2023年11月下旬、一般財団法人 世界少年野球推進財団(WCBF、理事長・王貞治氏)が主催する「WCBF親子野球体験教室」(後援:習志野市教育委員会)が、本学生産工学部実籾校舎内の第一球場で開催された。ここをホームグラウンドとする日本大学野球部は、WCBFと連携して野球普及活動に取り組んでいる一般社団法人 全日本女子野球連盟と共に、運営協力としてイベントに参加。約40名の野球部員たちが、さまざまなプログラムの中で子供たちや保護者とのふれあいを経験した。

学生たち自身で考えてイベントをつくりあげる

全国各地で各種野球教室を開催しているWCBF。「野球をやったことがない」「野球のことを知らない」という未就学児や低学年の児童を対象にした「親子野球体験教室」もそのひとつで、「野球人口が減少している中、子供さんだけでなく、親御さんにも野球の楽しさを体験してもらうことで、少しでも野球を始めるきっかけになってくれれば」(WCBF開発推進部・沖津宏之課長)と、ここ3年ほど力を入れているという。

競技スポーツ部のコーディネートにより、野球部とその活動拠点である習志野市とのコラボが実現した今回は、市内の小学校に通う野球未経験の小学2年生とその保護者を、一般開放した野球部グラウンドに午前・午後の各回30組ずつ招き、全日本女子野球連盟から派遣された4選手と本学1年生野球部員たちが講師となって、6つの体験プログラムを展開した。

 

WCBFと本学のつながりとしては、各地のインターナショナルスクールで開催される野球体験教室で、準硬式野球部のメンバーが講師を務める元プロ野球選手や女子野球選手のサポート役を何度か務めている(「準硬式野球部・野球体験イベントのサポート」記事参照)。しかし、これまでと大きく異なるのは、プログラムの企画や進行について、打ち合わせ段階から学生が参加し、講師としてもイベントをリードしていったということ。

「最初だけ片岡(昭吾)監督にご挨拶して、あとは学生さんたちと打ち合わせを重ねていきました。当初は“ザ・野球教室”というのをイメージされていたのか、話が噛み合わないなと感じたこともありました」と笑う沖津課長。だが、「過去の体験教室の動画を観てもらって、こちらの意図をしっかり理解・納得して取り組んでもらえたと思います。学生さんには『私たちに一切気を使わないでほしい、子供たちを楽しませてもらえればそれでいいから』って言いました。MCのマニュアルも渡しましたが、付け加えたり変えたりしても全然いいんだからって」(沖津氏)

「野球をやったことがない子供たちに、野球を知ってもらう機会に携わらせていただき、とてもありがたいことだと思っています」と話す兼頭マネージャー。

「野球をやったことがない子供たちに、野球を知ってもらう機会に携わらせていただき、とてもありがたいことだと思っています」と話す兼頭マネージャー。

ボールを投げられた学生たちはそれをどう受け止めたのか。

「小学生の子と関わる機会もほとんどなかったので、最初はどのようにやれば楽しんでもらえるのかわかりませんでした」と話すのは、野球部側の統括役として部員たちを指揮した兼頭秀輝マネージャー(生産工・4年)。「しかし、そこが重要なんだと考え、どういうことをすれば小学2年生に楽しい・面白いと感じてもらえるのかを他のマネージャーたちと話し合い、日大野球部としては大学生が投げるボールやその姿を実際に目で見て、身体で体験してもらうということをテーマとして企画しました。選手たちには、子供たちに野球のことを知って好きになってもらえるよう、盛り上げて楽しませてほしいと伝えましたし、午前と午後の回でそれぞれ盛り上がれるように1年生部員のメンバー分けも考えました」

時折雨がぱらつく寒空の下、10時半からの開校式で午前の体験教室がスタートした。マウンド付近に集まった参加者に、司会進行役の学生が注意事項の説明や講師役の女子野球選手と日大生をユーモアを交えて紹介。全員での準備体操の後に、3グループに分かれて体験プログラム(1)−バッティング(ティーボール)、キャッチボール、野球遊び(ストラックアウト、シャトル打撃)をローテーションで実施した。

ティースタンドに置いた柔らかなボールを外野フェンスに向かって打つティーボールでは、子供と保護者が交互に体験。次々と鋭い打球を飛ばす子も、何度目かのスイングでようやくボールが前に飛んだ子も、それをカメラに収める保護者にも笑顔があふれる。さらに、見事オーバーフェンスの一打で講師たちから拍手され、照れ臭そうな表情を見せる父親、空振りした後に快心の当たりを放ち子供とハイタッチを交わす母親の姿も印象的だった。

また、親子で向き合って行うキャッチボールでは、講師に投げ方を教わってボールを保護者まで届かせることができるようになり自慢げな顔を見せたり、親から投げられたボールをキャッチし損ねても、うれしそうに追いかける子供たちの姿があった。

続いて行われた体験プログラム(2)では、国際大会も行われているアーバンスポーツ「ベースボール5」の体験、学生が提案した「遠投チャレンジ」「豪速球体験」の企画が3箇所に分かれて行われた。

 

「ベースボール5」の日本代表でもある六角彩子選手らが、自分でトスしたボールを手で打って一塁ベースへ走るという基本プレーの手本を見せた後、子供たちと保護者が攻撃と守備を交代しながら“初めての実戦”を楽しむ。トスしたボールを空振りしたまま走り出してしまったり、ゴロを捕球したもののあらぬ方向へ送球してしまうなど、珍プレーが続出する中、フィールドは終始笑い声に包まれた。

同時に行われている「遠投チャレンジ」では、デモンストレーションを行った高久塁選手(経済・1年)が、その強肩で湧かせた。ホームベース付近から投げた一投は左翼フェンス99mを悠々と超えていき、参加者から「ウォーッ」という歓声と拍手が起こる。続いて子供たちと保護者が初めて握る硬球の重みを感じながら、学生たちの掛け声の中で挑戦。計測係の「◯◯ちゃん、10m!」という声にうれしそうな顔を見せる子供たちや、投げた後に肩に手をやって顔をしかめる保護者など、ボールが遠くまで届いても届かなくても、皆んな晴れやかな顔をしていた。

また室内練習場に移動したグループは、ピッチャーが投げ込む生きた球を見学。130km後半のストレートがキャッチャーミットに収まり乾いた音を立てると、ネット裏に陣取った親子から「速い!」「すごい!」と声が上がり、スライダーや落ちる球の軌道には「曲がった!」という驚きの声も。さらに防御ネットが置かれた打席に親子で立ってバッター目線で投球を見るなど、大学野球レベルのスピード感を体感した。

プログラムの最後は、学生たちが守備についてシートノックを披露。ベンチ前で見守った参加者は、MCに促されて選手の名前を呼んで応援し、軽快なダブルプレーや外野からのダイレクトバックホームに大きな拍手を送っていた。

その後は閉校式と全員での記念撮影を行いイベントは終了。球場出口で学生たちとハイタッチを交わしながら帰宅の途に着いた参加者たちは、子供も大人も満足げな表情を浮かべているように見えた。

13時半から行われた午後の部も、講師を務める学生メンバーは入れ替わったものの、午前と同様のプログラムを展開。どのプログラムにおいても、子供たちはもちろん、保護者も女子野球選手たちも学生たちも、笑顔が絶えることのないふれあいやコミュニケーションが見られた。

 

参加した親子に体験教室の感想をたずねると、午前の部・午後の部いずれでも、子供たちは口々に「楽しかった。またやりたい」と言い、保護者からは喜びや感謝の声を聞くことができた。

「学校でもらったチラシを見て、息子がやってみたいと言うので応募しました」という父子に一番楽しかったのは何かたずねると、「最後にやった打って走るやつ!(ベースボール5)」と元気良い答えが返ってきた。「野球に興味はあったものの、なかなか体験する機会がなかったので参加できて良かった」という父娘は「初心者でも楽しめる内容だったと思います」との感想。また、「スポーツが好きなのでキャッチボール程度はやっていましたが、いろいろできて楽しかったです」という母娘もいれば、「息子とキャッチボールをしたいと思っていたけれど…」という母親は「念願がかなってうれしいです」と笑顔。さらに生産工学部の卒業生でありながら「野球部の施設が近くにあることを知らなかった」(2000年10月にグラウンドと合宿所が世田谷から移転)という父親は「息子も楽しんでくれたと思うし、また機会があれば参加したい」。「プログラムの内容が充実していたと思う」と話す母親からは「大学生のお兄さんたちが一生懸命盛り上げてくれたのが良かったですね」とうれしい言葉をいただいた。

子供たちに教える難しさも、経験として活かしていきたい

イベント終了後、講師を務めた学生たちや女子選手に話を聞くと、それぞれ今日の体験がこれからの糧になるものだと感じているようだった。

 

「キャプテン」のニックネームで子供たちとふれあった高久選手は、「同じ小学2年生で野球を始めましたが、子供たちの反応を見て、自分もそうだったなぁと、初心に帰れました」と話す。「成長していくにつれて、知っていくこと考えることが増えてきて、野球を難しく捉えるようになってしまいがちですが、子供たちが純粋に楽しんでいる姿を見ると、それが僕たちにも本来あるべき姿なのかなと感じました」

さらに「将来は指導者になりたいと思っていますが、その時に野球をやっている子供がいないとできないので、こうしたイベントがきっかけとなり、野球を始める子供たちがいっぱい増えてくれるといいなと思います」と笑顔で語った。

「昨夜から緊張していましたが、無事に終えられたので100点満点です」と安堵の表情で話す、午前・午後を通じて進行役を務めた岡村遥心学生コーチ(スポーツ科・2年)。「最初のうちは、子供たちに対する言葉遣いというのが難しいなと思いましたが、とにかく『盛り上げてください』と言われていたので、まずは女子選手の方々と学生たちが仲のいいところを見せることで雰囲気作りをしていこうと考えました。午前と午後の間にも女子選手の方々と意見交換して、選手のチャームポイントをもっとアピールしていこうと変えた部分もありましたし、体験プログラム中にも子供たちの反応を見ながら、声掛けに工夫したりしました」と振り返った。そして、「小さな子供たちから親御さんまでいろんな人と接する中で、会話の技量というようなものも広がった気がします。これからも、こうしたコミュニケーションや会話を大切にしていきたいと思いました」と語った。

「私のプレーを見て、女子野球の楽しさを知ってもらえるような選手になりたい」と話す村上選手(右)と、「プレーと共に、野球人口を増やすための活動もできたら」という池内選手(左)。「次回もまた参加したい」と口を揃えた。

「私のプレーを見て、女子野球の楽しさを知ってもらえるような選手になりたい」と話す村上選手(右)と、「プレーと共に、野球人口を増やすための活動もできたら」という池内選手(左)。「次回もまた参加したい」と口を揃えた。

また今回、女子野球連盟から派遣され初めて野球教室に参加したという埼玉西武ライオンズ・レディースの村上奈名選手と池内遥香選手は、いずれも本学国際関係学部の女子硬式野球部で活躍していたという縁もあった。

「小さい子供たちが、どうしたらボールで遊んで楽しく思ってもらえるかを考え、褒めてあげるということを意識していました。『楽しいっ』て言ってくれるのを身近に感じられて、とても良い経験になりました」と話す村上選手。池内選手も野球教室に慣れている六角選手や志村(亜貴子)選手が子供たちと接する姿を見ながら「声掛けを工夫した」と言い、「こうした体験がきっかけになり、野球やベースボール5をやりたいという子が増えたらいいなと思いますし、この機会をいただけたことに感謝しています」。さらに男子学生たちとの取り組みについては、「皆さん本当にしっかりしていて、とても締まった野球教室になったなと感じます。間近でシートノックを見ることができ、私自身もすごい学びになりました」(池内選手)、「プレー面でのスピード感が女子野球とは全く違うし、見ていてかっこいいですね」(村上選手)と振り返った。

野球をする子供たちが増えていくことを願って

「学生の皆さんが、いろんなアドリブを利かせて盛り上げてくれて本当に良かった」と話すWCBFの沖津氏。

「学生の皆さんが、いろんなアドリブを利かせて盛り上げてくれて本当に良かった」と話すWCBFの沖津氏。

野球部とコラボした今回の野球体験教室を沖津氏はこう総括した。

「学生の皆さんは、今はアスリートという立場でストイックに野球に取り組んでいますし、野球を楽しむというのは一番遠いところにあると思います。でも、野球を教えて参加者に喜んでもらえたことがうれしいと思うと同時に、自分たちにもこういう時期があったんだというのを思い出し、『初心に帰れて良かった』という言葉を何人かから聞くことができました。講師として手伝ってくれた学生さんにも学ぶことがあったと思うので、参加者はもちろん、彼らにとっても開催して良かったなと感じています」

さらに今後も継続して開催していきたいと話し、「次は1回50組ほど、合計200名ぐらいの規模でやりたい。これを継続していくことで、スポーツ少年団の野球の団体に子供が増えてくれたらいいなと思っています」。

体験教室の様子をグラウンドの片隅で見守っていた野球部の片岡昭吾監督は、「1年生全員が手伝ってくれましたが、皆んな素晴らしい働きをしていましたね」と、子供とふれあう学生たちの姿に目を細めた。

「野球をやっている子供への野球教室はこれまでもやってきましたが、未経験者に教えるのは初めて。野球をやる子供が減っている中、こういう取り組みも大事だなと考え、ご協力することにしました」と話す片岡監督。

「野球をやっている子供への野球教室はこれまでもやってきましたが、未経験者に教えるのは初めて。野球をやる子供が減っている中、こういう取り組みも大事だなと考え、ご協力することにしました」と話す片岡監督。

「ふだん、真剣勝負の中ではこんなに盛り上がって野球をやることはありませんが、一人一人がこういう初心を持って取り組んでいけば、パフォーマンスが上がってチームとしてもっと強くなれるんじゃないかと感じました」

さらに「選手たちには野球を通じていろんことを学んでほしい」とも話す。

「ここに日本大学があることは知っていても、ここで野球をやっていることを知らない方も多いでしょうから、野球部としていろいろと発信していきたい。習志野市をはじめ地域の人に愛され、応援されるチームになることで強くなっていけると思うし、ただ野球で勝てばいいというのではなく、学業はもちろん、今後の人生に役立つようなことを野球を通じて学んでもらいたい。将来、社会に出ればいろんな人の助けを得て生活していくわけですから、今のうちから多くのことを知って経験し、それを活かしてもらいたいので、こうした取り組みに毎年参加させて頂けるなら、逆にありがたいと思います」

一方、行政の立場から「すごく楽しみにしていました」と言うのは、午前の回を視察に来ていた習志野市教育委員会生涯学習部の三橋智生涯スポーツ課長。「習志野市内は野球が盛んである割に、野球教室が開催されることがあまりなかった。子供たちが高いレベルの人たちを見て憧れてスポーツを始めるという“きっかけ”を作りたいと思っていたので、こうして体験教室を開催していただけたことに感謝しております」と話す。市内の小学校にチラシを配布して参加者を募集したところ、2・3日で定員を超える応募があるほど盛況で、「もっと参加人数を増やしたかったのですが、まずは一歩踏み出して始めるのが大事なことでした」と、来年度以降の開催にも期待を寄せていた。

盛況のうちに終了したWCBF親子野球体験教室。学生たちが企画した“体験”は、どれも参加者の驚きと喜び・楽しみを引き出すには十分なものだった。「遠投で高久選手がフェンスオーバーを投げた時、子供たちはもちろんですけど、大人の方もびっくりされている姿を見て、『これ、やって良かったなぁ』って思いました。僕も親から野球を教わって始めたので、今日の親子での野球体験がいいきっかけになればいいと思います」と笑顔を見せる兼頭マネージャー。4年生として最後の仕事を務めた感想は、「WCBFの沖津さんの準備の仕方もすごいですし、女子野球の方々も良いお手本でした。六角選手は技術だけでなく話し方で周りを取り込んでいくのが上手だなと思いましたし、子供たちに対しては自分たちが感じることができないところまで視野を広くして見ていかなきゃいけないということに気付かされました。こういうところが、きっと社会に出ても大切なことなんだと、いろいろと学ばせてもらうところが多いイベントでした」

世代を超えた交流、ふだんとは違う領域の人たちの視点や考えに触れ、かつての自分を思い起こしたり、新しい発見を得ることができた野球教室。無事に務め上げた学生たちの顔には満足感があふれ、選手としてのモチベーションを支え、人としての成長も期待できる機会になったと感じられた1日だった。

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