最下位に終わった今年の箱根駅伝。その悔しさを糧に巻き返しを図るべく、日本大学陸上競技部特別長距離部門は成長の鍵を握る夏合宿を、8月上旬から北海道釧路市でスタートさせた。
今季は全日本大学駅伝(11月2日)の関東地区選考会を突破するなど好結果も出しているが、チームの第一目標はあくまで箱根駅伝。さまざまな想いを抱いてハードな練習に取り組む選手たちに話を聞いた。
(取材日:2025年8月15日)
ケガを乗り越え、恩返しの走りを
天野 啓太(法学部・3年)
1年生の時は、夏合宿の直前に腰を疲労骨折し、長期離脱となった。復活を期しての昨年も、9月までは順調に走っていたが、夏合宿の2日後に再び腰の疲労骨折が判明。目指していた箱根予選会はもとより、全く走ることができない日々が続いた。
「その時が一番しんどかった」と振り返った天野選手。チームメイトが練習している姿を見て、涙を流すこともあった。心が苦しくなり、競技を辞めたいと両親に訴えたこともあった。しかし、「自分で決めたことは最後までやり通しなさい」という親の教えを思い出して踏みとどまった。
さらに、箱根駅伝の出走メンバーから漏れた日、新監督に呼ばれて、翌年2月の丸亀国際ハーフマラソンに招待選手として出場させると伝えられ、もう少し頑張ってみようと思い直した。「そこが一番のターニングポイントだったと思います」
その丸亀ハーフで62分台の好記録を出すと、4月の記録会では10000m28分台の自己ベストを出すなど、調子が上向いてきた。全日本大学駅伝の関東地区選考会でも粘りの走りを見せてチームの予選通過に貢献。「成長していると自信を持って言えるようになってきました」と笑顔を見せる。
「昨年は、しっかり走らなければいけない立場で、走れないという悔しさがあった。今年はタイムを出して、チームに貢献しなければならない立場だと思っているし、練習をしっかり積めれば走れるということは自覚している。2年間、スタートラインにも立てなかった箱根予選会をしっかり走って、本戦出場に貢献することが目標。そのために今は、ケガをせずに練習することが一番大切だと考えています」
今回の夏合宿でも、「今、ちょっと腰が不安なので、監督とも話し合って練習を抑えています。ここまでしっかり走れていたぶん、体が追いついていない感じです」と、走れない悔しさをにじませた。我慢すれば走れる状態だというが、「無理をすれば、またケガにつながる」という監督の判断で、練習への復帰は9月の菅平合宿からになった。
「僕が無理をしてしまう性格なのを理解して、すぐ次のことを考えてくださるので、監督には感謝しかありません。昨年も、戦力として計算していただいていたのに試合前にケガを負ってしまい、申し訳ない気持ちでした。その分まで、これからの走りで恩返しできたらと思っています」
練習はセーブしているが、「チームの目標達成のため、自分が今何をすべきかを常に考えている」と話す天野選手。
大学卒業後は、実家の歯科医院を継ぐために歯科医師になることを決めている。実業団で競技を続けるには身体が追いつかないと考えたからだ。
「前半シーズンに、タイムがポンポンと出た時は、競技を続けたいという気持ちも湧きました(笑)。しかし、残りの2年間で精一杯やり切ろうと心に決めました」
箱根駅伝を走ることと、歯科医師をめざすための勉強の両立、ブレない目標に向かって、天野選手は突き進んでいく。
力を出し切り、箱根の舞台を目指す
高田 眞朋(スポーツ科学部・3年)
関東インカレ10000mで8位入賞と好走し、自信を取り戻した高田選手。2週間後の全日本関東地区選考会も「ベストに近い走りができました」と、出場権獲得に貢献した。
「本当に悔しかった」と、当日変更で出走できなかった今年の箱根駅伝を振り返る高田選手。「自分の競技目標でもあった箱根駅伝を走るチャンスを、自分の詰めの甘さによる体調不良で逃してしまった上、当日変更でチームメイトにも迷惑をかけてしまい申し訳なかったです」
それから心機一転、好記録を出し続けた昨シーズンのような成長を目指していたが、2月上旬に発症した中臀筋の痛みが約2ヶ月続き、練習をセーブせざるを得なくなった。
「全く走れなかったわけではありませんが、強度の高い練習を積むことができませんでした。チームメイト、特に同学年のメンバーが安定して練習を積んでいたので、このままだと負けてしまうという焦りと不安が大きかった」
しかし、「焦ったところでケガが治るわけではない」と切り替え、不安な気持ちを抑えて治すことに集中したという。
4月以降の状態は「昨年と比べて大きな差はないと感じています」との言葉通り、5月の関東インカレは10000m1組8位、全日本大学駅伝の関東地区選考会でも3組10位と、主要2レースとも組上位で走り切った。それでも「走り自体の状態は悪くないと思いますが、ケガのこともあって不安な気持ちを持ったままスタートラインに立っていた。メンタル面では少し弱っていたと思いました」。
その全日本選考会では、出走する各選手が右腕に「古櫻復活」と描き、左腕には好きな1文字をマジックで書き込んでレースに挑んでいた。
メンタル面に不安があった高田選手は、「自分は常に挑戦者だ」という強い気持ちを言い聞かせるために「挑」という1字をチームメイトに書いてもらって出走。「結果もさることながら、しっかり走り切れたことへの安心感と、チームとして予選通過できたことがとてもうれしかったです」
この夏、北海道合宿への参加は叶わなかったが、高田選手の照準は10月18日の箱根予選会に向けられている。「箱根駅伝はチームとして1番大きな目標。そのためにまずは予選会で自分の力を出し切り、予選通過に貢献する走りをします」と力強い言葉で語る高田選手。その高い潜在能力を披露する舞台は、今年逃した箱根路がふさわしい。
覚悟を持って、今度こそ
長澤 辰朗(文理学部・2年)
初めての箱根駅伝は、直前に罹患したインフルエンザの影響で、走ることができなかった。「自分の不覚でした。あと一歩というところまで来ていたので、とても悔しかったです」と長澤選手は唇を噛んだ。
だが、走れなかったゆえに気づいたこともあった。レース当日、出走するはずだった3区で給水係を務めた。そこで、現場の雰囲気を体感すると同時に、「この舞台に立つのはまだ早い、走ってはいけないと言われているような気がした」という。
目の前を駆け抜けていく選手たちが、覚悟を持って走っている様を見て、自分にはそういう覚悟が足りなかったと痛感した。「走りたいと思うだけではダメで、箱根を走ることへの意識を変えていかないと、これからも箱根は走れないと感じています」
今シーズンの前半は、4月の記録会で10000mの自己ベストを更新するなど「いい形で走れている」というが、自身では「自分にはこれといった特徴的なものがない」と分析する。「最後の爆発力だとか、そういうものを持っていない。あるとすれば安定感ですが、それがありつつも突出した結果を出せるようにすることが必要だと思っているので、まずは自力をつけていきたいですね」
昨年に続いて参加している夏合宿は、「なんとしても箱根を走るんだという、強い気持ちで臨んでいます」と覚悟を示す。「1年生で参加した昨年も、最初から最後までしっかりやりきれているので、昨年同様に食らいついていくだけですが、チームとしてすごい強くなっている印象があるので、その中で負けられないという感じです」
また、今回多くの1年生が合宿に参加していることには期待する気持ちもある。「昨年の自分は、成り上がっていこうという思いで頑張ってここまで来ました。今年の1年生たちにも、挑戦者という意識を持ってやってくれたらチームの底上げになるし、自分たちも負けられないという危機感を持ってやれる。お互いに刺激し合っていけば、いい化学反応が起きるのかなと思います」
直近の目標となる10月の箱根予選会。昨年、長澤選手は1年生で唯一出走し、合計タイムの対象となるチーム10番目でフィニッシュした。大学に入って初めての大きなレースだったが、その経験は大きな成長につながったという。「あの暑さの中で、初めてハーフマラソンを走り、10番目に帰って来られたことはとても自信になりました。高校の駅伝では全くチームに貢献できなかったので、自分の走りでチームに貢献できたということにすごい喜びを感じました。その経験を、今年の予選会にも生かしたいと思っています」
そして当然ながら、箱根本戦の出走メンバーを勝ち取ることが大きな目標。「走れるのであれば、どこを任されてもいい。与えられた区間で自分の100%の走りができるようにすることが大事だと思っています」と、覚悟はできている。
箱根を走ることができなかった悔しさは、箱根を走ることでしか晴らせないのだ。

今年の箱根駅伝で「自分の意識を変えていかないと走れない」と気付かされたという長澤選手。「1日1日を大事にして取り組んでいます」
安定感のある走りで箱根をつかむ
𣘺本 櫂知(スポーツ科学部・2年)
7月、北海道・網走で行われた記録会で10000mタイムレースの1組目に出場した𣘺本選手。気温・湿度が高い悪条件の中、前半から好位置をキープすると、7000m過ぎに先頭に立ち、そのままトップでフィニッシュした。
「タイムより順位を狙おうと思っていたので、目標通りに走れたことは良かった。他の先輩方に比べるとタイムはまだ劣っているので満足していませんが、厳しいコンディションの中でもしっかり走れるというところはアピールできたと思います」と、顔をほころばせた。
駅伝の強豪校で過ごした高校時代は、強者揃いのチームの中で伸び悩み、結果を残すことができなかった。それでも、「箱根駅伝を走る」という夢を追いかけて大学で競技を続けることを決意。自ら「黙々とやるタイプなので」と言い、「ほかの人よりできることを探して、成長していきたい」と地道な努力を重ねてきた。それは、昨年、2度におよぶ10000m自己ベストの更新に結びついた。
「ここまで大きなケガもなく走れていますし、自分なりに成長していると感じています」と話す𣘺本選手は、自身の強みを「どんな状況でも、ある程度のタイムで走れる安定感」だという。
昨夏も合宿メンバーに入り、最後まで参加できたものの、「合宿後半は疲労が溜まって、まったく練習をこなせない状態でした」と振り返る。「その後もアピールできなかったので、ちょっとまずいと思っていた」と焦りもあったが、自分なりに箱根予選会への出走を期待していた。だが、エントリーメンバー14人には選ばれず、「まさか外れるとは思っていなかったし、補欠にすら入れなかったというのは、かなり悔しかった」。夏合宿に来ていない選手が選ばれたことも悔しさに拍車をかけた。心が折れかけたが、目標を本戦出場に切り替えて練習に打ち込んだ。一次エントリーには入ったが、結局、箱根路を走る機会は訪れなかった。
冬を越え、気持ちをリセットして臨んでいる今シーズンは、「去年に比べて練習もできている」と手応えを感じている。4月の記録会では10000mで30分を切り、再び自己ベストを更新。1年前の記録会で出した自己ベストから1分近くタイムが縮まった。
一方、箱根予選会と同じコースを使う立川シティハーフマラソン(3月)を走った際は、後半のアップダウンで失速し、距離に対してのスタミナ不足を露呈した。そのため、2度目の参加になる夏合宿では、長い距離を走ってスタミナを養うことを課題にしているという。
「スタミナをつけていけば、強みである安定感のある走りが予選会のコースでもできると思う。これからアピールしていき、何としても箱根予選会を走りたいと思います」
この秋、さらに成長した𣘺本選手が、チームに貢献する走りを見せてくれるに違いない。

「去年、自分が苦しんだ練習を今年の1年生たちがこなしているので、彼らに負けないように意識してやっています」と、練習に励む𣘺本選手。
夢に近づくために、もっと強くなる
花輪 琉太(文理学部・2年)
中学ではサッカー部で活躍していたが、最後の大会の後に声を掛けられて駅伝大会に参加。そこで走ることの楽しさを知った花輪選手は、進学した鹿児島城西高校では陸上競技に取り組むことにした。力をつけた2年生の頃から大きな大会で出走するようになり、高校3年の時には全国高校駅伝に出場して都大路を走った。
日本大学へは、高校で2学年上の先輩たちが在籍していることと、高校駅伝の名将として知られる新雅弘監督が就任したことで、「自分の成長につながるだろうと思って選びました」。
大学での練習は厳しいものであったが、それ以上にケガに悩ませられる日々が続いた。
「昨年は4ヶ月ほどしかまともに練習できませんでした。足首をねんざすることが多く、それがずっと長引いてしまいます。箱根予選会以降も、今年の6月ぐらいまで全く練習できずにいて、ようやくこの夏から走り始めるようになりました」
そうした苦しい状況の中でも、長距離ランナーとしての成長は確かに感じている。
「高校まではジョグでも距離を踏めていませんでしたが、大学ではジョグの距離が増えて、オフの日に1人で走る時もだいぶ距離を踏めるようになったので、スタミナはついてきているように思います」
昨年の夏は2次合宿からの参加となり、「釧路は今回が初めて。涼しくて走りやすい」という。「結構きついですね」という練習では、「“ケガをしない体作り”を意識しています。かなり距離も踏んでいるので、ケガに気をつけながら取り組んでいきたい」と口元を引き締める。
また、一次合宿には6人の1年生が参加している一方、2年生は3人だけ。1年生の頑張りに危機感を持っていると言い、「同期(長澤選手、𣘺本選手)とは、自分たちが2年生を引っ張っていかないと、と話をしています」。
「僕たちの学年は人数が多くいますが、ケガなどで走れていない人の方が多い。ほかの2年生たちを “やらないといけないんだ”という気持ちにさせるために、まずは僕たちが結果を残していくことが大事だと思っています」
その意味でも、花輪選手が今年の夏に賭ける思いは強い。
「この夏、Aチームの合宿をしっかり乗り切れば、秋冬でのタイムも変わってくると思う。まずは10000mで28分台を出して、箱根予選会のメンバーに絡んでいきたい。そして来年以降は、上級生としてチームの中心になれるように成長していきたいと思っています」

同期の長澤選手を「ずっと先に行っている存在。いつか追いつき追い抜きたい」と目標にする花輪選手。「練習は厳しいけれど、新監督を信頼してついていきたい」と強い気持ちを見せる。

選手たちが走る釧路湿原道路では、鹿やタンチョウヅルと遭遇することもある。