【研究最前線】
観光教育と観光人材育成の推進を基軸に、幅広い観光マネジメントの実践的研究に邁進

国際関係学部 グローバル観光コース 宍戸 学 教授

研究
2019年11月27日

現在、急増するインバウンドや地方創生などが重要な課題となり、「観光まちづくり」に関する現場レベルの観光教育のニーズが高まっているという。また、2020年には東京オリンピック・パラリンピック、2025年には大阪万博などの開催によって、新しい観光ビジネスや幅広い来訪者に対応する実践的な観光人材の育成も待ったなしの状況だ。観光学を幅広い観点から追究し続ける宍戸教授の役割は、令和時代においてますます重要性を増している。

観光学への礎を築いた高校教員時代の取り組み

2018年の訪日外国人旅行者は3119万人に達し、政府は、2020年に4000万人、2030年には6000万人を目指しているという。少子高齢化やグローバル化が進む日本経済にとって、今や観光は有望な成長産業であり、それを支える観光人材の育成にはますます期待が高まっている。

宍戸教授が観光学に関心を抱いたのは高校時代の受験生の頃だった。好奇心旺盛で、人とは何か違うことに取り組んでみたい。そんなとき、同級生から知ったのが当時としてはまだ珍しかった観光学科(立教大学社会学部)の存在だったという。とはいえ、大学卒業後、高校教員となった宍戸教授にはその専門性をまだ生かす機会はなかった。ところが、4年目に転機が訪れる。北海道のニセコ高等学校で新しく観光コースを新設(1990年4月)するに当たって、宍戸教授に白羽の矢が立ったのである。

それにしても、なぜ高校で観光教育なのか?

それは、1987年、国民の自由時間の増大や生活様式の多様化に伴い、自然との触れ合い、健康の維持・増進、地域・世代を超えた交流等に対するニーズを背景に、「総合保養地域整備法」いわゆる「リゾート法」が制定されたことが大きな契機となったからだ。それに伴い、観光地にある高校では、地域の資源を活用しつつ、第3次産業を中心とした新たな地域振興策を見据え、いち早く観光教育に目を向け始めたからである。とはいえ、80年代後半から90年代における観光教育は、大学同様、高校においてもまだ緒に就いたばかり。各高校ともに試行錯誤を抱えながら手づくりで教材を作成していたのが現状だったという。

日本の観光教育の変遷

しかし、宍戸教授は決して手をこまねいていたわけではない。まず取り組んだのが、高校における観光教育の実態調査だ。

「調査してみると、商業科の先生が担当しているケースが最も多く、社会科や家庭科、あるいは英語科の先生が教えているケースもあるという状況でした。いずれの学校も苦労されているんだな、と改めて実感したものです」

そこで、このような現状を打破するため、現場の先生方をつなぐことによって情報を交換し、互いに知恵を出し合おうと研究会の立ち上げに奔走した。すると、高校における観光教育はもとより、ひいては大学・専門学校も含めた日本の観光教育、人材育成はどうあるべきかについても、もっと大所高所から取り組まなければならないと実感したという。そして、こうした地道な活動は、ニセコ高等学校で10年間、さらに北海道富良野緑峰高等学校で1年間、教壇に立ち続けたなかで次第に深化していった。

ここまでが、宍戸教授にとっての第1幕だ。

観光学は学際的領域にある学問分野
観光教育と観光人材育成に注力

宍戸 学 教授

国際関係学部グローバル観光コース 宍戸 学教授

本格的に観光学の研究に取り組む決意をした宍戸教授は、母校・立教大の大学院観光学研究科で学び、いよいよ第2幕のステージへと進む。

「ただ、2000年代に入ってもまだ、高等教育機関で観光学を学べるところは少なかったのが実情です。ところが、03年に当時の小泉内閣が観光立国宣言を行い、06年に観光基本法が観光立国推進基本法に全面改訂され、本法律において、観光は21世紀における日本の重要な政策の柱として初めて明確に位置付けられることになった。そして基本的施策として、国際競争力の高い魅力ある観光地の形成、観光産業の国際競争力の強化および観光の振興に寄与する人材の育成、国際観光の振興、観光旅行の促進のための環境の整備に必要な施策を講ずることになったのです。そういう意味では、観光学ならびに観光教育はようやくこの時点において自他ともに認める学問としてのスタートを切ったといえるでしょう」

それまでの観光教育の議論は、主として職業志向や手段的領域として論じられてきた。しかし、宍戸教授は「社会の観光現象との関わりのなかで観光教育の在り方を論じる必要がある」と指摘し、観光教育研究のパラダイム転換を示唆。高校教員時代から観光教育の在り方について熱心に取り組んできただけに、宍戸教授は、身近な地域学習や課題解決に観光の力を教育利用する方法にいち早く着目していたのだ。それは地域の観光振興や住民の学びなど、観光まちづくり教育と密接に関わっている、と。

「観光教育はまた、学校教育だけでなく、社会教育、生涯教育、家庭教育、企業内教育など、その機会と方法は実に多種多様。観光教育を論じる場合は、どの教育に対する問題であり、それを論じる目的は何か、実際の教育方法をどうするのか、さらにそれをどう評価するか等を明確にする必要があります。観光人材育成についても同様で、それは『専門人材がいない』『人手不足』などの現実的な問題意識から語られ、取り組み始められることが多い。しかし教育である以上は、明確な目的と方法、評価が必要です。そこが定まれば、必要な知識・技能が特定できる。これらの手続きをしっかりと行うことで観光人材育成の仕組みは決まるといえるでしょう」

ゼミで指導する宍戸教授。
観光教育の何たるかを存分に吸収できるまさに最前線だ

とはいえ、教育は常に難しいテーマであり、長い年月をかけて検討すべき問題が多い。当然、人材育成は短期的目標で場当たり的に行うものではなく、社会状況を分析し、進むべき方向性を明確にすることが大事。その上で、カリキュラムをつくり、時間をかけ、責任をもって行わなければならない。したがって、大学を含む教育機関の人材育成については、観光系の学部や学科の設置によりカリキュラムが編成されることで、研究対象もより明確となり、ある程度の持続した取り組みに対する議論が可能となるのだ。そういう意味では、「観光学そのものがいまだ体系化されておらず、まだまだ成長途上にある領域といえる」と宍戸教授はいう。

なぜなら、観光学というのはさまざまな学問分野にまたがる学際的領域だからでもある。

「純然たる観光学そのものがあるというより、それは社会学、経済学、心理学、地理学、工学など、あらゆる領域と密接に関わっていますからね。だからでしょう、一方では観光学はほかの領域からすべて借りているだけ……という見方もあります。むしろ、ほかの領域が観光に関心をもってアプローチしている、と。そういう意味では、観光学におけるプロパー研究者は決して多いとはいえないかもしれません」

それはある意味、演繹(えんえき)的手法か、それとも帰納的手法かの違いだろうか。その観点からいえば、宍戸教授の場合はまさに前者。プロパーとしての矜持を秘め、観光学を哲学的なテーマとして追いかけつつも、観光教育、観光人材育成を主領域に、それが日本の社会に役立つような学問、あるいは教育としていかにして位置付けていくか、あるいは現場に落とし込んでいくかについての研究に邁進しているのである。

広がりを見せる観光マネジメント
インバウンド、MICE、産業観光…

一方で、社会や経済が複雑化していくと、それに伴ってかつては想像もしなかったようなビジネスやサービスが生まれてくるもの。当然、観光のスタイルはもちろん、その周辺ビジネスも時代に応じたさまざまな変化に対応していかなければならない。これまで観光分野における学びというと、現場でのサービススキルやホスピタリティーに関するものが中心だったことは否めない。そこで、現在では新しい観光ビジネス領域――特に観光マネジメントに対する研究にも精力的に取り組んでいるという。ひいては、それが真に求められる人材育成にも結び付いてくるからである。果たして、それが宍戸教授にとって必然的に第3幕のステージとなってくる。

宍戸教授は、平成26~29年度に文部科学省の取り組み(「観光ビジネスフロンティア人材育成」事業)として、「インバウンド(訪日外国人旅行)」と「MICE(マイス)」を柱に新カリキュラムを開発し、入門テキストや指導書を作成した。また、学ぶ場所や時間を選ばない「eラーニング講座」や実践的学びを行うためにアクティブラーニングやPBL(問題解決型学習)に対応できる「ワークブック」を開発するなど、その教授・学習方法についても新機軸を打ち出している。

MICEとは、M= Meeting(企業の会議)、I= Incentive Travel (褒賞旅行)、C= Convention(政府や学会、協会などが開催する大型会議)、E= Exhibition / Event(展示会・見本市や文化・スポーツイベントなど)の四つの頭文字をとった造語。

「正直なところ、まだまだこの用語が一般的な認知度を獲得しているわけではありませんが、実は今まさに、日本が国を挙げて強化しようとしている分野なのです。これまで観光というと、名所やレジャー施設、あるいは温泉へと出かけるような〝遊び〞や〝レクリエーション〞的な部分が大きくクローズアップされてきました。
しかし、MICEのように、ビジネス目的で多くの人たちが国内外を行き来する事象も、広く観光学の領域として語られるようになってきています。その最たる例としてわかりやすいのが、オリンピック・パラリンピックでしょう。2020年に東京での開催が決定しましたが、チームJAPANで一丸となった誘致活動は、皆さんの記憶にも残っているのではないでしょうか。実はMICEの舞台裏でもオリンピックと同じような誘致競争が進められていて、多くの人がそれぞれの立場から誘致成功に向けて取り組んでいるのです。
ただ、その一方で、実際に日本のMICEを支える人材に目を向けると、まだまだ質量ともに足りていないのが現状。したがって、今はまだ新しい取り組みだと捉えられているかもしれませんが、MICEが観光を学ぶ者にとって、〝当たり前のキーワード〞となる日は、もうすぐそこまで来ています。今後、日本経済においても、MICEがより存在感を発揮することは間違いありません」

ゼミの調査で学生と共に、集合写真

ゼミの調査で学生と共に三重県四日市市へ。工場夜景を堪能した後、集合写真

MICEは、観光を学ぶ学生にとっても素晴らしい実践教育の場になっている。

「私たちは、関東近隣の約20の観光系大学とともに『日本学生観光連盟』という組織を立ち上げているのですが、連盟でも国際会議や大きなコンベンションの現場でお手伝いする機会が多くあります。実際の現場に立ち、ビジネスのエッセンスやダイナミズムを少しでも感じることで、彼らも学びへの意欲をより一層高めていると確信しています」

工場夜景

四日市市の工場夜景

このほか、宍戸教授は「産業観光」にもいち早く注目し活動している。例えば、京浜工業地帯中心としてわが国の産業経済の発展を支えてきた川崎市(神奈川県)。ここには国際的にも知名度の高い企業・工場が多数集積しているが、実は産業観光の魅力にもあふれているのだ。夜を迎えるとさまざまなプラントに作業用の明かりがともる夜景は、「工場夜景」として、今や老若男女に人気のスポットとなっているという。

11年2月には、川崎市において第1回全国工場夜景サミットが開催され、工場夜景を観光資源として活用する本格的な取り組みがスタート。宍戸教授はスタート段階からこの推進事業に関わっている。その後、工場夜景観光を核とした地域活性化を図ろうとする試みは、各地に広がり、現在では「日本11大工場夜景」となった。

「観光学はとても幅広く、無限の広がりがある。そういう意味では、魅力が満載の学問領域といえるでしょう。国際関係学部グローバル観光コースは、伊豆という観光の好立地にあり、グローバル志向の学生も多い。主領域である観光教育と観光人材育成を柱に、引き続き観光学の真の追究と普及に努めていきたいと思っています」

ところで、18年3月、文部科学省より学習指導要領の改訂が発表され、22 年に高等学校(商業科)で「観光ビジネス」が教科として新設されることが正式に決まった。それは、高校教員として観光教育の黎明(れいめい)期から活動してきた宍戸教授からすると、まさに画期的な出来事といっても過言ではないという。宍戸教授にとってその朗報は、さらなるステージへと続くより強固な礎となるのではないだろうか。

宍戸 学(ししど・まなぶ)
1964年埼玉県生まれ。立教大大学院観光学研究科博士課程前期課程修了(観光学修士)。
札幌国際大、横浜商科大を経て、2018年4月、本学に教授として着任。観光・ホスピタリティ教育を専門とし、学会や国・自治体、企業等との連携を通して、研究・教育・事業に取り組む。日本学生観光連盟顧問として、大学横断型の観光人材育成も行う。
現在の研究課題は「持続可能な訪日教育旅行誘致のためのプラットフォーム研究」(2017~2019年度科研費研究代表者)