日本大学陸上競技部特別長距離部門のOBであり、箱根駅伝を2度走った経験から解説者としても活躍する俳優の和田正人(2002年・文理学部卒)さんが来校。新チームの主将を務める山口聡太選手(文理4・佐野日大)と、双子の兄で2年連続箱根駅伝出走を果たした山口彰太選手(スポーツ科4・佐野日大)の“山口ツインズ”と対談を行い、箱根駅伝を走っての感想や、現在のチーム状況などについて語り合った。
箱根駅伝の経験が、成長のきっかけになっている
−まずは今年の箱根駅伝、(山口)聡太選手は初出場でしたが、どんな気持ちで臨みましたか?
聡太 特に緊張とかはなく、楽しみの方が強かったです。
和田 普段からそんな感じなの? 強心臓だね(笑)
−和田さんは2年生の時に初出場されましたが、いかがでしたか?
和田 もう、舞い上がっていましたね。当時は出場15チームで9位までがシード。2年生で9区を走った時は、5位でタスキを受け取って、そのまま順位を落としも上げもせずに5位で次に渡したんですが、中継所の人の多さにちょっと酔ってしまい、「何これ」みたいな感じでした。1年生の時に付き添いで現場に行って、その雰囲気は経験していたものの、実際に自分が走るとなった時は、ちょっと周囲の景色に圧倒されてワーッてなってしまい、それであまり良い走りができず区間9位でした。
−(山口)彰太選手は昨年、2年生で初出場して10区を走りましたが?
【日本大学】
彰太 昨年はインフルエンザほかの影響でメンバーがしっかり揃わなかったし、(繰り上げスタートになって)比較的余裕を持って、プレッシャーもない中で走ることができました。
和田 もう少し力試しができる状況が整っていたにも関わらず、年末にいろいろアクシデントがあったので、ある意味、翌年以降に向けて、みんなにしっかり経験を積ませるような感じの大会だったね。今回はどうだった?
彰太 今年は1区を走ることになって、心境が全然違いました。スタートなので出遅れたらいけないって…。
和田 出遅れたけどね(笑)。
彰太 13kmぐらいが一番きつかったですね。10kmの入りがベストよりも全然速かったので、ちょっと気持ちが焦ってしまいましたし、そのペースで走ったこともなかったので。
和田 そのハイペースに、体自体が「無理してるぞ」って感じていた?それともタイムを見て「速いな」って思ったのかな?
彰太 8kmぐらいのところで「速いなぁ」って、時計を見ないでも感じていました。結局、区間17位で申し訳けないなという結果でした。
−自分の区間を走り終えた後の気持ちはどんなものでしょう?
和田 良かったか悪かったかは自分がよく分かるものね。区間順位というのは後からついてくるものであって、一番大事なのは目先の順位を最低限キープすること。良いのは抜くことで、ダメなのは抜かれること。ここが一番分かりやすいし、それができたかできなかったかで、ゴールした時の気持ちが違うよね。
彰太・聡太 (揃って大きくうなずく)
和田 でも、彰太君はその後、丸亀国際ハーフマラソン(1時間0分54秒、16位)や立川シティハーフマラソン(1時間3分19秒、優勝)で目覚ましい活躍をしているじゃないですか。箱根のあと、2月の丸亀ハーフに向けて、何かしら心境の変化などはあったの?
彰太 ありました。箱根は区間17位でしたが、タイム(1時間2分8秒)はさほど悪いわけではないし、10kmが自己ベストより速かったという点も、むしろ自己ベストより速く走っても20kmは十分行けるなっていう感覚をつかんだ感じでした。
和田 それは気持ちひとつだよね。
彰太 はい、気持ちというか考え方が、ほんとにそこで変わった感じがします。
和田 自分の中で掛けていたリミッターが外れちゃったんだね。丸亀ハーフの時、10kmはもっと速かった?
彰太 そうですね、28分20秒くらいで走りました。
山口ツインズの兄で、ハーフマラソンの日大記録を樹立した山口彰太選手【日本大学】
和田 10000mのベストは?
彰太 トラックは28分40秒くらいです。
和田 全然速い。体が限界以上のペースできていて、「しんどいぞ」と思って周囲の様子を見て、みんな余裕な様子だったら、自分だけがしんどいんだって勘違いしちゃって一気に体が動かなくなる。これがメンタルってやつ。そこで「関係ないんだ」って思ったからこそ、あそこまで走れたんだと思うし、このメンタリティがいかに成長するかというのが重要なんです。自分が思っていただけで、全然そんなこと関係ないんだと、その意識の壁を突破できたのはとても価値あることだったし、箱根駅伝17位という経験があったからこそ、大きく成長を遂げるきっかけになったのかなと思いますね。聡太君は、その活躍を見ていてどんなふうに思った?
聡太 丸亀ハーフの時は、10kmぐらいまではちょっと離れていただけでしたが、途中で見えなくなってしまって…。ゴールした後に「何秒だった?」と聞いたら「60分54」って言うので、「やばいや、それはいなくなるわ」って感じでした。
和田 昨年11月の上尾シティハーフマラソンで、高田(眞朋、スポーツ科4・宮崎日大)君が27年ぶりに山本佑樹選手(2000年・文理学部卒)の日大記録1時間2分を破って1時間1分58秒を出した。やっと出たかって思っていたら、さらに1分短縮だもんね。ちょっと飛び越えすぎじゃない(笑)。
彰太 いや半歩ぐらいです(笑)。
和田 それでも、新監督のもとで練習して、ここまで走れる人が誕生したということですよね。主将を務める立場として、この走りがチームにどんな影響を与えたと思う?
山口ツインズの弟で主将を務める山口聡太選手【日本大学】
聡太 そうですね。練習は結構きついんですけど、やっぱり監督を信じてやっていけば強くなれるっていうことを、チーム全員が感じたかなと思います。自分としては、本当に情けないなと思っていますが…。
和田 情けない?そうかぁ。でも、陸上には双子の選手って結構多くいて、宗兄弟とか、松宮兄弟とか…。え、わからない?世代だなぁ(笑)。最近で言えば設楽兄弟、市田兄弟、村山兄弟とかがいて、日大にも僕の1学年下に清水兄弟(将也・智也、2003年・商学部卒)がいて、やっぱり2人とも強かった。長距離界と双子って何か縁があるように思うし、互いに競い合って共に成長している。清水兄弟を見ていて面白いなと思ったのが、「あいつはなんであんなに走るの?」とか、「あいつがあそこまでいけるんなら、俺も余裕でいけるわ」と、いつも互いに文句ばっかり言っていたけれど、その相乗効果というかライバル心のようなものが、成長につながっていた。2人にはそういうのはあるのかな?
聡太 そうですね。彰太よりも練習しているんで…。
和田 「練習量なら負けてません」てことね。でもいつか、何かのきっかけでどちらかが急に成長したり、強くなることがあるからね。清水兄弟も学生時代はお兄ちゃんがずっと強かったけれど、実業団に行ってから、弟の方がマラソンなどで成績残したし、きっと何かがあるんだと思うので、今後の2人の切磋琢磨を見守っていきたいですね。
−もしも和田さんが、新監督のもとで指導を受けていたらどうだったでしょう?
和田 僕が新監督のもとで?そんなに練習をやったら壊れますよ。真面目でしたけど、現役の時は怪我が多かった。練習をたくさんやると壊れちゃうんで、新監督のもとではできないと思います(笑)。
強いチームらしくなってきた
−怪我と言えば、彰太選手は最近怪我をしていた?
彰太 はい、関東インカレの前ぐらいから、左足の大腿骨の疲労骨折でした。
和田 厚底シューズでの怪我は、大腿骨とか仙骨が多いよね。昔はここ(脛)、シンスプリントが多かった。僕も怪我と言えばシンスプリントばかりの“シンスプリンター”でした。やると3ヶ月は何もできないけれど、今は?
彰太 今はもう完治して、練習を開始しています。
和田 全日本大学駅伝の予選会も出ていなかったしね。でも、チームの結果はぶっちぎりで1位突破だったけれど、自分が出ないことで「まずいぞ、勝てないぞ」とか思わなかった?
彰太 それはなかったです。でも、負けたら戦犯は僕だなぁと。
【日本大学】
−そこで後輩たちが頑張って結果を出しましたが?
彰太 うれしかったですね。4組目も後藤(玄樹、文理2・宮崎日大)がしっかりと走ってタイムも良かったし、全般的に4年生が支えられていました。1組目でも1年生の首藤(海翔、スポーツ科1・倉敷)が頑張ってくれましたし。
和田 全日本の予選会を見て、強いチームらしくなってきたなと。今年の箱根駅伝でも、3年生・4年生だけの上級生主体のチームで、特に4年生が頑張って、しっかり最後を締めるというか、4年間積み重ねてきた思いが詰まった走りだったなと感じたし、駅伝って本来そういうものだと思うんです。ただ、それだけじゃ上位にはいけないし、やっぱり勢いというのが必要になる。その勢いを誰が持ってくるのかというと、1年生とか、経験はないけれど勢いだけはありますというような選手が出てきて、4年生の尻を叩いて「何やってんだ先輩たち」みたいに勢いをつける。そういうチームになっていくと非常に楽しみになってくる。箱根駅伝では上級生が頑張ったけれど、全日本の予選会は下級生がすごい勢いをつけてきた。そういう様が見えて、いいチームが生まれそうな空気感が出ているなと感じるんだけれど…。
聡太 そうですね、後輩たちの底上げがあって、4年生もやらなきゃいけないみたいな感じになっていて、本当にいい雰囲気になっていると思います。
和田 僕も下級生たちに突っつかれたな。強豪高校から次々入部してくるから、下級生をライバル視してた。
−和田さんは4年生の時、チームでどんな立ち位置にいたのですか?
和田 僕らの時は、学年エースが主将になるという流れがあって、僕はそういう務めをすることの大事さっていうものに気づいてなくて回避したんですよ。ただ、今思えばやっとけばよかったなって。競技者として自分のことを精一杯やりたい、自分の競技に集中したいという意識が強かったから、別の人に主将をやってもらったけれど、間違いだったなって思う。チームのことを考えながら自分の競技に取り組んでいくことが、自分の競技の向上にもつながるということに、大人になってから気づきました。でも、それを避けたからこそ、4年の関東インカレまでは成績が良くて、10000mで5位、5000m7位と両方入賞したし…。
聡太 黒田朝日選手(青山学院大)のお父さんと戦ったんですよね。
和田 そうそう、あいつには負けたけどね(笑)。
−競技者と主将の両立というところで、和田さんの話を聞いてどう感じましたか?
聡太 本当にそうだなと思います。3年生の時は自分のことでいっぱいでしたが、主将になって、発言もチームのことを考えて発しないといけないですし、行動も自分が一番上なので適当なことができない。本当に主将って大変だなと感じています。
和田 見ている視野が全然変わるよね。その視野が変わり、チームのために尽力している中で、自分としての変化とか、競技者として何か変わったことはある?
聡太 主将として、自分が一番速くないといけないと思っていて、より強くならなきゃいけない、向上しなきゃいけないっていう思いが強くなりました。
和田 そういうことなんですよ、やっぱり変化が生まれる。そばで見ていてどう?
彰太 よくやっているなって。主将じゃないとそういうこと言えないですね。
(一同笑)
後編に続く

【日本大学】
Profile
和田正人(わだ・まさと)
1979年生まれ。高知県出身。2002年、文理学部卒。箱根駅伝は第76回大会(9区・区間7位)と第78回大会(9区・区間5位)の2回出走。出雲駅伝と全日本大学駅伝も各2回出場。卒業後NEC陸上部に加わるも翌年に廃部となり、それを機に俳優を志す。’05年にデビューして以降、数々の映画・ドラマ・舞台等で活躍。’18年から箱根駅伝のNHKラジオ放送でゲスト解説を務める。