スポーツ日大が一丸となって世界に啓発する アンチ・ドーピングプロジェクトの価値と課題とは

薬学部「アンチ・ドーピングプロジェクト」

取り組み・活動
2021年11月15日
プロジェクトリーダー、榛葉繁紀教授

プロジェクトリーダー、榛葉繁紀教授

「本学が一体となって取り組むプロジェクトにしたい」
多くのオリンピックメダリストを輩出してきた本学出身のアスリートたちの意見を下地にして文、理、医歯薬系からなる、横断的な研究力を集結させ、スポーツ界で最も重要かつ取り組まなければならない課題に立ち向かうのが、このアンチ・ドーピングプロジェクトだ。

2017年に文部科学省「私立大学研究ブランディング事業」に選定され18年から第3期の本学学長特別研究に引き継がれた。プロジェクトのリーダーを務めたのは、榛葉繁紀教授(薬学部)。榛葉教授は冒頭の言葉のとおり、本学の叡智を集結させ、それぞれの得意分野を生かし、協力し合うことで、本学ならではのアンチ・ドーピング研究に取り組んだ。

広く周知を図った2018年
アンチ・ドーピングというテーマを身近に感じてもらうことから始めた

キックオフイベントでの大塚𠮷兵衛前学長のあいさつ

キックオフイベントでの大塚𠮷兵衛前学長のあいさつ

本学が文部科学省の「私立大学研究ブランディング事業」に申請した、本プロジェクト「スポーツ日大によるアンチ・ドーピング教育研究拠点確立とポストオリンピックへの展開」が選定されたのは、2017年11月のこと。本学が研究力だけではなく、幼稚園から大学院までを有する継続的な教育力を合わせることで、アンチ・ドーピングの教育研究拠点を確立することができると認められた形だ。そして、得られた成果をスポーツイベントや地域、国際社会へ積極的に発信していくことで、真のスポーツ振興の旗手としてのプレゼンスを高めていくことこそ、本プロジェクトの大きな柱の一つであった。

18年3月には、本プロジェクトのキックオフシンポジウムを開催。大塚𠮷兵衛学長(当時)のあいさつに始まり、基調講演として、1964年東京オリンピックの体操競技金メダリストである早田卓次氏が登壇、さらに今泉柔剛氏(スポーツ庁国際課長・当時)、浅川伸氏(公益財団法人日本アンチ・ドーピング機構〈JADA〉専務理事)、安部恵准教授(本学薬学部)といった方々も講演し、本プロジェクトは大々的なスタートを切ることとなった。

オープンキャンパスではパネル展示による啓発活動を行った

オープンキャンパスではパネル展示による啓発活動を行った

それと同時に、草の根活動も開始。2018年2月には本学薬学部地域貢献プロジェクト、3月には本学薬学生涯教育講座でそれぞれ後援を務め、アンチ・ドーピングの周知を図る。

7月に行ったオープンキャンパスでも講演およびパネルで活動の周知を行い、同年10月の体育の日には、薬学部キャンパス内で船橋市教育委員会の協賛並びに公益社団法人日本薬学会の後援を得て本プロジェクトのイベントを開催するに至った。

具体的な成果物作成へ
幅広い研究分野を持つ本学の特徴を生かしたプロジェクトを推進

JADAアスリート委員の鈴木靖氏による体育の日イベントの講演「オリンピック選手から学ぶ健康な身体づくり」(2018年10月)は、盛況のうちに幕を閉じた

JADAアスリート委員の鈴木靖氏による体育の日イベントの講演「オリンピック選手から学ぶ健康な身体づくり」(2018年10月)は、盛況のうちに幕を閉じた

広く周知を図った2018年の活動を経て、19年には地域の方々にも、アンチ・ドーピングというテーマに親しんでもらい、身近な問題として考えてもらうための活動に力を入れる。

2月の本学薬学部地域貢献プロジェクトでは、周知だけではなく、薬の知識にまで踏み込んだ講演を渡邉文之准教授(当時、現・教授)が行った。

同年9月には、スポーツ科学部、医学部、歯学部、松戸歯学部、薬学部の5学部の学生が集まってドーピング問題について話し合う学部連携ワールドカフェを開催。

「みんなで考えよう! アスリートの健康とアンチ・ドーピング」をテーマに、それぞれの学部の知識と学生個人の経験などを踏まえた有益なディスカッションが行われた。

この年、最も大きなイベントは、11月に開催した「オリンピック・パラリンピックと薬剤師」と題したシンポジウムだ。スポーツと薬剤師の関わりをテーマに、国際オリンピック委員会のMedical andScientific Commission のMark Stuart氏を招聘。国際的な知見を披露してもらうことができた。

国際オリンピック委員会Medical and Scientific CommissionのMark Stuart氏による講演

国際オリンピック委員会Medical and Scientific CommissionのMark Stuart氏による講演

また、2017年以降はサプリメントからの〝うっかりドーピング〟事例も多く見られるようになったことから、藤森徹氏(公益財団法人日本ハンドボール協会、日本ハンドボールリーグ機構副会長・当時)に「競技団体から考えるスポーツサプリメント事情 新ガイドライン対応について」と題し講演してもらった。さらに、本学薬学部卒で薬剤師として活躍するロンドンオリンピック競泳日本代表の松島美菜氏に「アスリートから薬剤師になって」、北海道医療大学薬学部特任教授の笠師久美子氏には「アスリートを支える薬剤師の活動」をそれぞれテーマに講演を依頼、アンチ・ドーピングプロジェクトに欠かせない、薬剤師という存在について語ってもらった。

こうした多くの講演により、周知から啓発に至る活動を続けてきた本プロジェクト。これに加え、教育という観点から誰からも親しみやすく、分かりやすく、スポーツに関心の薄い方々にもアンチ・ドーピングの意識を高め、ひいては健康に対する意識を高めてもらうための方法として、「かるた」の作成に取り組む。本学に所属する小学生から大学教員までが一丸となって制作を進めた。

そして2021年3月に「日本大学健康かるた」が完成。句一つ一つに専門家による解説が付され、多くの人が抱く「なぜ?」への答えが詰まっている。現在は本プロジェクトホームページから誰でもダウンロードできるようになっており、アンチ・ドーピングの周知徹底にひと役買うことだろう。

アンチ・ドーピングを一般教育へ
薬の知識を持つことは自分と、自分の周りの人たちの健康を守ることにつながる

本プロジェクトを通じて、実際に取り組んだからこそ感じたことがある、と榛葉教授。一つは、国内にアンチ・ドーピングを広めるためには教育が大事だということ。

トップアスリートたちは、試合後の検査などを通してドーピングに接する機会は多い。だが、スポーツをしていない人はドーピングというものに接する機会が皆無だ。本当の意味でアンチ・ドーピングを広め、その大切さを伝えていくためには、トップアスリートへの啓発活動よりも先に、スポーツをしている、していないに関係なく、小中高校生への教育を行うことが大切なのである。

本学には多くの付属高があるため、ジュニアからシニアに至るまで、一貫してアンチ・ドーピング教育を行うことができる。

アンチ・ドーピング教育のツールとして「日本大学健康かるた」を開発

アンチ・ドーピング教育のツールとして「日本大学健康かるた」を開発

このアンチ・ドーピング教育のために使うかるたという成果物を作り出したのも、研究成果の一つと言える。また、指導者へのアンケート調査から、「もっと指導者向けの教育も行ってほしい」という声が多かったことから、アスリートたちだけではなく、彼ら、彼女らの指導者に向けたアンチ・ドーピング教育の必要性が分かったことも大きな成果だった。

また、アンチ・ドーピングの知識というのは薬の知識であり、精神、肉体の健康を保つのに必要不可欠な知識である。薬の成分の違い、薬効の強さの違いなどを理解すれば、対ドーピング対策だけではなく、スポーツをしない一般の人たちも、症状に対して適切に薬を使用することができるようになる。この薬の知識の周知徹底、教育の必要性も研究を通して見えた今後の課題である。

さらに、アスリートの周囲の人間が知識を持つことの大切さも、研究結果を通して見えてきたものだ。アンチ・ドーピングはアスリート本人が注意することはもちろんだが、その選手たちの周りにいる指導者やトレーナー、そして家族や仲間たちも知識を持つことで防げることも多くある。

ドーピングの危険は薬だけではなく、食事やサプリメント、飲み物など、さまざまなところに潜んでいる。だからこそ、アスリートに関わる多くの人たちにも、アンチ・ドーピングというものを身近に感じてもらう必要があり、アスリートと共に考えていく必要があるのだ。

プロジェクトリーダー、榛葉繁紀教授

プロジェクトリーダー、榛葉繁紀教授

そして、榛葉教授が今回のプロジェクトの成果として強調したいと考えているのが、スポーツの力である。本学にはさまざまな学部があり、さまざまな方向に向かって研究を進めている。それが、スポーツというものをテーマに掲げることで、皆が同じ方向を向いて協力し合える。これこそ、まさにスポーツの力である。

文系であればスポーツビジネスの観点から、工学系であればデバイスの開発、精神系ではメンタルの研究からスポーツ精神医学がある。視野を広げていくと、それぞれの研究分野から、今以上にスポーツを支えることができる可能性を秘めている。そして、本学にはその可能性を実現できる土台がある。

スポーツの発展のために、スポーツ日大のために、自分たちがアスリートに対して、スポーツに対して貢献できることをもう一度考えてみると、面白い取り組みにつながっていくのではないだろうか。

この研究により、多くの学部、学科の研究がアンチ・ドーピング研究に欠かせないものであることが証明された。スポーツのために、アスリートのために、すべての人たちの健康のための教育を今後も続けていくこと。これこそ、今回の取り組みを通して見えてきた新たな課題である。

本プロジェクトは昨年度でひとまず終了した。しかし、スポーツがある限り、アンチ・ドーピングは向き合い続けなければならない問題である。この問題に本学が先陣を切って一歩を踏み出せたことこそが、学長特別研究としての大きな成果なのではないだろうか。榛葉教授は、これからも啓発活動を続けていきたいと話す。

「アンチ・ドーピングは、決して他人事ではありません。この知識は、自分や自分の周りの人たちの健康を守ることにもつながります。だからこそ、一般教育としてのアンチ・ドーピングを目指していきたいと考えています」

<インタビュー>
榛葉 繁紀教授(アンチ・ドーピングプロジェクト・リーダー)

アンチ・ドーピングをもっと身近にスポーツファーマシストの活躍の場もつくりたい

――本プロジェクトを通じて印象深く感じたことは?

「ある選手の親から、そろそろドーピングテストに関わるレベルになるので西洋薬ではなく、漢方を使わせます、という話がありました。アンチ・ドーピングという言葉だけを聞くと、西洋薬の方が危ないというイメージになりやすい。でも、実際はさまざまな効能が入っている漢方の方が危険性は高くなります。
この例も、知識があれば理解できる話ですが、言葉のイメージだけで考えると、漢方の方が安全だと思ってしまう人もいます。アンチ・ドーピングはもっと幅広く、一般の方にも教養として持ってもらいたい知識であり、もっと多くの方々の日常生活に入り込んだ取り組みが必要です」

――薬学部として、スポーツファーマシストが担うアンチ・ドーピングへの役割とは?

「スポーツファーマシストは人気が高く、毎年約1000人の受講者がいます。薬の知識を持ち、スポーツへの貢献度が高いので、これからもっと広まってもらいたいですし、もっと活躍してもらいたいと思っています。ですが、実はスポーツファーマシストの活躍の場は少ないです。一方、スポーツの現場ではもっと気軽に薬のことに対して質問をしたいという要望がある。このミスマッチは、今後私たちの大きな課題となることでしょう。
スポーツファーマシストは、薬の知識を通じて、なぜドーピングがいけないことなのかも含め、フェアプレーの精神も伝えることができます。肉体、精神の健康を身に付けるための知識を伝えられるのが、スポーツファーマシストです。
本学部卒業生の松島美菜さんは、自分が勤める薬局で、ドーピングに関する窓口を設けているそうです。
このように、地域の薬局にそれぞれスポーツファーマシストがいて、選手やその家族がもっと気軽にスポーツファーマシストに接し、ドーピングに対して質問ができるような環境を整えていくことも、アンチ・ドーピングでは大切なことだと感じています」