我、プロとして

Vol.21 海野洋光 氏【後編】
海野建設株式会社 代表取締役(1986年工学部建築学科卒)

卒業生
2021年12月07日

建築で人を助ける

海野洋光氏が開発した中で特筆すべき製品が『スクエアパネル』だ。多くの被災地の助けとなるスクエアパネルは各方面から注目を集め、さまざまな賞を獲得している。仮設住宅が抱える問題を解決するスクエアパネルの効能とそれに込めた想い、そして海野氏の今後について語ってもらった。

仮設住宅

『人の生命と財産を守る建物が建築である』

建築に携わる者にとっての常識を東日本大震災で起きた津波が奪い去った。木造、鉄筋に関係なく建築が守ることができないという事実を知った海野氏は大きなショックを受け、ただむなしさを感じることしかできなかった。

さらに仮設住宅での話を耳にし、彼の心の中には靄がかかった。

東日本大震災だけでなく、災害が起こった際に建てられる仮設住宅の多くはローコストで工期が短い。避難所での生活を余儀なくされる人々にとって、この2点は重要な要素であり、仮設住宅への入居決定は、その時点では朗報と言えるだろう。

しかし鉄板のみで造られた家だ。壁は薄く、夏は暑く、冬は寒い、湿気がこもりやすいなど、不快感を伴う生活が被災者を待っている。

スクエアパネル工法で造られた事務所内。建築確認済証や検査済証も取得可能

スクエアパネル工法で造られた事務所内。建築確認済証や検査済証も取得可能

仮設住宅の設置は2年までと法律で定められている(東日本大震災の仮設住宅は特例で2年以上が認められている)。快適ではない家に住む期間としては短くはないが、それでも仮設住宅以外に選択肢がない人々がいるのが現実だ。

「仮設住宅というのは居住性や住環境というものを全く考えていないのです。しかもお金がなくて他に移るのが困難でも2年で更地にされてしまう。さらに取り壊された後の資材は産業廃棄物として捨てられる。いろいろな問題があるにもかかわらず、それを全て無視して建てられることに、僕はどうしても納得がいかなかったんです」

災害に遭い、困難に直面した人々が仮設住宅に住むことによってさらなる問題を抱えるという理不尽さ、彼らに対する配慮の欠如を海野氏は見過ごすことができなかった。そしてその想いがスクエアパネル工法を開発させることになる。

スクエアパネル工法

スクエアパネル工法について語る海野氏

スクエアパネル工法について語る海野氏

海野氏が考案したスクエアパネルは、物流に用いられるパレット(薄い板状の台)と同じ規格サイズの建設資材だ。『簡単』『格安』『快適』『環境』『強固』の五つをコンセプトに、仮設住宅に求められる機能を保ったまま内在する全ての問題を解決した。

スクエアパネル工法の最大の特徴はインパクトドライバーのみで施工が可能という点にあり、大工ならば1人でも家を建てることができる。実際に九州で豪雨災害に遭った地域では2人の大工が約2カ月で家を完成させた。

パネルの中には断熱材を入れており、熱さ、寒さ、騒音に悩まされることなく快適に過ごすことができる。役目を終えたら、物流パレットとして使用可能なため、ゴミになることがない。

「日本の建築基準法に則った建築確認済証や検査済証も取得可能なので、災害避難住宅として建てれば、仮設住宅の2年という法律に縛られません。もし被災者が引っ越すことになれば、村営住宅、町営住宅として使用することが可能です。通常の家と同じですから30~50年は快適に暮らせますよ」

スクエアパネルが造れるものは家だけではない。イス、テーブル、ベッド、物置、塀など、さまざまな物に姿を変えることができるのも強みだ。

令和3年度九州地方発明表彰式での海野氏

令和3年度九州地方発明表彰式での海野氏

あるイベント会社からはブースやステージとして利用したいと申し出があった。催事のないときには、ショッピングセンター内の倉庫で保管しているそうだ。そして仮に災害が起きた場合には、即席の避難所をスクエアパネルで造る意向だという。

「建設資材はどうしてもかさばってしまいますが、スクエアパネルはコンパクトで運搬や保管に困りません。普段使いもでき、用途もさまざまですから、全国の市町村やショッピングセンターに置いてもらえれば、災害時にスピーディーな対応が可能になります」

スクエアパネル工法は各方面から注目を集め、「にっぽんの宝物 JAPANグランプリ」「ウッドデザイン賞」「みたかビジネスプランコンテスト」「ちば起業家ビジネスプラン・コンペティション」「九州地方発明表彰」で受賞を果たした。

そしてさらなる普及を目指し、海野氏は防災イベントやワークショップを開催している。幅広い年齢層に対してインパクトドライバーの使い方、組み立て方などを伝えることが、災害時の力になると考えているからだ。

父の背中から学んだビジネス

海野氏が海野建設の社長に就任し、木を中心にした製品の開発を志してから22年という時が過ぎた。

これまでに開発したのは『弥良来杉』や『スクエアパネル工法』だけではない。

ホームページでのみ注文が可能な『鳥居専門店』では、木製鳥居の製作を行っている。

実は鳥居は宗教を超え、神道、仏教、米軍基地などさまざまな場所に存在する。神様の数だけ鳥居はあると言われ、海野建設では現在64種の製作が可能だ。

鳥居に興味を持ったのは日本大学新聞社在籍時のことで、神保町での古本屋巡りで知識を深めたことが役立った。

また、北海道大と共同研究した『組立和室』は、高度な技術を必要とせず、誰もが短時間で設置できる和室だ。

「北大と組んだのは北と南で杉を双方が送り合うことでその具合を知るという研究をするためです。双方の杉を送ることで運送システムを構築できましたし、研究段階から、販売システム、品質検証をすることができました」

この研究は株式会社内田洋行からの出資を受けた。その研究成果が15分で作ることができる『組立和室』で、2021年8月11日に三者で共同発表を行っている。

建築で人の役に立つと決意した大韓航空機撃墜事件から、その道を外れることなく進み続けた海野氏。ここまで建築に情熱を燃やし、さまざまなアイデアでいくつもの困難を打破できたのは父・巧氏の存在が大きい。

「父は大工で建設会社の社長でしたが、漁業、田んぼ、骨董品など、多くの副業をしていました。副業と言っていますが、全て一流レベルに達していますし、全ての仕事を楽しんでいましたね」

経理上、『弥良来杉』や『鳥居専門店』は兼業になる。巧氏は多くを語る人ではなく、海野氏に対し、直接指導することはあまりなかった。それでもその背中から学び、父をロールモデルとしてビジネスを展開したことが、海野氏の成功につながったのだ。

「今後もやりたいことはいろいろとありますが、大臣認定の取得やスクエアパネルでは僕には浮かばないアイデア、例えば防災以外でも利用することが可能だと考えています。何か思いついた方には連絡をしてもらいたいですし、研究をしたいという方がいたらお問い合わせいただきたいです」

スクエアパネル工法は海野建設が特許を持つが、それはビジネス的な視点で考えたのではない。構造としては単純なため、コンプライアンスの管理と他人に特許を取得され、海野氏が利用できなくなることを防ぐためだ。

建築で人を助ける、この想いが海野氏の中から消えることはなく、彼の意志を引き継ぐ者たちによって、きっと未来永劫続くことだろう。『木』を中心とした彼のビジネスから今後も目が離せない。

<プロフィール>
海野洋光(うみの・ひろみつ)

1963年4月21日生まれ。1986年工学部建築学科卒。宮崎県出身。
本学卒業後、青年海外協力隊としてザンビア工科大学建設学部専任講師。帰国後、6年間の工務店勤務、海野建設の専務取締役を経て代表取締役に就任。木材製品の開発に努め、弥良来杉、木製鳥居、スクエアパネル工法などで注目を集める。2014年軽トラ屋台でグッドデザイン賞と中小企業庁長官賞を受賞。建築・土木一級施工管理技士。

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