【研究者紹介】
フグの毒の役割を解明

生物資源科学部 糸井 史朗 准教授

研究
2019年10月31日

猛毒が種の生き残り戦略。米全国紙の報道で話題に

糸井准教授

生物資源科学部 糸井 史朗 准教授

小学生の時から熱帯魚や川魚を飼って楽しんだほか、クワガタムシ、カブトムシなどの昆虫類、さらに犬までもと、生来の生き物好き。そこから生物資源科学部の前身である農獣医学部へ入学した後、漠然とではあるが、将来はDNAを扱う分野に進みたいと考えた。

今や遺伝子検査等で話題の分野だが、DNAの遺伝情報から生物が進化してきた道筋を探求しようとする分子系統学は当時、ようやく普及し始めた先端の学問だった。

学科内で唯一DNA研究に関係していた研究室に所属した縁で、大学院は東京大学へ。そこでの5年間は、遺伝子分析の基礎的なことを含め、さまざまなことに幅広く挑戦させてもらい、それが現在に生きているという。

ムツの新種も発見

その成果の一つが「第3のムツを発見!」だった。
日本近海で捕れるムツ属魚類はムツとクロムツの2種類のみとされていたが、琉球列島近海で漁獲され持ち込まれた魚体をDNA解析したところ、3種類目が見つかったのである。

普段の食卓にのぼる魚で、新種が見つかる例はほとんどない。ムツの場合、他にアフリカに1種、カリブ海から米国にかけて1種と、世界的にも4種類のみが分布するとされてきただけに、今後も新種が発見される可能性が浮上。「資源管理の観点からも、新種の発見は世界的ニュース」と評価されるに至ったわけだ。

この話を発表したのが昨年で、同時に手掛けていたのは「フグは毒を何に使うのか?」だった。

フグが猛毒のテトロドトキシンを肝臓や卵巣に蓄えているのは有名だが、そこに至る仕組みが分からない。ただ海中には小さな貝やヒトデなどの毒をもっている生物がいて、フグはそれを食べて毒をためているようだ。

糸井准教授によると、毒は赤ちゃんフグの体表にもあって、ヒラメやメジナの稚魚がこれを食べても、すぐに吐き出してしまう。ところが毒のない養殖フグの赤ちゃんの場合は、そのまま飲み込まれてしまった。

そこからフグの毒は、わが子を外敵から守るために、天然の母親フグから与えられたと判明。しかも生態系の下位の生物を食べる食物連鎖だけではフグの毒の量を説明できないのでは、との指摘に応えるフグの毒化機構の一部始終を解き明かした。

これまでも漠然とは分かっていたが、フグの毒が種の保存のために使われていることを証明したのは、これが始めて。米国の全国紙「USAトゥデイ」でも取り上げられて、大きな話題となった。

地道な研究の積み重ね

糸井准教授とゼミ生

西表島沿岸を調査する糸井准教授とゼミ生ら

とはいえ研究に取りかかってから発表までには5年間の年月がかかった。産卵のため江の島にやってきたフグを捕まえ、卵をとって人工授精したのを育てて、実験に使う。その実験もフグの毒に反応する抗体を使っての実験に加え、個体をすりつぶして毒を採取した後、これを機器分析にかけるという地道な作業の繰り返しだ。

現在も月に1、2回は研究対象生物を採集するために、三浦海岸に通う。さらに4年前からは、毎年6月に長崎大学水産学部の練習船に乗り込ませてもらい、2週間をかけて琉球列島近海のフグ毒を保有する海洋生物資源調査にも取り組んでいる。

「息の長い研究だが、長くやっている分だけ、いろいろなものが見えてくるものなんですよ」

例えばトラフグの毒も、体長が大きくなるにつれ、皮の部分にあたる体表から次第に消えていく。引き続きそのタイミングがいつかを探って研究を続けているわけだ。

さらにフグが食べる扁形動物「ヒラムシ」の持つ毒素との関係やその生態解明も、文部科学省から科学研究費を得て続行中である。

実証こそが最優先されるという現場第一主義。日々の研究・教育に追われて、趣味だという大型バイクを駆ってのツーリングから、しばらく遠ざかっているのが心残りだそうだ。

生物資源科学部
糸井 史朗(いとい・しろう)准教授

平成10年本学農獣医学部水産学科卒。15年東京大大学院農学生命科学研究科博士後期課程修了。博士(農学)。
独立行政法人の水産総合研究センター中央水産研究所での研究の後、16年に本学の生物資源科学部助手。専任講師を経て、25年准教授。
日本水産学会、マリンバイオテクノロジー学会に所属。神奈川県出身。43歳。