我、プロとして

Vol.13 松本将史 氏【後編】株式会社 能水商店 代表取締役
(2001年生物資源科学部海洋生物資源科学科卒)

卒業生
2021年05月21日

日大の大島先生の徹底指導がなかったら
今の事業展開もなかったかもしれません

目指す「糸魚川版デュアルシステム」は完成形へと近づいていく。ただそこには、教育の延長であるがゆえの課題があった。事業を請け負う形で教員から経営者となった松本さんは、実社会に適応した有能な人材を育てるため、そもそものサケの一生の始まり、サケの捕獲採卵事業への本格的な参画を試みている。後編では、進化系「糸魚川版デュアルシステム」と実業家・松本さんの転機に迫る。

かつての教え子が社員に

全ての時間を「能水商店」に注ぎ込みはじめると、売上はさらに伸びた。メイン商品の「最後の一滴」の販売本数は2万7000本まで増えた。

原動力の一つは、松本さんを支える社員・パートの人たちの力だ。

相撲の強豪校・海洋高校ならではの「ごっつぁんカレー」も開発担当した石田さん

相撲の強豪校・海洋高校ならではの「ごっつぁんカレー」も開発担当した石田さん

入社3年目の開発担当・石田寿文さん(29歳)は、10年前に松本さんの教え子だった。

「海洋高校を卒業後、大手菓子メーカーで9年間、商品開発に携わっていましたが、社長(松本さん)が会社をやると聞いて、自分から誘って下さいとお願いしました(笑)。自分で開発した商品の反応がみられるって、とてもやりがいがあります。今は週に1回、海洋高校の3年生の課題学習をサポートしています」

石田さんが開発した商品は、「ごっつぁんカレー」と「最後の一滴(甘口)」。特に「最後の一滴(甘口)」は、消費者の声を反映した力作だそうだ。

「黒ラベル(「最後の一滴」)はお刺身に付けて食べてもいいんですけど、塩分濃度が高い分、抵抗感のあるお客様もいらっしゃると直接販売の際に感じたので、椎茸に含まれる旨味成分のグアニル酸を加えて、よりまろやかでお刺身や卵かけご飯などで召し上がって頂ける(甘口)を開発しました」

確かに、卵かけご飯で試食してみると、マイルドな旨味が卵とご飯にマッチして、食欲をそそる。消費者からの反応も上々だという。

現在、こうして少しずつ開発してきた商品も40種類まで広がった。今後は、こうした商品の販路を広げることに注力していくそうだ。

中でも全国展開するイオンモールでの定期的なブース販売の取り組みは、次第に収益の大きな部分を占めるまでになった。県内はもちろん、埼玉・越谷レイクタウンだとか、長野や群馬まで、イオンモールに海洋高校の生徒が来て販売するのを楽しみにするリピーターも増えてきた。

自社商品も売れ、「海洋高校」の認知度が上がり、生徒たちの職業体験となり、雇用も創出する。目指す「糸魚川版デュアルシステム」ができつつある。

より実習の時間を割くために

さらに、「糸魚川版デュアルシステム」を発展させるための構想がある。

「生徒たちは、今は週1日の実習ですが、本当は週に3~4日必要だと思っています。“体験”程度ではやりがいも感じられないし、仕事は連続しているもの。しかし、全日制の高校では制度的に限界がある。であれば、通信制課程を利用して、高校卒業を担保しながら、職業教育に十分な時間を充てる」

3~4日の職業教育の時間を確保できれば、関連する資格を取るための時間にも充てられる。もし、これが実現すれば、まさにドイツなどのデュアルシステム並みのボリュームのあるリアルな職業教育が実現する。

「(通信制高校の設立は)実は、ここ1年くらいずっと考えていて、対象者さえいれば、『能水商店』で受け入れる予定なんです」

例えば、トヨタ式などでも言われている「5S(整理・整頓・清潔・清掃・しつけ)を慣習化して身に付けさせるには、一定以上の反復作業をしないといけない。専門的な知識や技術の習得も大切だが、現場で基本とされる「5S」のような素養も、大人と生徒が共有するボリュームある時間さえあれば、教えることができる。

「(通信制高校に)入学した生徒たちがいずれ卒業し、社会に出て、活躍する姿を見せてくれたら、10年後には、全日制高校と同じ土俵で、選べる、選択してもらえる学校になると思います。職業教育の根本的な構造の改革、改善という意味では、こうした通信課程を取り入れるしかないと思っています」

「今、僕がやっていることは、全日制課程との連携でなんとか週1日を企業実習に充てている。クラブとしての活動は、もちろん週5日の外の話。これからの時代、週5日で完結するしくみが必要です。昭和の根性論は通用しませんので」

海洋高校だけでなく、日本の専門高等学校教育が抱える、課題にも見える。

本学で鍛えられたロジカルシンキング

「教職と経営、人生二度も楽しめていますね」と話す松本氏

「教職と経営、人生二度も楽しめていますね」(本人談)

「これができたら死んでも後悔しない」と、松本さんが笑いながら話すのが、サケの放流事業への本格的な参画だ。

サケを供給してくれる漁協があったからこそ、「能水商店」は商品を作ることができている。独立した3年前、教員時代にはなれなかった漁業協同組合の組合員になった。

しかし、サケの捕獲採卵事業に関わる組合員の平均年齢は70歳を超え、高齢化の波には逆らえない。であれば、松本さんたち「能水商店」の社員が担い手になれば良い。出した答えはシンプルだった。

「みぞれが降る時期に遡上してきたサケを捕まえて、こん棒で頭を叩いて、お腹を割いて、いくらと精子を混ぜてってことをする人がそのうちいなくなってしまう。であれば、早く私たちが、そこに従業員を配置できるくらい会社として体力をつければ、問題は解決する。ゆくゆくは、サケの稚魚放流をして、4年後に帰ってきたサケを全て魚醤として活用していけたなら、理想的な循環が生まれる」

サケの一生の最初から最後までに関わる。松本さんが掲げる産学官プロジェクトの正念場はこれからだ。

最後に、インタビュー中、終始、論理的に理路整然と語る松本さんに、その秘訣を聞いてみた。すると、こんな答えが返ってきた。

「日大で3年生から取り組んだ教職課程の「理科教育法」で、当時いらっしゃった大島海一先生が毎週A4一枚の作文課題を出し、ムダを省いた論理的な文章の書き方を徹底的に鍛えて下さった。先生の授業をパスするのは超難関で、大島先生に教わらなかったら、今の事業展開はなかったかもしれない。客観的・合理的な考え方を身に付けられたのが、一番ありがたかった。人生においては、大きな宝だな、と思います」

良き出会いを生かし教員となった第1の人生から、実業家としての第2の人生へ。「能水商店」と松本さんの歩みから、まだまだ目が離せそうもない。

<プロフィール>
松本将史(まつもと・まさふみ)

1978年12月12日、新潟県新潟市生まれ。2001年生物資源科学部海洋生物資源科学科卒。新潟県立巻高校時代は山岳部。本学では、サークル活動で漁業学学術研究部(漁研)に所属し、釣り好き仲間と全国を縦断。
本学卒業後、新潟県立海洋高校の水産教員として赴任。市場価値の低い産卵期サケを有効利用した魚醤「最後の一滴」を(一社)「能水会」(=海洋高校同窓会)として商品化。
2018年、16年間務めた海洋高校を退職し、自ら設立した(株)「能水商店」の代表取締役となる。ドイツ発祥の職業教育制度「デュアルシステム」をモデルとした「糸魚川版デュアルシステム」を考案し、自社で実践している。