【研究者紹介】
分子をデザインし、合成する

薬学部 内山 武人 教授

研究
2021年05月06日

“糖”の力を使い治療に役立つ新たな化合物を作る

薬学部 内山 武人 教授

薬学部 内山 武人 教授

人体にとって糖の働きは重要である。エネルギー源のみならず、がん細胞が転移するときやインフルエンザウイルスが侵入してくるときに目印になるのも、糖であることが分かっている。

内山武人教授が糖の研究を本格的に始めたのは、本学理工学部薬学科(現・薬学部)から「もっと実験がしたい」と進学した静岡県立大大学院でのこと。修士課程では物質から分子を取り出して構造を見いだす「モノ取り」に興味を持ち、“キク科植物に含まれる配糖体成分”の研究を選択した。

一転、博士課程では構造をデザインし分子を作り上げる「モノ作り」の研究室(薬品製造化学)に移り、“ハイブリッド型抗エイズ薬のデザインと合成”に関する研究に従事した。糖の機能を活用し、当時は治らないと言われていたエイズにアプローチできないかと考えたためだ。その後、理化学研究所やカナダ留学で糖に対する研究をさらに深め、本学に戻ってきた。

「その時まではここに戻ってくるとは思っていませんでした。人との出会いが、こうした機会へと導いてくれたのだと感じています」

糖研究の奥深さ

現在、内山教授が研究の中心にしているのが、血液中に含まれる「1・5 ‒ AG(アンヒドログルシトール)」という糖の一種である。これは糖尿病の重症度を測るときの指標になっているが、生理的な機能は不明点が多い。

「人間にとってエネルギーとして必要な糖は『グルコース』といいますが、1・5 ‒ AGは不思議な物質で、血中に多くあり食べ物から摂取されていることが分かっていますが、栄養にはなりません。存在意義がまだ明らかになっていないのです」

そうした“不思議な”1・5 ‒ AGを役立てるようにするのが、「モノ作り」の醍醐味(だいごみ)だ。 2019 年には1・5 ‒ AGを用いてポリフェノール誘導体を化学合成し、糖尿病治療やアンチエイジング効果が期待できる抗酸化活性があることを見いだし、発表した。

研究の喜び

分子構造解析に不可欠なフーリエ変換核磁気共鳴装置

分子構造解析に不可欠なフーリエ変換核磁気共鳴装置

1・5 ‒ AGの利用を進めるに当たり、その作成方法の研究も行った。1・5 ‒ AGは500mgが約6万円で市販されているが、2016年に一週間で15gのグルコース(約40円)から10gの1・5 ‒ AG(128万円相当)を化学合成できる方法を発見し、論文にまとめた。この合成法は、1996年カナダ在住時に発見した原理を応用したもので、20年越しで成果につながった。

「研究の成果を論文にすることは、研究者の責務であり、喜びです。世界的な論文雑誌に掲載されることは憧れですし、自分の論文が誰かの研究の参考になってくれれば非常にうれしい。20年以上前の論文が、今も複数のグループに引用してもらえていることは研究者冥利に尽きます。その発見があったから今進んでいる研究もあります」

「根っからの研究好き」という内山教授だが、その成果は着実に実を結び、広く社会に還元され始めている。

学生へ、そしてこれから

「好きなことを仕事にできて幸せ」と語る内山教授は、研究者を志す学生に対し、「正解1つだけを追い求めがちだが、科学の世界では複数の答えが存在するケースも珍しくないことを頭に入れておいてほしい。そして、今しかできないことを十分認識して研究を楽しんでほしい」とエールを送る。

今後は、“薬の効き方が人によって異なる”ケースがあることについて、研究を深めていきたいという。

「本学のスケールメリットを生かし、学部内のみならず他学部との共同研究にも一層力を入れ、アプローチしていきたい。薬は体内でさまざまに変化していきますが、『どのような構造』で『どれくらい』とどまっているのかは、人によって異なります。そのため、人それぞれ薬の効き方も違ってくる。薬の代謝物を化学合成することで供給体制を確立し、知見を重ねながらAI(人工知能)を活用した個別化医療、そして『薬学』の発展に寄与していきたいと思っています」

薬学部
内山 武人(うちやま・たけと)教授

1988年本学理工学部薬学科卒。93年静岡県立大大学院薬学研究科博士課程修了。同年理化学研究所糖情報工学研究チーム博士研究員。95年アルバータ大(カナダ)化学科博士研究員。98年本学薬学部助手。専任講師、准教授を経て2017年から教授。日本糖質学会、日本生薬学会、日本薬学会所属。
著書に『パートナー薬品製造学』(南江堂)。東京都出身。