ボクシング世界選手権 金メダル 坪井智也選手

2021年11月、セルビア共和国の首都ベオグラードで開催されたAIBA(現IBA)男子世界選手権大会のバンタム級決勝で、本学校友の坪井智也選手(自衛隊体育学校所属)がM・サブリカン選手(カザフスタン)を5-0の判定で下して金メダルを獲得。日本男子アマチュアボクシングにおける歴史的快挙で、史上最高成績を記録した。東京五輪2020の出場を逃した悔しさをバネに挑んだ今大会、「世界一」に駆け上がるまでの戦いと、その胸の内を語ってもらった。(2022年1月・オンライン取材)
― 世界選手権での金メダル獲得、おめでとうございます。今大会はどんな思いで臨んだのでしょう?
ありがとうございます。東京五輪に出場できなかったことですごく悔しい思いをしたので、世界選手権では「絶対結果を残してやるぞ」という気持ちでした。練習を含め、自分の中ですべてを見つめ直してトレーニングを積んできたので、その期間でどれだけ強くなったのか、世界に自分が通用するのかということを考えていて、単純に楽しみでしたね。ワクワクっていう感じがすごくありました。

― 東京五輪2020出場を逃したときの気持ちは?
大学在学中にあったリオ五輪は、途中で代表選考から外れてしまったので、東京こそはと思って一生懸命練習してきたのですが、結局努力が足りなくて出られませんでした。全日本選手権の決勝の試合は、自分としては負けたとは思っていませんが結果的に負けとなってしまい…。相手の田中選手は東京五輪で銅メダルを獲ったので強いは強いのですが、自分としては本来負けるべきじゃない相手に、ああいう試合をしてしまったというのは、気持ちの面もそうですが、練習の取り組み方が悪かったなってすごく反省しました。2大会連続で五輪を逃したので、正直、「これは縁がないのかな」と思って、競技をやめようかなとも思っていたんですけどね。
※2019年全日本選手権フライ級(52kg)決勝で 田中亮明選手にポイント2-3の僅差で敗れる。

― そこで「ボクシングを続けよう」と思わせたものは何だったのでしょう?
恩師でもあるボクシング部の梅下(新介)監督が「負けるな」という言葉をくださったこともありますし、僕自身アスリートとして競技を続けてきた中で、何も成せずにこのままやめるのはダサいというか、悔しいなって。何も残せなかったら、やってきた意味がないじゃないですか。そのことが自分の中でも納得できなかったし、だったら「結果を残すまでは絶対にやめない。もっと頑張ろう」と思い直して取り組んできました。
 

勝ちにこだわらず、楽しんで戦えた。

― 今大会は通常より1つ上のバンタム級(54kg)での参戦でしたが?
本当は54kgではなく、51kgか52kgがベストなんですが、代表選考試合も含めて体重調整をする期間が短かったので。ならば賭けにはなるけれど、あまり体重調整する必要がない階級に出てみるのもありなのかなと思って、その時の自分のコンディションも含めて決断しました。今までバンタム級で戦った経験は1度もなく、階級が違えば戦い方もパワーもスピードも違うので、全部が新鮮という感じでした。基本的にほとんどの選手が自分より大きく、パワーも強いであろうと想定していたので、まずは誰が相手でもスピードや細かい技術で負けないようにしようと思い、トレーニングを積みました。

― バンタム級で臨んだ初戦、緊張したり考えたことは
緊張というのは全くなかったですね。もちろん相手の戦略などの分析は徹底してやって、頭の中に叩き込んで試合に臨みましたが、もともと負けて当たり前だと思っていたので、楽しんでやれたらいいかなというぐらいの気持ちでした。

― あまり自分自身に対して期待していなかったということですか?
そうですね、この大会はパリ五輪でメダルを獲るための過程の1つに過ぎないと思っていたので。久しぶりの世界選手権でもあったし、いろいろ試してみて仮に負けたとしても、これが使えたな、これが通用したなとか、逆にこれが通用しなかったなというところを分析できればいいやと思っていたので、それほど勝ちにこだわってはいなかったですね。

― 1回戦から決勝まで全5試合、それぞれ記憶に残っていますか?
はい、5試合とも相手は実績があって名前が知られた選手ばかりで。五輪経験者だったり、欧州チャンピオンや世界3位だとか、本当に強い選手ばかりだったので、どの試合も記憶に残っていますし、とても楽しかったですね。

― 1回戦は危なげなく判定勝ちし、2回戦もリオ五輪金メダリストのS・ゾイロフ選手(カザフスタン)に勝利。メディアでは“大金星”とも表現されていましたが、勝利のポイントは?
この試合はだいぶ対策しました。正直言って普通の日本人じゃ絶対勝てないような選手ですし、自分でも勝てるとは思っていなかった。ただ、たくさん戦略を用意していた中で、すべてが自分の戦略通りに相手がはまってくれたので、僅差でしたが勝つことができました。ポイントはパンチの多様性ですね、顔を打ったり、お腹を打ったりといろいろ散らして。スピードについても、相手は世界トップクラスでしょうが、僕もスピードで負けているとは思っていなかったので、速い勝負をして相手を疲れさせ、自分の中に引き込んで戦うというのをすごく意識していました。

― 戦いながら相手の変化を感じましたか?
かなり感じましたね。相手がこちらを舐めていたというのもあったんでしょうが、たぶん対峙してみて違和感を感じたんだと思います。こいつ、やるんじゃないかなって。結構焦っていたようなので、顔もこわばっていましたし、僕の読み通り同じようなパンチしか来ませんでしたから、こちらのペースになるかなって思いました。1ラウンド目が終わってのジャッジは2-3でしたがそれも想定内だったし、戦いとしては上手くできていたので、これは負けないなって思っていました。

― これでベスト8に入り、続く準々決勝は、序盤から積極的に攻めて5-0で完勝でした。
結果だけ見れば圧勝したように見えるんですけど、実は今回戦った中で最も未知数な選手であって、あまり情報がなかったので何をしてくるのか分からないし、逆に1番怖い相手でした。実際、すごく身体能力も高かったので。ただ、相手の試合を全部見て、ここではこういうパンチが来るだろうなと想定していた通りの攻撃でしたし、結構負けん気が強い感じだったので、上手く挑発にも乗ってくれて、僕のペースで戦えたというのが大きかったですね。

準々決勝ではJ・ブリーディー選手(バルバドス)に5-0の判定勝ちを収めた。

― 準決勝に進んでメダルが確定しましたが、気持ちの上での変化は?
メダルを獲れたという喜びはあまり感じておらず、むしろ強い相手とまだ試合をできるのが楽しいな、うれしいなっていう気持ちでした。準決勝でフランスの選手に判定(4-1)で勝って銀メダル以上が確定した時も、うれしいけれど特に何ともっていう…難しい感じでした。勝ちに徹しようとすると欲が出ちゃうので、自分の作戦を遂行するような気持ちで試合をこなしていました。

― そして決勝戦。1ラウンド目はやや劣勢でしたが、そこから戦い方を変えたのですか?
そうですね、コーチ陣の方々からもアドバイスをいただきましたが、戦っている中で今の状況を自分で吟味して、どうすべきかというのを判断して変えました。2ラウンド目は、ほぼ自分の作戦通りに上手くいきましたし、相手は若い選手だったので、2ラウンド目に完璧に取られたら、3ラウンド目は絶対前に来るのが分かっていました。顔を見ていれば、焦っているかいないか分かるので、これは勝負あったなと。1ラウンド目は取られたけれど、2・3ラウンドは自分が取ったと思っていたので、負けることはないだろうと思っていました。

― 名前がコールされ、金メダルが決まった時はどうでしたか?
あの瞬間は、すごくうれしくて…。多分泣くんだろうなと思っていたんですが、実際は全然涙が出なかった(笑)。うれしさもあったけれど実感が湧かないっていう感じでした。それよりもすぐに、「ここをもうちょっとこうやっていたら、もっと楽に勝てるな」みたいなことがすごく明確に浮かんできましたね。

― “快挙”というようにも言われていますが?
もちろん、うれしいんですけれど、あまり実感がないというのが正直なところです。まさか世界選手権で金メダルを獲れるなんて、考えてもいなかったことなので。

試合後はコーチ陣と勝利の喜びを分かち合った。

― 今大会では岡澤セオン選手もウエルター級で金メダルを獲得。二人で切磋琢磨してきたようなことは?
セオンと僕は同い年ですが、すごく人柄も良くて尊敬している部分もあります。東京五輪での金メダルを期待されていたけれど、結果は厳しいものになり、彼も悔しい思いをしていたと思います。セオンとは「あの選手、こうだよね」とか一緒に相手の分析をしましたし、逆に彼が戦う相手の試合を見て「あの選手こういうのもできるよね」といった話をしていました。それだけに同世代で日本人初のメダルを2個も獲れたというのは素晴らしいことだと思います。

感謝の気持ちを忘れず、次はパリで金メダルを。

― 金メダル獲得後、ご自身の周りで何か変わったことはありますか?
僕自身は何も変わらないのですが、応援してくださる方がより増えたというのはありますね。SNSやメールで毎日のようにすごくメッセージを頂けるのでうれしいし、感謝しています。わざわざ自分のために時間を使って送ってくださっているのだと思うと、次へ向けて頑張る糧になります。

― 次はパリ五輪を目指すことになると思いますが、その時は元のフライ級での挑戦でしょうか?
できれば52kgから54kgの間で迎えたいんですが、まだ階級がはっきり分かっていないのでそこは難しい。ただ、何級になっても戦略などをしっかりやれば戦えると思うので、臨機応変に対応できるように色々なことを練習したいなと思います。

― 今後さらに強化しなきゃいけないと思っているところは?
世界のトップレベルになると、ガードの位置だったり、フェイント、パンチの出し方、緩急とか、そういう細かい部分でほぼ勝負が決まるんだなって、世界選手権で改めて実感したので、自分も細かい技術をもうちょっと徹底していきたいですね。今回、荒削りな状態で世界選手権に臨んで、上手く結果が出たので、そういった細かい部分を伸ばしていけば、誰にも負けるリスクはなくなるのかなと。

― 好きな言葉はありますか?
「感謝」ですかね。これまでの競技人生では大した成績を残していなかったけれど、周りにいてくれる人たちがみんなすごく良い人で。本当に人の縁に恵まれているっていうのを感じますし、そういう方たちのおかげで今回の世界選手権も優勝できたと思うんですよね。だから本当に“人に感謝”という感じですし、「感謝」という言葉が大好きです。

主将として臨んだ2017年全日本大学ボクシング王座決定戦。近畿大・廣本彩人選手に5-0で勝利し、本学の大会4連覇に貢献した(左はセコンドを務めた梅下監督)

― 日大での4年間はどういうものでしたか?
本当に今でも忘れられない楽しい思い出ばかりです。梅下監督をはじめ、仲間のみんなに支えられてやってこれた4年間でしたし、人としてどう生きていかなければならないのかっていう、心の基盤みたいなものを培わせていただいたので、本当に感謝しています。

― 梅下監督への優勝報告は?
決勝のあと、時差もあったんですが電話をしてお伝えしました。いろいろとお話しましたが、とても喜んでくださいました。リオ五輪も東京五輪も行けなかった自分を、監督さんはいつも1番に応援してくださっていたので、どう恩返しをしたらいいかなってずっと考えていたんです。今回、日本人史上初の世界選手権優勝っていうのを日大OBの自分が成し遂げたことで、監督さんに1つの形として恩返しすることができたので、とてもうれしく思っています。

― ご自身の経験を踏まえ、日大の後輩たちへはどんなメッセージを贈りたいですか?
諦めずに、ということですね。困難にぶつかるとやめてしまう人間って結構いますが、でも結局最後に笑うのは諦めずに徹底してやり続けた人間なんだと思っています。僕自身、何回もやめようかなという時があったんですが(笑)、やめずにやってきて本当に良かったなと思うし、周りの人の支えというのがすごく大きいなと感じました。やり続ければ必ずということはないかもしれませんが、やり続ける気持ちを持っている人間が、最後は絶対に笑えるんだっていうことを、今回の経験を通じて後輩たちに伝えたいと思いました。また、僕にとって日本大学っていうのは、本当に大事な場所でもあるし、後輩たちも大学4年間での目標というのは大なり小なりあると思うので、そこに向かって頑張っていただくためにも、練習ほかのことで何かしら交流はしていきたいと思っています。

― ご自身の夢・目標というのは?
夢というものはないんですが、目標としての最終段階はパリ五輪で金メダルを獲ることです。そこまでの過程にはいろいろな大会がありますが、それを1つずつ、自分で上手く調整しながら乗り越えていって、最後はしっかりパリ五輪で金メダルを獲って、皆さんにまた恩返しをできたらいいなと思っています。

― 後輩たちがパリを目指す上でのライバルになるかもしれないですね。
それはそれで、うれしいことです。実際、僕の首を取ればパリで金メダルですよ。簡単な目標だと思うので、是非とも後輩たちにも頑張ってほしいですね…誰にも負ける予定はないですけど(笑)。やってやろうっていう気持ちがある選手がいるなら、それは素晴らしいことですし、僕がもしその立場なら絶対そう思うはずなので、そういった選手が出てきてくれたらうれしいです。
 

― 最後に、坪井選手にとってボクシングというものはどういうものですか?
人として大切なことも学べますし、人に支えられてできる競技、人の支えがなければできないなって改めて思いますね。確かにボクシングは個人競技かもしれないですが、実際は団体競技みたいなものですから。もっと人に感謝して、これからもボクシングを頑張っていきたいと思います。

― 活躍を期待しています。ありがとうございました。

Profile

坪井 智也[つぼい・ともや]
1996年生まれ。静岡県出身。県立浜松工業高卒。2018年商学部卒。自衛隊体育学校所属。本学1年次の2014年、全日本選手権ライトフライ級で初優勝を飾ると以降2017年まで4連覇。国民体育大会では成年ライトフライ級で2016年・2017年と連覇。さらに関東大学リーグ戦では史上5人目となる「20連勝4年間無敗」を達成。2018年アジア大会代表。2021年のAIBA(現IBA)世界ボクシング選手権で日本人初のバンタム級金メダルを獲得した。左ジャブ、左右のフックが得意なオーソドックスファイター。