「2024年度日本大学進学ガイド」インタビュー

宇宙開発をもっと自由に。
宇宙工学のノウハウと
芸術学部の創造力を掛け合わせて
前代未聞の融合研究に挑戦

理工学部 航空宇宙工学科 教授

奥山 圭一

PROFILE

2004年大阪大学大学院工学研究科修了。博士(工学)。九州工業大学大学院工学研究院宇宙システム工学研究系教授を経て2020年4月より現職。小型宇宙機システム技術,ロボット技術などの分野での研究活動に注力。

『N.U Cosmic Campus』で宇宙をもっと身近に

『N.U Cosmic Campus』は,新型基幹ロケットH3で打ち上げ予定のHTV-X(新型国際宇宙ステーション補給機)1号機に搭載する超小型衛星『てんこう2』を用いたミッションの1つで,芸術学部との合同研究という初の試みです。アートや文学といった創造の営みによって“宇宙は遠い存在である”というイメージを払拭し,宇宙をもっと身近に感じてほしいとの思いから芸術学部の布目幹人先生に声をかけ,理工学部と芸術学部の融合プロジェクトが立ち上がりました。『未来の科学者・エンジニア』と『未来のアーティスト・クリエイター』が手を取り合い,宇宙という広大なキャンパスを舞台に研究開発を繰り広げます。私は宇宙から撮られた地球の写真を初めて見たとき,息をのむほどの美しさと雄大さに魅了されました。今回,芸術学部の力を借りることで,そのような感動をより多くの方に届けたいと考えています。
ところで,皆さんは『ペイル・ブルー・ドット(the Pale Blue Dot)』と呼ばれる写真をご存じでしょうか。1990年,宇宙探査機ボイジャー1号が約40天文単位(太陽-地球間の約40倍の距離)のかなたから地球を撮影した写真で,地球は淡い青色の小さな点でしかありません。この写真を見ると,誰もが宇宙における地球の小ささを実感し,愛おしく思うと同時に「争っている場合ではない。一致団結して地球上のさまざまな課題を解決していかなければ」と考えずにはいられないでしょう。
もう1つご紹介したいのが,『コンタクト』という1997年のアメリカ映画です。主人公はSETI(地球外知的生命体探査)に携わる研究者で,偶然こと座のα星ベガから届く信号を受信します。その信号の中にあった設計図をもとにつくられたポッド(時空を自由に移動できる装置)で宇宙へと旅立った主人公が,「ここには宇宙飛行士や科学者ではなく,詩人がくるべきだった」とつぶやくのです。私はこの映画が好きで何度も見ているのですが,主人公のこのせりふに深く共感し,芸術家や写真家,詩人こそ宇宙に行くべきだと考えてきました。芸術学部との連携を思い立った原点はここにあったのかもしれません。

エンターテインメントの力で宇宙の魅力を分かりやすく発信

『てんこう2』は,現在学生たちと共に開発に取り組んでいる37cm×23cm×10cmの超小型衛星です。高解像度カメラや通信機,マイクロコンピュータなどを搭載し,宇宙では地球観測や宇宙放射線計測,構造材料の劣化観察,新たな宇宙通信技術の確立など,さまざまなミッションを遂行します。『N.U Cosmic Campus』では,『てんこう2』の打ち上げに先立って『宇宙工学×エンタメ』と題した学部融合の企画を展開中です。そこでは,理工学部が持つ宇宙工学の専門知識と芸術学部の創造力を掛け合わせ,宇宙の魅力や奥深さを分かりやすく伝えるコンテンツが次々と生まれています。
まず,『てんこう2』のミッション遂行のために芸術学部が生み出したのがバーチャル宇宙飛行士『キャプテンヒカル』です。彼女は実際の宇宙飛行士さながら『てんこう2』に乗り込み,機体を1人でオペレートし,日々ミッションの進捗を地球にいる私たちに伝えてくれる愛すべきキャラクターです。芸術学部では声を担当する声優のオーディションも行われ,私たちの頭の中では『キャプテンヒカル』が『てんこう2』で活動するイメージがすでにできあがっています。さらに,彼女が『てんこう2』に搭乗することになった経緯など,さまざまなサイドストーリーも展開されるようです。
また,宇宙開発にはロケット打ち上げの際の振動や太陽フレア,スペースデブリによって衛星が破損したり,充電不足に陥ったりといったアクシデントがつきものです。そのような事態を乗り越え,『てんこう2』がミッションをクリアしていく過程を体験できるボードゲーム『てんこう2フライトミッションシミュレーター』は, JAXA宇宙科学研究所の特別公開に出展した際に人気を集め,所長特別賞を受賞しました。
このほか,『N.U Cosmic Campus』には付属高校が参加する企画もあります。日本大学習志野高校,目黒日本大学高校の吹奏楽部が芸術学部大ホールで演奏した楽曲『We Are The World』を録音し,デジタル処理を加えたデータを『てんこう2』にのせて,宇宙から地球へ向けて発信します。『てんこう2』が上空に近づいてきたタイミングでそれを受信し,データを特別な方法で変換すれば,世界中の人たちがその演奏を聞くことができるのです。『てんこう2』の位置やデータの変換方法はホームページ上で公開しますので,楽しみにしていてください。

学部間連携から柔軟な発想力を持つ未来の研究者が生まれる

宇宙開発に新たな視点を取り入れた『N.U Cosmic Campus』は,大変有意義な試みだと実感しています。学生たちには,このプロジェクトを通じて“宇宙は自由で可能性に満ちた空間なのだ”と実感してほしいです。柔軟な発想で研究に取り組んできた彼らこそが,これからの宇宙開発をより豊かなものに導いていくのです。さらに視野を広げ,今後の研究や学びにつなげてくれたらうれしく思います。また,付属高校の生徒たちも自分たちの演奏が宇宙とつながるとは想像もしていなかったでしょう。この特別な体験を機に,宇宙に関心を持ってもらえたらと願っています。 人工衛星をつくっている大学や宇宙エンタメに取り組んでいる大学はほかにもあり,エンタメ企業と連携している大学もありますが,このようなプロジェクトを1つの大学の学部間連携でできるのは日本大学だけかもしれません。実は,芸術分野との連携については,アニメ界で活躍する芸術学部卒業生の力を借りようとも考えたのですが,布目先生とお話しするうちに,芸術学部8学科の力を結集すればもっと違う面白いものを生み出せるのではないかと考えるようになりました。この判断は大正解だったといえるでしょう。日本大学の総合力と芸術学部の総合力によって,こんなにもわくわくする宇宙研究を実現できているのですから。
私の研究室では,学部4年次生と大学院生を中心にシステム・構造・熱制御・電源・通信・姿勢決定制御・ミッションの7つの班に分かれ,『てんこう2』の開発を進めてきました。一人ひとりがそれぞれの役割をきっちり果たしてきたからこそ,ここまでたどり着けたのです。宇宙へと飛び立った後,各自が担当した部分がしっかり作動しミッションを達成できれば,それまでの苦労は吹き飛び,大きな喜びと感動を得られるでしょう。私たちの世代が力を注いできた研究を若手研究者に引き継ぎ,彼らがそれを発展させてまた次の世代に引き継ぐといった形で未来に継承していければ,宇宙開発に大きく貢献できるはずです。いつの時代も,技術発展の原動力は知らないことを知りたい,できなかったことをできるようにしたい,行けなかったところに行きたいといった未知の世界への強い思いではないでしょうか。研究には失敗がつきものですが,そこから学び,次に生かしながら前進していってほしいと思っています。 宇宙開発はみんなで協力してつくり上げるもの。関わってきた誰もが主役なのです。『てんこう2』が種子島宇宙センターから無事にH3ロケットで打ち上げられ,『N.U Cosmic Campus』で協力してくれた芸術学部の学生をはじめ,このプロジェクトに携わった全ての人たちと喜びを分かち合える日が待ち遠しくて仕方ありません。