芸術学部・文芸学科 楊 逸 教授
「文芸研究Ⅰ」
芸術学部・文芸学科 楊逸 教授
近年、授業の在り方が問われている。現場では、各教員が自身の科目に合った教育方法を創意工夫し、学生の理解向上を目指して日々努めている。それぞれの科目ではどのように学生と向き合い授業を進めているのか。その手法と実践にフォーカスする「教員の教えるテクニック公開」。
今回は、芸術学部・文芸学科の楊逸教授の授業を紹介する。
「文芸研究Ⅰ」は文芸創作法を学ぶ1年生のゼミ。少人数制でランダムに振り分けられ、11人が所属している。作家志望の学生も多く、全員が何かを書きたいという憧れは持っているが、1年生ということもあり何を書くかのアイデアが浮かばない学生が多い。そこで楊逸教授が今年度から自身が運営するウェブ文芸誌『トゥヌーヴ』上で開設したのが「千一夜カレンダー」である。
身の回りに起きた些細な出来事や、ひらめいたこと、物語の断片などをゼミ生は随時サイト上に書き込む。3人ほどいる「千一夜観察員」が書き込みをピックアップして授業で取り上げ、ゼミ生全員で議論、楊教授が構成や文体などについてアドバイスをする。それを参考にプロットを作って発表し、12月までに400字詰め原稿用紙8枚〜10枚の短編を書き上げる。
「1年生のうちにまとまった作品を一つ書いてもらいます。将来作家にはならなくても、ライターや編集者を目指す学生もいます。小説をどういうプロセスで書くかが分かれば、いろいろな仕事の役に立つと思います」
学生へのアンケートによると、「千一夜」への書き込みは6人が月に一度、3人が週に1度、1人が2週間に1度行っている(1人未回答)。使うようになって何か変化があったかという質問には「はい」「いいえ」が5人ずつだったが、「いいえ」と答えたうち4人は以前から自分で創作アイデアを書きとめる習慣があったと答えている。
このほか『トゥヌーヴ』には「パズル小説」「ライブ小説」など独創性に富むメニューがある。それらは過去の授業で創作活動として実践したものだ。例えば「ライブ小説」は、二つのグループに分かれ、一方のグループが地の文を書き、1時間の授業の中で別のグループが地の文に続く会話文をLINEを使って書き込んでいくというもの。長い文章を書くのが苦手、アイデアが湧かないという学生もゲーム感覚で参加できるという利点があり、今後も実施する予定だ。
「ネットの時代にあって一番遅れている職業が作家です。音楽や映画などはネットの特長をすごく生かしているのに、作家は依然として一人で書斎に引きこもって書いています。ネットの利点を文芸の創作に生かす方法はないかと考え、いろいろな実験をしてきました」
楊教授のサイト「トゥヌーヴ」
楊教授は中国で生まれ、来日時は日本語が全く話せなかったが、日本の大学を卒業し新聞社勤務などを経た後、日本語で小説を書いて芥川賞を受賞した。そんな経歴を持つ楊教授には、日本人と創作活動について感じていることがあるという。
「日本人は小さい頃から常識を重んじる社会の中で育ち、変わったことをすると非常識だと非難されがちです。特に最近の若い人たちは考え方が固まってしまっていると感じます。でも常識にしばられた頭では斬新なアイデアは生まれず、創作には向きません。『千一夜』には、常識にとらわれない考え方の練習という意味もあるんです」
<プロフィール>
芸術学部
楊 逸(やん・いー)教授
お茶の水女子大文教育学部卒。在日中国人向け新聞社勤務などを経て作家となり、2008年に「時が滲む朝」で芥川賞受賞。2012年本学芸術学部文芸学科非常勤講師、2016年から教授。中国ハルビン市出身。