我、プロとして

Vol.23 齊藤ももこ 氏【前編】一般社団法人daidai 代表
(2013年生物資源科学部獣医学科卒)

卒業生
2021年12月16日

野生動物を追いかけ対馬へ移住、行動が地域の人々を変えていく

長崎県・対馬。羽田空港から福岡空港へ2時間、福岡空港から35分で対馬やまねこ空港に到着する。九州と朝鮮半島の中間に位置し、大陸からの文化や外交の拠点、経由地として栄えた。日本の島では佐渡島、奄美大島に次ぐ3番目の大きさの地。

空港から車で20分、島南部の厳原町が今回の舞台となる。背後には山の緑、眼前に広がる澄みきった青の海が織りなすツートンカラーが対馬の魅力で肝となる。この地の出身ではなく、あるきっかけを機に移住してきたのが今回お届けする齊藤氏。

なぜ、対馬に?という疑問と、何に取り組み何を目指しているのか。野生動物、就職をキーワードに齊藤氏に迫る。

対馬に出会ったきっかけ

福岡県出身の齊藤氏。父の仕事の関係で転勤族。中学校まで福岡、高校時代は広島で過ごした。福岡にいた当時「どうやって行くかも知らなかった」という対馬に初めて訪れたのは、大学2年生の時だった。

生物資源科学部獣医学科に進学した齊藤氏はもともと野生動物に興味があり、全国の野生動物の問題を扱う授業を受けていたら、対馬の固有種・ツシマヤマネコが取り上げられた。

「動物が好きで『獣医になればいいんじゃない』と言われ、日大の獣医学科に入りました。実際に獣医さんが何をするのかしっかり調べていたわけではなく、漠然と獣医として活動したいと思い入学して授業を受けてみると、骨の名前、血管の位置といった解剖学や病理学の授業が多く、『これが本当にやりたいことだったのかな』と思うようになっていました」

そんな折に取り上げられた対馬の野生動物。そして環境省のインターンシップが同地で行われることを知った。

こうして、島の大きさが南北82㎞、東西18km、北端から韓国まで直線距離で49.5km、山林が面積の89%を占め、対馬海流により恵まれた漁場の海に囲まれた対馬に初めて足を踏み入れることになる。

インターンシップから暇さえあれば対馬へ

屈託のない笑顔が印象的な齊藤氏

屈託のない笑顔が印象的な齊藤氏

昔から自然と触れ合うのが好きだった。

「動物園のふれあい広場は誰よりも積極的に触りにいっていました」

大学の進路選択も動物に関わりたい、という一心だった。
そして飛び込んだ対馬でのインターンシップ。当時は、環境省の施設の2階に宿泊棟があり、シャワーも台所もあり自炊して、2週間寝泊りをした(現在は不可)。獣医を目指す学生も動物資源を専攻する学生もいる共同生活。その後も時間を見つけては、毎年夏休み、冬休み、時には春休みも対馬に足を運んだ。 

「周囲からインターンフリークだと言われるほど、いろんなところに行って勉強させてもらえるのが楽しくて。大学の勉強はもちろんですが現場に行かないと分からないことがたくさんあって、日ごろはアルバイトをして休みを使ってインターンに行って、その合間に対馬に来ていました」

実家に帰るより対馬へ行っていたという。

対馬で出会った動物に対する「憎しみ」

捕獲された猪(写真提供:志鎌康平氏)

捕獲された猪(写真提供:志鎌康平氏)

対馬へのインターンシップを機に、行動派となった齊藤氏。
そこで出会ったのは、想像もしていなかった「人間の感情」だった。

地元の農家の方が「ヤマネコなんてどうでもいいんだ。猪、鹿の方が多いから憎くてしょうがない。人間が食べるはずの野菜を食べられる。それなのになんでヤマネコを守ることばかり気を遣って、自分たちの生活はどうなるんだ」と怒りが爆発する場面を目の当たりにした。

ショックだった。

「周りの動物好きな人たちも、守りたい、助けたい、という気持ちが強く、私自身も当時は救護や保全というキーワードで対馬に来ていました。減って困る動物もいれば、増えすぎて困る動物もいることを知りました。そこに人間の憎しみの感情がある。強烈に動物が嫌い、憎いという感情を持った人、むき出しの人に出会ったのが初めてだったのですごいショックを受けました。転機かもしれないです」

実際に起きている問題は、固有種の保護もさることながら、より実生活に影響を及ぼす獣害だった。なんと対馬では年間、シカ約8,200頭、イノシシ約5,400頭(2019年度)が有害だとして捕獲されている。自治体も捕獲に報奨金を出すなど取り組んでいるが、それでも農作物への被害は変わらない現状を知った。

対馬の海の玄関口・厳原港。海の幸の宝庫だ

対馬の海の玄関口・厳原港。海の幸の宝庫だ

「同じ世界の中だけにいては気付けなかったこと、動物を好きではない人の方が多く成り立っている世の中で、『私は全然見えていなかった』と実感しました」

そこから齊藤氏の中で「どうやったら憎いという感情がなく、みんなが困らずに、動物が好きな人も嫌いな人も、関心がない人も、困らなくて生きていけるんだろう」という考えが芽生えた。

気が付けば大学6年生になっていた。周囲が動物病院などへの進路を決める一方、悩みに悩んでいた。研究の道を探し出したがそこに進むべきか、締切最終日まで迷っていた。

そこに届いた一通のメール。絶妙なタイミングの知らせが、現在まで9年の移住につながる。中編ではその過程を振り返る。

<プロフィール>
齊藤ももこ(さいとう・ももこ)

福岡県北九州市出身、転勤族の家庭で高校時代は広島で過ごす。2013年生物資源科学部獣医学科卒。大学時代は、獣医臨床繁殖サークルと野生動物医学会日大支部に所属し、授業でインターンシップをきっかけに全国で野生動物の現状に触れる。2013年3月に卒業後、対馬の地域おこし協力隊で3年間勤務。2016年に一般社団法人daidaiを立ち上げ、対馬の獣害に取り組む。