というのが、兄・金戸快選手(スポーツ科・4年)である。快選手はインカレ1日目、男子3m飛板飛込で優勝を果たす。それを見た妹は静かに闘志を燃やした。
「兄が、というよりは、日本大学というチームが1位になったのを見て、それに私も続きたいと思いました」
その思いを、演技にぶつけた。1本目の305C(前踏み切り後ろ宙返り2回半抱え型)は67.20ポイントの2位スタートだったが、2本目の407C(後ろ踏み切り前宙返り3回半抱え型)で80.00ポイントの高得点を獲得して1位に躍り出る。
3本目、4本目とトップをキープしたままで迎えた最終演技の5本目。得意のひねり技である5237D(後ろ宙返り1回半3回ひねり自由型)で、7人いるジャッジのうち5人が10点満点中9点を出す最高の演技を見せ、89.10ポイントを叩き出す。空中の演技のキレイさ、入水の美しさ。その全てが評価された結果、トータル378.20ポイントでインカレ初優勝を飾った。
「1年生で優勝できたのはとってもうれしかったです。2年生、3年生、4年生になるにつれて演技のレベルをどんどん上げていって、4連覇を目指したい」
大会2日目。女子3m飛板飛込に出場し、2冠を狙った金戸凜選手だったが惜しくも敗れて2位。負けたことは悔しかったが、そのすぐ後に行われた男子高飛込決勝で、快選手が優勝を果たし2冠を達成。妹の悔しさを晴らす演技を見せてくれたことがうれしかった。
同年代と戦えるインカレは楽しいと金戸選手。インカレでの初優勝に笑顔を見せた
自分が負けても、チームが助けてくれる。
本学からのインカレ出場者は金戸兄妹の2人だけではあったが、お互いが同じユニフォームを着用し、同じ大会を戦う一体感は、何ものにも代え難いものがあった。チームメートが勝てば自分も続く。仲間が負ければ、その悔しさを代わりに晴らす。戦う仲間からの切磋琢磨と支え合いが、このインカレの魅力でもある。
金戸凜選手にとっては、その戦友が最後のインカレを迎える兄であるということも、大学として何とか最高の結果を残したいと思い、結果を残せた要因の1つでもあった。
結果、金戸兄妹の活躍により、本学は男女ともに総合2位を獲得する活躍を見せた。
「世界大会で戦うのも楽しいんですけど、同年代と戦うインカレはやっぱり特別で、世界大会とはまた違う楽しさがありました。それに今回、今までで一番自信を持って臨めたのがこのインカレだったので、高飛込で優勝できたことはすごいうれしかったです」
苦難を乗り越えて得た栄冠は、選手としての金戸凜を一歩先の世界へと誘ってくれた。後は、その波に乗るだけ。「まだまだ伸びしろがある」と胸を張って言い切る強さを持つ金戸選手のこれからには、まさに期待に胸が膨らむばかりである。