【改正法で地球温暖化対策はどう変わるか:Part 4 企業】企業が本気で温暖化対策に取り組む時代が来た

商学部会計学科 村井 秀樹 教授

研究
2021年11月01日

地球温暖化対策推進法の一部改正案が、今年5月26日に成立した。
同法は1998年に制定されたが、2015年のパリ協定で定めた目標や、昨年の「2050年カーボンニュートラル(脱炭素社会)」宣言を踏まえ、地球温暖化対策の取り組みをより加速させるための改正である。
この改正法によって日本の社会は、市民の生活はどう変わっていくだろうか─。

排出量に応じて税金を?カーボンプライシングとは

商学部会計学科 村井 秀樹 教授

商学部会計学科 村井 秀樹 教授

改正法では、企業の温室効果ガス排出量がオープンデータ化される。CO²排出量削減のために企業はこれまでどういう取り組みをしてきたか、今後何が求められるかを村井秀樹教授に聞いた。

現在日本で検討されているのが「カーボンプライシング」である。CO²を排出した量に応じて金銭的なコストを負担してもらう仕組みだ。実は東京都や埼玉県ではすでにその一環として「排出量取引」が導入されている。

「1997年の京都議定書で排出量取引が認められました。たとえばA社は100t、B社は60tのCO²を排出するが、上限は80tに決まっている場合、A社がお金を出してB社に20tを移転させてもらう。それで両社が80tずつに収まります。総量は同じということになりますが、上限を毎年低くしていくことによって排出量を減らしていきます」

東京都がこの制度を実施したのは2010年で、自治体として始めたのは世界初。村井教授はその導入の制度設計に関わった。カーボンプライシングは税金という形を取ることもあり、炭素税などの名称で排出量に応じて課す税制が、いくつかの国で実施されている。日本では排出量取引を全国に広げるのか、炭素税のような形にするのかを含め、環境省や経済産業省で検討されている。

カーボンプライシングによって最も大きな影響を受ける業種に鉄鋼業がある。
国内のCO²排出量の15%ほどは鉄鋼業界により排出されている。国内排出量取引導入の際も、電力業界とともに鉄鋼業界からは大きな反対があった。

「駐車禁止の反則金がたとえば500円だったら、多くの人がそれを払ってでも停めると思います。それと同じで、低廉であればそれを払ってCO²を出し続ける企業も多いでしょう。逆に高くなれば、鉄鋼業は制限がゆるい国へリーケージ(国外移転)してしまい、かつて国を支えてきた産業が空洞化してしまう恐れがある。20年ぐらい前からそういう議論があります」

カーボンプライシングには経済界でも賛否両論があるが、排出量削減の大きな鍵を握っていることは間違いない。

企業だけでなく市民の家庭生活も変化する

CO²を排出しない業種も含めすべての企業が、温暖化を止めるための対応を求められており、すでに多くの企業が取り組んでいる。自動車業界でいえば、東京都は2030年までにガソリン車(乗用車)の販売をゼロにすると表明した。トヨタは2035年までに世界の自社工場のCO²排出量を実質ゼロにすると宣言している。住宅では太陽光発電設備を備え、省エネ機器を導入、耐熱・遮熱性能を高めたゼロエネルギーハウス(ZEH)が開発されている。洗濯機や冷蔵庫、クーラーなどの電化製品も、10年前の製品に比べ電気使用量が半分程度になっている。つまり企業だけでなく市民生活でも排出量削減につながる選択肢が広がっている。

一般のオフィスでも、センサーで人がいない部屋の照明や冷暖房を消すといった仕組みも導入されている。その他、コンビニエンスストアやカフェ、リース業界など、さまざまな産業領域でCO²を抑える技術が進んでいる例を村井教授は挙げた。

村井教授は企業の会計を専門としているが、こんな変化もあるという。
「企業は投資家や銀行向けに、財務報告だけでなく、気候変動の影響や災害などによるリスクにどう対処しているかを開示することが求められています。それらが財務に大きな影響を与えるし、リスクに対応していればチャンスもある。それも含め中長期的な視点で企業経営を考えなければいけない時代になっています」

2019年、神奈川県横須賀市における石炭火力発電所の建設計画に対し、パリ協定にも違反するなどとして住民が提訴し、融資を予定していた銀行にも質問状を送った。市民団体の活動も活発である。また、投資の世界ではESG投資が唱えられている。ESGは環境、社会、ガバナンスの頭文字を取ったもので、それらが整った企業に投資することだ。金融の側からも企業は対応を迫られている。

「これまでも多くの企業は温暖化対策に取り組んできていますが、掛け声だけでは進まない部分もありました。今回の改正法で法律に盛り込まれたことによって、企業は必死になって本気でやり始めた。一方で私たち一般市民も、気候の変化やさまざまな災害、環境の変化などで、温暖化対策が必要なことが分かってきた。人々の認識がようやく時代に追いついたと感じています」

 

*EVでライフスタイルが変わる
村井教授は昨年12月に、アメリカ製のEV(電気自動車)であるテスラを購入した。EV に乗ることで、ライフスタイルや考え方がガラリと変わったという。
「ダッシュボードには15インチぐらいのタッチパネルがあるだけで、スピードメーターもなく、他にもボタンなどはないんです。ワイパーやエアコンの操作もタッチパネルです。私は動くパソコンだと思っています」
フル充電時の走行距離は400キロ程度だが、充電できるスポットがディスプレイに表示され、どこが何台空いているかも分かるので、不安はないという。そして自動運転が想定され、高速道路での自動運転もすでにできるようになっている。
「これですべてが変わるぞと思いました。人々がガソリンスタンドに行く必要がなくなれば、スタンドがなくなって商業施設が建つかもしれない。自動運転が完全にできるようになれば、免許証は必要なのかという議論にもなります」
さらに、テスラ社は自動車だけではなく、家庭用蓄電池の分野でも世界の最先端を行っており、太陽光発電によって作った電気をため家庭で使うというシステムを提供している。
「それができれば、エネルギーの〝自産自消〟の時代が来ると確信しています」

<プロフィール>

商学部会計学科
村井 秀樹(むらい ひでき)教授

1962年香川県生まれ。本学商学部会計学科卒。同大学院で商学修士課程修了。86年に商学部会計学科副手となり、2004年から教授。会計学、経済政策が専門の研究分野で、再生可能エネルギー、地方創生、環境会計、排出量取引、原発のコストといったさまざまなテーマに取り組んでいる。環境経営学会副会長なども務める。