野田尚宏氏【後編】一般財団法人日本サイクルスポーツセンター(1996年文理学部体育学科卒)
ヨーロッパに偏っている自転車競技の実力差の均衡を崩し、アジアから世界大会で活躍できる選手、コーチの発掘・育成が目標の日本サイクルスポーツセンター(JCSC)(自転車の国 サイクルスポーツセンター)。
東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会では、指導に携わった選手がトラック競技でメダルを獲得した。さらなる発展を目指すための競技の普及に向けた取り組みや、オリ・パラに携わって感じたことについて、日本サイクルスポーツセンター競技振興部競技振興課の野田尚宏氏に聞いた。
体育学科で学んだ知見を生かし、身体の仕組みやデータ分析からも競技を見ている
自転車競技の普及を図るため、自転車競技と他競技との関連性にも目を向ける。昨年、県立伊東商業高で行ったのは、男子バレーボール部員22人の、跳躍動作の速度計測。バレーボールのジャンプ能力は自転車のペダリングの動きと近く、自身の能力や自転車競技への適性を数字で示した。
さまざまな切り口から、「まずは自転車の良さを知ってもらいたい」という思いがある。
日本競輪選手養成所の校長で元競輪選手の滝澤正光氏も、野田氏と同じくバレーボール出身。バレーボールに限らず、バスケットボール、スピードスケート、陸上などいろいろな競技から活躍できるという。
他競技から引き入れるだけではない。
クロストレーニングといい、ほかのスポーツ競技者がフィジカルレベルを上げるために自転車を使ったトレーニングを盛り上げていきたいと考えている。男子バレーボールVリーグ・東レアローズは、毎週決まった曜日にコンチネンタル・サイクリング・センター・修善寺(CCC)を訪れ、12回ほどトレーニングをした。そこから2年後には優勝。結果が出た。
当時、東レアローズでトレーナーを担当していた岡野憲一氏(文理学部体育学科卒)は、フェンシングの太田雄貴氏やカヌースラロームの羽根田卓也氏なども指導していたトレーナーで、自転車トレーニングをやりたいと話を持ってきた。後で分かったが、よくよく聞くと学科の1つ下の後輩だった。
「他競技の選手からすると、やったことをないことをやるので全力を出してトレーニングをするという効果があります」
トラックの周長が短い伊豆ベロドロームは、1周250m。コーナーが最大傾斜45度と立っていてそれに耐えられる上半身の筋力が必要になるため、体幹のトレーニングになる。
自転車競技に携わるようになり、コーチ資格だけではなく、健康運動指導士も取得した。健康運動指導士は、医学的な分野にも踏み込む。生活習慣病の仕組みや予防に果たす運動の役割など、勉強になることが多かった。日本サイクルスポーツセンターの目的は、「自転車を使って国民が健康になる」ことだ。
そのため、アスリートのトレーニングだけではなく、一般の人にどう使ってもらったらよいのかという視点も大事にしている。健康運動指導士の知識を生かし、自転車を使った健康プログラムを思い描いている。
「オリ・パラが開かれたことによって、レガシーという意味でもマイナーな自転車競技を日本の国内でメジャーにするのが、サイクルスポーツセンターの職員としてのミッション。自転車競技の裾野を広げる上でも、『健康につながる自転車』という切り口はもっと推し進めていきたいと考えています」
東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会には、会場所有者のスタッフとして関わった。競技を見られるわけではなかったが、施設を一番よく知っている担当者として待機。
室内競技では唯一、観客を入れることができた。
「自転車競技は、観客に生で見てもらった方がいい競技。パラリンピックは無観客に対応が変わり残念でした」
自転車競技は日本ではまだまだマイナー競技だという野田氏。どうにか生で見て迫力を感じてほしかった。
国際団体のUCI会長の出席するミーティングに参加した際、感謝の言葉を聞いた。
「他のスポーツは無観客開催がほとんどの中、自転車の発展のためにもなった」
オリ・パラの熱を冷まさず、さらに盛り上げていくために何をすべきか。バレーボールの世界から飛び込んだ自転車界への挑戦は、この先も続いていく。
低迷していた日本短距離ナショナルチームはブノワ・ベトゥヘッドコーチ(フランス)、ジェイソン・ニブレットコーチ(オーストラリア)の下、脇本雄太選手、新田祐大選手など日本人選手が世界選手権で3連続銀メダルを獲得し、世界からマークされる存在になった。
以前は決まった時期に合宿をして解散することを繰り返していたが、ブノワHCはベロドロームに通えるところに住まない選手はナショナルチームに入れないと言った。
毎日JCSCでトレーニングするようになり、結果が出てくるようになった。
自転車競技の女子選手として史上初のメダル獲得を果たした梶原悠未選手の中距離チームもJCSCで練習を積み、拠点のサポートでメダルにつながった。
女子スプリントで銅メダルを獲得した香港チャイナの李慧詩選手は、「CCCの成果」であり、野田氏の教え子といえる一人である。
若い時から心技体の基礎を重視し、土台作りに力を入れた。それが将来のパフォーマンスを上げることにつながるからだ。
インターバルトレーニングを中心に、短い間隔で軽いギアをなるべく速く多く回せるようにする。2週間のうち前半はポテンシャルを伸ばす「キャパシティ期」、次にパワー出力系のトレーニングをして、最後、タイムトライアルで記録はどうかを見る。
李選手は17歳だった2004年から8回指導した。まだ指導を始めた頃に見た選手の一人だった。
李選手はつらさのあまり「辛苦極」と当時の練習日記に綴ったという。
ロンドン大会以来3大会ぶりのメダル獲得は、CCCがアジア拠点としての役割が結実したメダルだったといえる。
野田氏は職員として何ができるかを考える。
「日本人は島国の特徴か、海外の試合でおとなしくなってしまう。競技レベルが同じでもパフォーマンスで劣ってしまうので、アジア拠点で共同生活とトレーニングという経験を積んでもらいたい」
そのためには労を惜しまない考えだ。
「微々たるものでもお手伝いしたい。ナショナルチームの選手はオリンピック・パラリンピックでメダルを取る、という強い目標がある。拠点の担当としては、選手に可能な限り施設を有効に使ってもらい結果を出してほしい」と願っている。
<プロフィール>
野田尚宏(のだなおひろ)
1973年静岡県生まれ。静岡県立韮山高等学校から本学へ進み、1996年文理学部体育学科卒。
本学卒業後、一般財団法人日本サイクルスポーツセンターに就職。国際自転車競技連合(UCI)公認のアジア拠点であるコンチネンタル・サイクリング・センター・修善寺のコーチとして、アジアの若い自転車競技者やコーチの育成に従事。
ASOIF(オリンピック夏季大会競技団体連合)Coach Educator Course 修了、日本スポーツ協会コーチ4(自転車競技)、日本トレーニング指導者協会公認トレーニング指導者、健康運動指導士、温泉利用指導者。