最下位に終わった今年の箱根駅伝。その悔しさを糧に巻き返しを図るべく、日本大学陸上競技部特別長距離部門は成長の鍵を握る夏合宿を、8月上旬から北海道釧路市でスタートさせた。

今季は全日本大学駅伝(11月2日)の関東地区選考会を突破するなど好結果も出しているが、チームの第一目標はあくまで箱根駅伝。さまざまな想いを抱いてハードな練習に取り組む選手たちに話を聞いた。

  (取材日:2025年8月15日)

主将として、一選手として

主将・中澤 星音(経済学部・4年)

昨年、初めての箱根駅伝で9区を走り、繰り上げスタートまであと33秒というところで、伝統のピンクのタスキを繋ぎ切った。新チームとなる際に4年生から指名され、3年生ながら主将に就任。試行錯誤しながらチームをまとめてきた。

しかし、怪我の影響で昨秋の箱根駅伝予選会は走ることができず、本戦もエントリーから外れた。チームは9区で無念の繰り上げスタートになるなど周囲の期待に応えることができず、主将としての責任も感じている。

「自分たちのやってきたことにまだ甘さがあったと思います。前回は最後までタスキを繋げただけに、今回繋げられなかったことがなおさら悔しい。次回は何としてもタスキを繋ぎ切らないといけないという思いがより強くなったし、予選会を確実に勝ち上がって、箱根でしっかり戦えるチームを作っていこうという意識が高まりました」

 

そうした中、新チームの学生幹部で話し合って今季のチームスローガンを『古櫻(こおう)復活』に決めた。前々から「古豪復活」という言葉は意識していたが、「予選会突破とその先を考えた時に、そのままではちょっと味気ないなと。せっかくなら、桜色のタスキもあるので『櫻にしよう』ということになりました」

 

だが、主将としての2年目が始まった矢先の1月末、今度は肺気胸を発症して絶対安静。その後、運動できるようになるまでに約2ヶ月を要した。

「昨年、故障で満足に走ることができず、今年こそはと意気込んでいたところだったので、何をやっているんだという思いでした。今は主将という肩書きだけではなく、一選手としてもチームに貢献できる走りで引っ張っていきたいと強く思っています」

 

北海道から信州へと続いていく夏合宿。そのスタートとなる釧路合宿には26名の選手が参加しているが、そこに1年生が6名選抜されたことが、チームにいい意味での緊張感をもたらしている。

「1年生がとても多く参加しているので、上級生が『負けられない』という危機感を持って練習に臨んでいる」という中澤主将は、チームが成長していくために、選手個々の考え方や取り組み方が重要だと話す。

「どういう走りをしたいのか、選手一人ひとりがプランをしっかり持たないといけない。監督や周囲に言われてではなく、自分たちでこういう走りをしたいと考えられるようになることが必要だと思います」

同時に、「昨年の失敗は、何より体調不良者が出てしまったこと。体調管理やチューニングをしっかり行っていきたい」と課題も口にした。

 

個人としても「10000mならば28分50秒を切りたいし、ハーフマラソンなら62分台から63分前半」とタイム目標を持っているものの、「箱根予選会ではタイムより、チーム内でどれだけ上位で走り切るかを目指したい」と言い切る。

3年ぶりの出場権を獲得した全日本大学駅伝についても、「意識はするけれど、予選会の延長線上に全日本があって、その先に箱根駅伝があるという道筋を間違えたらいけない。まずは予選会に集中して取り組み、箱根駅伝出場を勝ち獲ること。チームをそこへ導くためにどうすればいいかを意識してやっていきたい」と、静かに決意を語った。

チームのために走る

シャドラック・キップケメイ(文理学部・3年)

6月の日本インカレ10000mは、ラスト1周で三つ巴の競り合いになったが、キップケメイ選手が最後のスパートで抜け出して2連覇を飾った。

6月の日本インカレ10000mは、ラスト1周で三つ巴の競り合いになったが、キップケメイ選手が最後のスパートで抜け出して2連覇を飾った。

昨年末、風邪を引いた影響で、今年の箱根駅伝は万全な状態で臨むことができなかった。それでも、各校のエースたちがしのぎを削る“花の2区”で、5人を抜いて順位を18位から13位へと押し上げたキップケメイ選手。「調子はあまり良くありませんでしたが、一生懸命走りました」と、区間記録14位に終わった2度目の箱根駅伝を悔しげに振り返った。

 

「努力して、いい練習を積み重ねられている」という今シーズンは、「持久力を意識して練習しています」と話す。その成果として、全日本大学駅伝関東地区選考会で10000m総合2位に入りチームを本戦出場へ導いたほか、6月の日本インカレ10000mは昨年に続いて優勝、5000mでも2位に入るなど、自身でも成長と手応えを感じている。

 

チームが北海道でハードな練習を積んでいる夏休み期間は母国・ケニアに帰省していたが、高地でのロングランやスピード練習に取り組んできた。箱根予選会が昨年のような気温が高い状況下でのレースになれば、暑さの中でのトレーニングはきっと生きてくるはずだ。

 

「みんな練習に打ち込んでいて、チームはいい状態にあると思います」と、3年生となって周囲を見る余裕も生まれてきたキップケメイ選手。間近に迫ってきた秋の決戦に向けて「箱根予選会は良い走りをして個人1位を獲り、チーム目標である総合3位以内の達成に貢献したい。また全日本大学駅伝では、区間賞を狙いたい」と力強く抱負を語った。

今年の悔しさを、ラストシーズンの力にして

副将・大仲 竜平(スポーツ科学部・4年)

中澤主将が練習に参加できない期間は、大仲選手が副将としてチームを引っ張った。

中澤主将が練習に参加できない期間は、大仲選手が副将としてチームを引っ張った。

昨年の箱根駅伝は10区を走り、繋いできたタスキを大手町のゴールへと運んだ。今年は4区を任され、区間17位の記録で走り切ったが、「他大学との圧倒的な差を感じるレースだった」と振り返る。そして、「スピード強化を図り、スタミナと融合していかなければ箱根駅伝では勝負にならない」と痛感したという。

さらに今年の前半シーズンは、ハムストリングスのケガにより走ることができなくなり、苦しい日々を過ごしてきた。それでも「怪我をしたことで、身体についてより学ぶことができたし、自分と向き合う時間も増えたと思います」と前を向く。

夏を前に故障が癒えた大仲選手は、チームの釧路合宿の前から、同じく釧路を拠点とする実業団チームの合宿に参加。「練習への向き合い方など、自分で考えて練習などを組み立てていくことが大事。何事もやる気次第で強くもなるし、弱くもなることを学びました」

今は順調に練習が積めているという大仲選手は、箱根予選会に向けて「チームに貢献する走りができるよう、しっかり準備していきたい」と話す。そして「チームとしてもしっかり練習が積めていると思う」と、3年連続の本戦出場へ自信をのぞかせた。

「復活のN」の象徴を目指して

冨⽥ 悠晟(法学部・4年)

冨⽥ 悠晟(法学部・4年)

今年、初めての箱根駅伝は「隠れたエース区間」と言われる3区を任された。しかし、「1月2日にピークを合わせられなかった」と、不本意な区間20位。「自分としてはもっと上の順位に行けるという自信があったのですが、箱根の壁はすごい厚かったなという印象。3区を走った上位校の選手たちの強さを、肌で感じることができました」

 

4年生として最後に賭ける思いがある。これまでコンディションが整わないままスタートラインに立つことも多かったが、今シーズンは練習でも一本一本を大切に走るようになり、「自信を持ってレースに挑めるようになった。1つ1つの試合がラストになるからこそ、大事にしていくんだという思いでやっています」

 

そうした中で出場した、2月の神奈川マラソン(ハーフ)と3月の立川シティハーフマラソンで連続して表彰台に昇った。5月の全日本大学駅伝関東地区選考会もチーム2番目のタイムで走り、3大会ぶり43回目の本戦出場に貢献。この時、教育実習のため地元に帰省しており、チームに合流したのはレース前日のこと。「1人で田んぼ道を走ったり、近くの公園で練習していましたが、心細く寂しさもありました」と笑う。

「大学日本一を決めるレースなので、入学前から出たいと思っていた」という全日本大学駅伝は、箱根駅伝予選会の2週間後という厳しい日程になる。それでも「試合間隔が短いことを言い訳にせず、しっかりコンディションを整えてベストな状態で他大学のエースたちと戦い、勝っていきたい」と、強い思いを抱く。「昨年の立教大学さんのように、勢いのままに全日本のシード権を獲りたいと思っています」と意気込みを見せた。

 

「自分がチームを引っ張っていかなければ」という意識も高まってきた。「1年生の勢いがあるので、僕ら4年生も含め上級生たちに危機感が芽生えている。下からの突き上げがチームを強くしている」と話し、同時に「自分がしっかり走らないと、チームとしてもう1つ上の段階には行けない。自分がエース的な立場で頑張りたいと思っています」と自覚を見せた。

 

卒業後は実業団で競技を続ける冨田選手だが、「将来的には中学生・高校生に陸上を指導したい」という夢もある。教育実習に行った母校の中学校では、生徒や教職員との間で「箱根駅伝」によるコミュニケーションが生まれ、「自分のやってきた努力を褒められる形になって、すごくうれしかった」と顔をほころばせた。

 

「自分は強い選手ではなかったけれど、日本大学に来て選手としても、人間としても成長できた。ここで積み上げてきた経験を、後輩たちに還元していくためにも、まずは結果を出して強い日大を見せたい」と語る。「監督が変わり周囲からも“新しい日大”だと思われているので、その象徴的な選手になりたいと思っています」と、さらなる成長を誓った。

夢に向かって、上りつめるだけ

鈴木 孔士(法学部・4年)

鈴木 孔士(法学部・4年)

鈴木 孔士(法学部・4年)

箱根駅伝2度目の出走となった今回、鈴木選手は切望していた5区を任された。小田原中継所でタスキを受け取った時は総合19位だったが、区間15位のタイムで走り切り、順位を2つ上げて総合17位で芦ノ湖のゴールに飛び込んだ。

「実際に5区を走ってみて、力不足というところはありましたが、自分なりの走りでまとめられたと思うし、同時にまだ上を目指せるなという感じもありました」

 

山上りの練習を積んできたが、「実は上り始めが一番きつい」と話し、「勾配が急になる塔ノ沢からの4〜5kmをどう攻略するか」を考えてきたという。

今年のレースでは、塔ノ沢に差し掛かった時、先導する白バイの先に、前を走るランナーの姿は見えなかった。心が萎えかけたその時、運営管理車に乗る新雅弘監督から声が掛かった。「白バイを追いかけていけば、いつか前が見える。ここであきらめたら離れていくだけだ。しっかり白バイについて行って前を追うぞ」と。「その声を聞いて、気持ちをリセットできました。監督からの言葉が支えになって、きつい所を乗り越えられたと思います」

再び力を得た鈴木選手は、その後、上りが続く大平台の前で1人、元箱根に向かう下りでもう1人を抜き去った。「もう1つ前の集団まで捉えることができれば、チームとしての流れも変わったかもしれなかった」と言いながらも、「駅伝で人を抜いて順位を上げるのは初めてでしたが、やっぱり気持ちよかったですね」と笑った。

 

ゴールの芦ノ湖が近づいてきた時、前を走る関東学生連合チームとは少し距離があり、抜くことは半ばあきらめていた。しかし、ゴール手前350mくらいの所に、中学時代の陸上部顧問の先生がいるのを見つけ、その応援の声がしっかり耳に届いた。「頑張れば追い抜けるかもしれない」と奮い立ち、「先着してゴールテープを切りたい」と、残り150mからスパートをかけ、ゴール直前にさらに加速して競り勝った。「ゴールテープを切れた喜びと達成感がありましたが、これほど余力があるのなら、もう少しタイムを稼ぐことができたんじゃないかと、その悔しさもありました」

 

「山は、ある程度余裕を持って挑まないと上りが走れなくなる」という鈴木選手。「全力の99%くらいの力を維持して上っていければ、もっといい結果を出せるんじゃないか」と考え、「その力を身につけるための釧路での距離走。余裕を持ちながら走るということをテーマにしています」と、1日2回、約30kmを走る練習にも、箱根の山を意識して取り組んでいた。

 

今年の夏前、母校の新潟・中越高校で教育実習を行なった。高校生や教職員の先生方と接し、会話をする中で、いろいろと気付かされることがあった。さらに、野球部が夏の甲子園大会に出場。ベンチ入りした控え選手の中に、ホームルームを担当したクラスの生徒がいた。猛暑のアルプススタンドで必死に応援する吹奏楽部やチアリーダーの中にも見知った顔があった。試合は初戦敗退となったが、その控え選手は9回に守備固めとして出場し、アウトを1つ取った。「地方大会の時から頑張っているのを見ていたし、甲子園でプレーする姿を見て、自分も頑張らなきゃいけないなと、練習に対するモチベーションが上がりました」

教育実習でふれあった生徒たちの多くは、年明けに受験を控える。鈴木選手は、自分が箱根の山を勇壮に走ることで、“教え子”たちにエールを贈ろうと心に期する。

 

「箱根の予選会を突破するのは当たり前。余裕を持って予選会を突破したい」と力強く語る鈴木選手は、個人的に前回以上の結果を残すことが、チームの躍進にもつながると考えている。小学校の卒業文集に書いた将来の夢、「日大で5区を走って区間賞を獲る」を実現するためのラストチャンスに、全力を傾けていく。

特集一覧へ