【コロナ禍を生きる:Part 1 医学】
新型コロナウイルスとは何か どう向き合うか

医学部 病態病理学系微生物学分野 早川 智 教授

研究
2021年03月05日

未知のウイルスの存在が確認されてからはや1年。
新型コロナウイルスの感染拡大はいまだ収束の兆しが見えず、政治、経済、社会、教育、文化、コミュニケーションなど人間活動を構成するあらゆる分野に、長期間にわたり影響を及ぼし続けている。
私たちはコロナ禍をいかに生き、未来への教訓としていけばいいのか──。医学の側面からその指針を模索するため、早川智教授(医学部)に話を伺った。

過度な恐れは必要ないが油断できないウイルス

医学部 病態病理学系微生物学分野 早川 智 教授

医学部 病態病理学系微生物学分野 早川 智 教授。
1958年生まれ。83年日本大学医学部卒業。87年日本大学大学院医学研究科修了。Cityof Hope 研究所(大野乾研究室)、日本大学医学部産婦人科講師、感染制御科学部門助教授を経て2007年から現職。日本産科婦人科学会専門医、日本産婦人科感染症学会副理事長、日本臨床免疫学会監事(2021年度総会長)、日本生殖免疫学会理事。専門は生殖免疫学、感染免疫学、産婦人科学、進化医学。
著書に『産科の感染防御ガイド 新型コロナウイルス感染症に備える指針』(メディカ出版)、『標準微生物学』(医学書院)、『戦国武将を診る』(朝日新聞出版)など

2020年、瞬く間に世界的大流行(パンデミック)を引き起こした新型コロナウイルス。このウイルスは一体どんなものなのか、早川智教授に話を伺った。

「人に感染を起こすコロナウイルスにはもともと4種類あり、これらは普通の風邪を引き起こすウイルスです。近年は、それ以外にも新しいウイルスが出てきたのですが、そのうちの一つが『SARSコロナウイルス2(SARS-CoV-2)』いわゆる新型コロナウイルスです」

MERS(中東呼吸器症候群)やSARS(重症急性呼吸器症候群)といった感染症を引き起こすのもコロナウイルスの一種で、今回のコロナウイルスはSARSウイルスによく似ているため、WHOによって「SARS-CoV-2」と名付けられた。

「ウイルスの発生については諸説ありますが、SARSコロナウイルス2はコウモリが保有している病原体で、それが直接あるいは食用のセンザンコウを介して人に感染したと考えられています」

当初、これほどの大流行を引き起こすとは考えられていなかったウイルス感染は、3月になると日本にも広がり、緊急事態宣言を経て減少に転じたものの、7月には第2波、12月には第3波の感染が広がった。

「重要なのは、9割の方は軽症で済むということです。ただ、1~2割の方には症状が出て、さらにその中の一部の患者は重症化しやすく、特に高齢者や肥満の方、糖尿病、高血圧といった合併症がある方は重症化しやすい傾向にあります」

重症化の要因となるのは、全身に炎症の反応が広がる「サイトカインストーム」と、血栓ができやすいことだ。血栓が脳や肺の大血管を閉塞すれば突然死することもある。また、他のウイルスと同様に、脳に炎症を起こす場合があるため、記憶障害や精神症状が後遺症として残ることもある。肺炎も治った後でも線維化といって硬くなるために呼吸機能が元に戻らないことがある。

「それほどひどく恐れることはありませんが、重症化して死に至ったり厄介な後遺症を残すこともあるウイルスであることは確かです」

重要なのは感染しないこと、3密回避・換気・手洗いの徹底を

「新型コロナウイルスに有効な特効薬は、今のところありません。有名なアビガンも使わないよりはいいという具合で、劇的によくなるわけではありませんし、認可された抗ウイルス薬のレムデシビルもある程度は効きますが、WHOは有効性を否定しています」

しかし、第1波、第2波よりも死亡者が減少しているのは、ある程度治療法が確立したからだという。

「一つはステロイドを適切な時期に使うこと。もう一つは、感染するとIL-6というサイトカインが増加することで炎症が強く促進されるのですが、これを抑制する抗サイトカイン療法として、リウマチの薬が効果を上げています」

これらに加え、もちろん酸素投与やエクモ(人工心肺装置)などによる全身管理も行われている。

「確立した治療法がないため、大事なことは『感染しないように気を付ける』ということです。感染しないようにするには『3密を避ける』『手洗い』『マスクの着用』『換気』を徹底するしかありません」

現在、医学部ではオンライン授業のほかに必要な実習のみ対面で行っているが、早川教授は実習で「手洗い」を必須項目としている。手洗い後に、手に付着する細菌の数を培養して調べることで、正しい手の洗い方を徹底的に学ぶのだ。

実は「手洗い」は、早川教授の人生に大きく関わってきたものでもある。現在、産婦人科医と感染免疫学の研究者という二足のわらじで臨床と研究を両立させる教授だが、産婦人科感染症の分野に進んだきっかけは、同じく産婦人科医で、その前は金沢大学で結核研究者だった父から贈られたゼンメルヴァイスというハンガリー人医師の伝記だった。

「ゼンメルヴァイスは、手洗いをすることで産さ ん褥じょく熱(出産後の感染症)の発生をほぼなくせるということを世界で初めて証明した人。この本に感銘を受けて、自分も産婦人科医になって感染症を研究しようと思ったのです」

時代や状況は違うものの、手洗いが多くの人の命を救うことになるのは間違いないはずだ。

PCR検査は必要なときに主治医の判断に従って

新型コロナウイルスの検査には、身体に感染したウイルスを検出するPCR検査や抗原検査が有用とされているが、早川教授はやみくもにPCR検査を行うことに警鐘を鳴らす。

「確かにPCR検査は感度が高く、検査をすればウイルスの有無は分かります。ただ、ここで分かるのは『その時点で陰性』だということで、ずっと陰性であることを証明するわけではないのです。ですから、たとえばスポーツ選手が試合直前に受けるのは有用ですが、一般の方が陰性だから安心だといってその後もずっと安心して飲みに行ったり旅行したりしては意味がありません。これは、PCR検査を抑制するべきということではなく、本当に必要な人がやるべきだということです」

格安の診断キットを販売する企業もあるが、PCR検査は熟練した臨床検査技師に頼る過程が多いため、信頼できる結果が得られるかどうかが問題だ。また陽性という結果が出ても、結局医師の確定診断に委ねることになる。

「大事なのは、信頼できる主治医を決めて相談することです。世の中には自費でどんどんPCR検査をやりましょうという先生もいますが、普通は必要なときに必要な検査を提言してくれます」

赤ちゃんと母親をつなぐ胎盤がウイルスを食い止めている

早川教授のもう一つの専門領域である産婦人科では、感染が赤ちゃんに影響するのではないかと不安を抱える方が多いという。

「妊娠しているからといって、極端に感染しやすい、重症化しやすいということはなく、赤ちゃんの奇形や流産が起きることもありません。ただ、妊娠中は横隔膜が持ち上がりますから、どんな肺炎でも重症化することがあります。また、妊娠後期に母体の具合が悪くなると帝王切開率が上がります。

しかし、新型コロナウイルスの母子感染は非常に少なく、子宮の中で感染した症例はほとんどありません。私たちは感染した母親と赤ちゃんをつなぐ胎盤を見てきましたが、驚くのは感染した患者さんの胎盤にはしばしばウイルスが存在するということ。胎盤がけなげにウイルスを食い止めているのです。これはすごいことです」

胎盤の細胞には、ウイルスが吸着しても複製しないメカニズムが存在するという。早川研究室では「SARSコロナウイルス2」を培養細胞に感染させて複製を見ている(上記写真)。胎盤における感染と防御機構の研究を世界に先駆けて行っているのは日本大学だけである。

医学部には教育、診療、研究の三つの柱があるが、早川教授は「私は医者なので診療が第一ですが、こんなときだからこそ教育、研究に関しても手を抜きません」と言い切る。2020年は新型コロナウイルス関連だけでも英語の論文を4本執筆。5人が在籍する研究室全体では、ほかの感染症や免疫に関して合計25本を発表している。医学部学生にはZoomでリアルタイムに顕微鏡下の細菌やSARSコロナウイルス2感染細胞を見せて実験の模擬体験をさせ、実際の症例で感染症の患者さんの診断を追体験させている。

問題は情報リテラシー、惑わされないことも大切

早川教授はツイッターで、コロナウイルスについての情報を発信している。

「世の中には、身体を温めればよいとか、特定の食品やサプリメントを取る、アロマをたいて免疫力を高めようなどという話がありますが、そういったものは何の効果もありません。そもそも、免疫力という言葉自体、定義ができず科学的ではないのです」

情報の真偽を判断する力は自分で磨くしかないが、基準となるのが「本名で発信しているかどうか、そして商品販売目的ではないか」だ。不確実な情報に惑わされないこともコロナ禍を生き抜くための知恵と言えるだろう。PubMedで検索できる多くの医学雑誌も、期間限定でCOVID-19関連の医学論文の全文を無料で読むことができる。