地方を活性化するには農業だ、
スマート農業の道を切り拓く

飯村一樹氏(1997年生産工学部建築工学科卒)
GINZAFARM株式会社代表取締役 【前編】

卒業生
2022年03月11日

農業に誰でも参画できるような仕組みを

スマート農業という言葉からはロボットが収穫してくれるような光景を想像するが、飯村氏によれば、ロボットは効率化や省力化を助けてくれる手段の一つだという。

「私たちは農場内の効率化を目指したシステムを作っているだけで、鉄腕アトムのようなロボットが来て何かをしてくれるということではないです(笑)。他の産業はどんどん効率的になっているのですが、農業はいまだに効率が悪い。本当にやるべきことがたくさんあるので、やりがいがあります。産業におけるラストフロンティアだと感じています。農家の方と話していても皆さん明るいので楽しいですね」

例えば農業ハウスの中の温度は東西南北で違う。中央部分は二酸化炭素が薄くて成長が遅い。周辺部の風通しの悪い所は害虫が湧きやすい。これまでの農業界はハウス内の数カ所にセンサーを置いて温度や二酸化炭素を測る程度で正確なデータが取得できていなかった。そこで、ロボット掃除機のように満遍なく、農場内をGPSの位置情報で動くロボットを開発し、細かく正確に農場内の全てのデータを取る仕組みを構築した。飯村さんたちはそのような機能を持つ「FARBOT」を農家や企業に提供している。

FARBOTが走行する際に、周囲との距自動計算して走行ルートを設定している様子

FARBOTが走行する際に、周囲との距自動計算して走行ルートを設定している様子。離を自動計算して走行ルートを設定している様子。写真はイチゴ農場内を走っているが、赤いエリアは距離が近いので自動回避を行うアルゴリズムとなっている

また、AIを使って作物がいつ、どれだけ収穫できるかを分析するサービスも提供している。これまでは農場長が長年の勘によって大雑把に収穫量を予測して人員を計画していたため、例えば、本来パートタイマーを2人雇えば済むところを3人雇ってしまい、人件費で赤字となっているケースが頻繁に起こっていた。

それに対し、ロボットとAIを使えば収穫に必要な人数を正確に計算できて人件費も適正化され、農家は利益を上げることができる。また、農場長は農場内の状況を分かっているが、休んだり出張している間に作物の病気が進むこともあった。さらに、パートタイマーでは農場内の状況が詳しく分からないため、対応ができなかった。ロボットでデータ化して異常が発生した場合は知らせてあげれば、パートタイマーでも対応でき、担い手を増やすことにもつながる。

「農業技術のテクノロジー化と言えばいいでしょうか。ポイントはどれだけ効率よく農業ができて利益が最大化できるか、ということです。これまで農業は農家がそれぞれのやり方で行っていて、隣の農家は全く違うやり方をしていました。染み付いている自分のやり方があって、お互いに教え合うことも少なく、教えてもらってもデータがないため再現が難しい。それをデータを使って解きほぐし、誰でも参画できるような仕組みを作ろうということを業務としています」

建築事務所やベンチャーを経て農業へ

飯村氏は農業の盛んな茨城県下妻市で生まれ育った。家の周りは見渡す限り水田だったという。両親はともに教師だったが、母の実家は農家だった。幼い頃は水田でカエルやバッタを、梨畑ではアブラゼミを追い回す日々。そんな原風景は心の中にあったが、農業にたどり着くまでには少し回り道をしている。

大学は本学生産工学部建築工学科に進んだ。高校に入学する頃に、親戚の工務店により実家が建て替えられたことがきっかけだ。中庭があって奥まで光が入るような設計の京都風の家で、雑誌でも紹介されたりした。

「それで建築ってすごいなと感じて、建築の道に進んでみようと思いました。田舎道を通って学校に行って、部活をして帰るだけの毎日でしたから、得られる社会の情報が限られていました。その中で実家の建て替えがあって良いイメージがあったので、建築を選びました」

独立して起業する資質はこの頃からあったのかもしれない。父が高校野球の監督をしていたため中学時代は野球部だったが、「チームワークがどうも苦手」という飯村氏は、高校ではテニス部に入る。テニスは性に合った。

「自分で好きなだけ練習すればそれだけうまくなる。協調性がないですからそれが合ったと思います。ベンチャー企業の経営者はそういう人が多いですよね(笑)」

大学時代は「学業はほどほどに」、サーフィンとアルバイトに明け暮れたという。学校に近い千葉県の津田沼近辺に住んでいたが、西麻布の飲食店でアルバイトをしたこともある。時給が良かったこともあるが、その頃から経営には興味があったため、個人経営の店でアルバイトすることが多かった。

FARBOTのAIが画像診断により自動で収穫時期や収量を予測する

FARBOTのAIが画像診断により自動で収穫時期や収量を予測する

卒業後、不動産会社に勤めて4年目に一級建築士の資格を取ったが、「建築にセンスがないのでさっさと見切りを付け」た。経営者が高齢になった設計事務所を継がないかという話もあったが断った。そして不動産金融のベンチャー企業に転職し、28歳から31歳まで投資部門の部長を務めた。年齢やキャリアに関係なく能力と実績次第で報酬や待遇が変わるベンチャー企業の醍醐味も感じていたが、「激務により体調を崩した」のをきっかけに退職する。

会社を立ち上げて独立したのは2007年、31歳の時だった。それまでの経験を生かし、銀行からの紹介で地方の商店街再生に関わった。街づくり事業では有名な高松丸亀町商店街再生事業である。地方の衰退を食い止めたいという思いは以前からあった。しかし地元の個人商店は資金調達が難しく、全国どこにでもあるチェーン店ばかりの商店街になってしまう。

そうした経験から、地方の再生には地域産業を活性化させる必要があると考えた。その基盤になるのが農業であり、農家を強くしなければならないとの確信があった。

その思いを支えたのは、原風景である故郷だ。今、その下妻市にはGINZAFARMの研究農場がある。

<プロフィール>
飯村 一樹

1974年茨城県生まれ。1997年生産工学部建築工学科卒業。不動産会社、ベンチャー企業での会社勤務を経て、2007年に現在のGINZAFARMの前身である会社を設立。2009年から農業を手掛け、農産物を販売する「マルシェ」と、AIやロボットを取り入れた「スマート農業」を大きな柱として発展させてきた。