本学男子柔道部出身のレイズ・カヨル(2016年文理学部卒・日本中央競馬会)は、カナダ代表として世界を舞台に戦う柔道家である。
2022年10月、ウズベキスタン・タシケントで開かれた世界柔道選手権男子100kg級で準優勝を果たし、直後の国際柔道連盟ツアー大会(グランドスラム・アブダビ)では初優勝を収めた。今、2024年パリ五輪での2大会ぶりとなるオリンピック出場へ向け、日本とカナダを行き来しながら新たな境地で柔道に向き合っている。

キャリア最高の結果

2022年10月にウズベキスタンで行われた世界柔道選手権男子100kg級決勝。優勝はならなかったが、29歳にして初めて世界選手権の表彰台に上がり、その名を世界に知らしめた(共同通信社)

2022年10月にウズベキスタンで行われた世界柔道選手権男子100kg級決勝。優勝はならなかったが、29歳にして初めて世界選手権の表彰台に上がり、その名を世界に知らしめた(共同通信社)

勝負が決して感情が動き始めた。イタリア人主審による「技あり」の宣告、地元選手の勝利に沸き立つ会場、感激の面持ちで自らを祝福する相手の姿。無心で戦った。しかし自分は負けたのだ。その現実を受け入れたとき、レイズは「一瞬でいろんな気持ち」になったという。
 
「2位になったうれしさと、優勝できなかった悔しさと、あとは自慢したい気持ち、ですね(笑)」

10月11日、世界柔道選手権男子100kg級。この日のレイズは冴えに冴えていた。
決勝までの5試合はすべて一本勝ち。得意の内股はもとより、足技や寝技を駆使した多彩な柔道で対戦相手を圧倒した。決勝は延長戦の末に惜敗したものの、本学3年時に20歳で初出場して以来、世界選手権で初めてメダルを獲得。キャリア最高の結果を残すこととなった。29歳の誕生日の翌日のことだった。

「決勝は勝ちペースだったと思うのでそこはすごく悔しくて、あと少しだったな、と思いす。でも、あの日はすごく身体が軽くて集中力も高くて、自分でも驚くほどでした。なぜ、あんなに調子が良かったのかはよくわからないのですが……。
ただ、2年くらい前、柔道に対する考え方が変わったことが実を結んだのかもしれない、とは思います。コロナになって長い間柔道ができなかったので、いろいろ考える時間があったから」
 
いろいろ考えたこと。それはなぜ自分は柔道をしているのか? という根本的な問いだった。

「勝つため」から「幸せだから」へ

「それまで柔道は勝つためにやるもので、結果がすべてというメンタリティの中でやっていました。でも、東京五輪が延期になり、大会もなくなって、それを表す場所、結果を出す場所がなくなってしまいました。それで、なぜ自分は柔道をしているんだろう。何のために柔道しているんだろうって思ったんですね」
 
試合どころか稽古さえできぬ日々。社会人選手として、カナダ代表として自分の存在価値はどこにあるのか。簡単に答えは出なかったという。
 
「数カ月間くらいは考えました。それである日気づいたのは、自分は柔道が好きだし、楽しいから柔道をやっていて、そうしていることが幸せだ、ということでした。そこからは練習に行くのが楽しくなりました。日本はレベルが高いし、選手層も厚いから練習はすごく厳しいし、隙なんてみせられない。自分も練習であっても絶対に投げられたくないと思っていました。でも、今は違います。投げられたら相手がうまかっただけ、と素直に思えるようになったんです」
 
それはレイズにとっておおげさでなく、柔道人生を大転換する出来事だった。

違うのは当たり前

ただ、その素地はあった。カナダ代表としての経験である。

本学1年時からカナダ代表として活動。「ナショナルチームのメンバーは言語も文化も宗教も違います。でもそれは当たり前。僕にとってそれぞれ違うことは自然なことです」

本学1年時からカナダ代表として活動。「ナショナルチームのメンバーは言語も文化も宗教も違います。でもそれは当たり前。僕にとってそれぞれ違うことは自然なことです」

「カナダでは、ライバルであっても試合前になると対戦相手の特徴を教えあったり、戦い方をアドバイスしあったりするんです。柔道人口が少ないし、ナショナルチームの人数も少ない。だから、みんなで助けあって強くなっていこうという考え方なんですね。日本ではライバルが言葉を交わすことなんてほとんどないので、最初は僕も驚きました。
ただ、これはスタイルの違い。どちらが良いとか悪いとかの話ではありません。だけど僕は今、日本でも同じことをしているのだと思います。周りにアドバイスをもらったり、意見を聞いたり。一緒に練習している学生にもいろいろ教えてもらっています。以前は、後輩に何か教えてもらうなんてあり得なかった。本当に変わりましたし、今は見える世界が全然違います。相手目線で見ることができるようになったんです」

相手の目線を獲得すること、すなわちそれは柔道の幅がそれだけ広がるということである。同時に他者との違いを受け入れることとも言えるだろう。カナダは歴史的に移民を積極的に受け入れてきた多文化主義の国だ。異なる民族が互いを尊重しながら、独自の社会を構築している。そうしたことの影響もあるのだろうか。
 
「確かにナショナルチームにはいろんな人種の選手がいます。当然文化も違えば宗教も違います。でも、それを特に意識するということはないかもしれません。もちろんお互いへのリスペクトはありますが、違うのは当たり前のことなんです。
リスペクトということで言えば、カナダだけでなく海外の選手たちは日本の柔道をとても尊敬しています。パワーに頼るのではなく、組み手や体さばきをしっかりやる技術を生かした柔道に憧れているんです。先日の世界選手権の決勝のあとも、僕の柔道を『Beautiful Judo』と言ってくれた人がいました。負けたのは悔しかったですが、日本で柔道を学んでいる者としてうれしかったですね。これからも日本の美しい柔道を守り続けていきたいという思いを持っています」
 
日本育ちのカナダ代表として。その誇りを胸に今、目標に据えるのは2024年のパリ五輪である。
 
「世界選手権で2位になったことでパリを目指そう、という気持ちになりました。でも、オリンピックは求心力が強いので、そこに振り回されたくないという思いがあります。以前のように勝ち負けだけの世界にどっぷり浸かりたくはない。自分を見失わずにやっていきたいです」
 
そこにあるのは、柔道が楽しくて大好きだという気持ち。この大切な思いを表すのにぴったりだと感じる言葉がある。
 
「カナダの友だちは“love”という言葉をよく使うんですよね。『I love Judo』っていうフレーズが何気ない会話の中でもすっと出る。僕も『love Judo』だなって思っています」
 
Beautiful and Love.
 
自分らしいスタイルでこれからも、レイズは柔道とともに生きていく。

Profile

レイズ・カヨル[Reyes Kyle]2016年文理学部卒。

1993年10月10日生まれ。カナダ・トロント出身。前橋育英高卒。日本中央競馬会所属。
フィリピン人の父とカナダ人の母、姉とともに2歳のときに来日。群馬中央中入学と同時に柔道を始め、前橋育英高3年のときのインターハイ100kg級で2位入賞(以下、すべて100kg級)。本学には2012年に入学し、2013年、2年生のときにレギュラーとして臨んだ全日本学生柔道団体優勝大会での準優勝に貢献した。カナダ代表としては大学1年時の2012年から活動を始め、2013年世界ジュニア選手権優勝。その後、2016年リオ五輪に出場を果たすなど国際大会で活躍を続ける。2021年東京五輪への出場はならなかったが、2022年10月の世界柔道選手権で準優勝を飾った。本学在学中に中学・高校教員免許(英語科)を取得。

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