訪れた人々が、かつて見た海の風景や海風を感じられる懐かしい場所に

『東日本大震災・原子力災害伝承館』設計者
工学部建築学科 空間デザイン研究室 渡部和生 特任教授

研究
2021年07月30日

あの忌まわしい東日本大震災から9年。2020年9月20日にオープンした『東日本大震災・原子力災害伝承館』(以下、『伝承館』)は、東日本大震災及び原子力災害によって失われた浜通り地域等の産業回復を目的に、新たな産業基盤の構築を目指す国家プロジェクト「福島イノベーション・コースト構想」(以下、「福島IC構想」)の情報発信拠点として、県が整備を進めたものだ。郷里でもあった福島の象徴ともいえる『伝承館』の設計を担った、渡部特任教授はどんな想いで携わったのだろう。

故郷を愛する建築家としての熱い想い

「我が故郷である福島県は、2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震、津波、そして原子力災害という未曾有の複合災害を経験しました」

あれから10年経っても、いまだ多くの福島県民が避難生活を続けている現実。しかし、
「記憶の風化は進行しつつあります」

それを何とか防ぎたい。その想いで渡部特任教授は、この建築のプログラムに参加した。過去「環境共生型建築」や「多様な公共空間」、「東日本大震災の復興計画」などを研究してきたことが生かされるのでは、と。

「『伝承館』ができる以前から、本学工学部の教員の方々の研究活動や学生によるボランティア活動などがこの地で展開されてきました」

そうした機運にも背中を押され、“記憶の再生”につながることを願って、設計に着手した。

渡部特任教授が生まれ育ったのは、『伝承館』のある双葉町から75キロ離れた郡山市。双葉町もある通称・浜通り(福島県の東側、太平洋に面したエリア)は、幼い頃に両親に連れられて行った海水浴の楽しい思い出の場所だった。

国家プロジェクトである「福島IC構想」を受けて、浜通りを再生させることこそ、福島の未来を創る第一歩、そう、国も県も考えた。

「(浜通りは」私だけでなく、福島の人たちが日常的に慣れ親しんだ場所。故郷を愛する建築家としての熱い想いと、そして現在、福島県にある大学で活動する教員として福島の復興に寄与したいという想いが、伝承館の建築を担うことにつながったのだと思います」

未来への懸け橋となる『伝承館』

設計に当たっては、心に決めていたことがあった。

「『伝承館』は大事なものを収める建物であり、重要な役割を担う施設ではありますが、どこか“海の家”のような、軽やかで親しみやすい建築にすることを意識しました。ここを訪れた人々が、かつて見た海の風景や海風を感じられる懐かしい場所にしたい」

そうした想いから、技術力を最善に駆使しながらも、その土地に馴染むような建築形態あるいは空間になるような設計を心掛けた。

『伝承館』の建設に際して、福島県が基本構想として掲げた理念は、三つ。

一つは、「原子力災害と復興の記録を収集・保存・研究研修し、未来へ継承するとともに全世界と共有する」こと。

二つ目は、「原子力災害の経験と教訓を防災・減災に生かす」こと。

そして、三つ目は「福島に心を寄せる人々との交流の場となり復興の加速化に寄与する」こと。

この三つの理念に基づき、渡部特任教授は建設を進めた。

そして、理念に沿って、テーマに分けた各ブースが出来上がった。

ブースは「プロローグ」からはじまり、「災害の始まり」から「原子力発電所事故直後の対応」、「県民の想い」、「長期化する原子力災害の影響」そして、「復興への挑戦」と、まるで克明なドキュメンタリーを観るように、来館者は、震災と震災からの福島の歩みを目にする。

「(『伝承館』は)多くの困難を克服しながら、未来への懸け橋となるような、“みらい”へのゲートウェイと位置付けられ、福島の様々な地域・施設へのネットワークの起点となることが期待されています」

災害に心を寄せ、福島の未来に思いを抱く、多くの国内外の人々が訪れ、防災・減災の学習・研修の場として、様々な年齢・地域・職業の人々が集まる場所、『伝承館』。

「記憶の風化を防ぐために、この建築が大きな役割を果たし、経験と 教訓が確実に後世に伝えられることを願っています」

そして。

「そのプログラムの単なる背景ではなく、建築そのものが積極的に人に働きかける存在でありたいと思っています」

東日本大震災・原子力災害伝承館

『東日本大震災・原子力災害伝承館』


敷地面積:28,178.48m²
建築面積: 3,536.18m²
延床面積: 5,256.56m²
用  途:博物館
規  模:地上3階
構  造:鉄筋コンクリート造、一部鉄骨造

<プロフィール>


渡部和生(わたなべ・かずお) 1956年生まれ。一級建築士。1979年3月、東北大学工学部建築学科卒業後、(株)蔵王建築設計事務所に就職。医療施設、福祉施設、文教施設の設計に携わり、独立。1987年3月(株)惟建築計画を設立し、代表取締役として現在に至る。
1997年に日本建築家協会・JIA新人賞(老人保健施設桔梗)を受賞すると、2003年にはグッドデザイン賞(福島県立郡山養護学校)、2004年に公共建築賞優秀賞(東村保健福祉センター)を受賞。
2014年より、本学工学部建築学科特任教授に着任。空間デザイン研究室にて、後進の育成に尽力している。