理工学部「マイクロデザイン 内木場・金子研究室」
2018年、本学が目指す独創的なロボットシステムの実現に向けて立ち上がったのが、NUROS(Nihon University Robotics Society)だ。
理工学部、生産工学部、工学部の本学理工系の3学部が連携し、ロボティクス関連研究者を集めたプラットフォームである。一つの学部だけでは対応できないロボットに関する学問、研究、応用をさらに強化していく狙いを持って活動がスタートした。
小さなロボットの研究は夢だと内木場文男教授。幼いころに見た映画がマイクロロボット研究への道の第一歩だった
NUROSは、将来的に医学、歯学、農学、芸術など、あらゆる分野において活躍できる研究開発から実装までを一貫して行える組織として立ち上がった。例えば、遠隔作業支援移動ロボットの研究開発。ロボットとセンサー、ネットワークを利用し、作業の効率化を目指す研究だ。ブレインマシンインターフェースの研究では、脳波を用いてロボットの動作制御を行えるようにしたり、脳波測定装置と双腕ロボットとを連携し、人間の動作と連動させたりする研究を進めている。
そして、人工ニューラルネットワークICという研究では、運動神経をアナログ回路で再現し、能動的な制御を行うロボットの開発や、IC化によって小型ロボットへの搭載を実現させる研究が進められている。
NUROSの代表を務めているのは、本学理工学部精密機械工学科で、電気・電子・マイクロマシン系の研究を進めるマイクロデザイン研究室の内木場文男教授だ。
右から内木場教授、金子美泉助教、粟飯原萌助手
マイクロデザイン研究室では、内木場教授と、金子美泉助教、粟飯原萌助手を中心に、マイクロロボットの研究を主に行っている。6本脚を持つミリサイズのロボットを製作、組み立てるのと同時に、そのマイクロロボットが生物のように自ら考えて行動するための制御システムとしての人工脳の研究も進める。
その小型化の技術を支えるのが、半導体ICを作る微細工程を適用した高機能MEMSデバイスの活用だ。つまり、ロボットを小型化するには、そもそもの素材を小型化する必要があり、単に制御システムだけを小型化すればいいというわけではない。小さな素材を正確に加工する技術、それに耐えられる素材の選定、組み立ても行わなければならない。それも含めて、一口にマイクロロボットと言っても、研究範囲は多岐にわたる。
また、ゲームに関するシステムの研究も進めている。これはシリアスゲームと呼ばれ、繰り返し行わなければならない単調な作業や勉強に面白さを持たせ、興味を呼び起こし、継続する力を促してくれるものだ。小さなものから大きなものまで、包括してロボットとシステムに関する研究を続けているのが、この内木場・金子研究室なのだ。
内木場・金子研究室で研究を進めているマイクロロボット。サイズはそれぞれ4、5㍉程度
木場・金子研究室をはじめ、本学には30人以上の研究者がロボットに関わる研究を続けている。しかし、それらが組織的に連携していたか、というと必ずしもそうではなかった。
本学本部では、研究委員会という本学の研究全般を担当している部門がある。各学部から研究委員が選抜され、研究担当の副学長が研究委員長となり、それに研究推進部が参加して運営している。
2018年当時、「同じロボットに関する研究をするのならば、個々に研究を進めるのではなく、連携を取ってみたらどうか。何とかそれらを有機的に結び付けることができれば、今よりもさらにロボット研究が加速するのではないか。さらに大きなプロジェクトを推進することができるのではないか」。そう考えた研究推進部と研究委員会メンバーによって、本学で実施されているロボット関係の研究を連携したらどうか、というアイデアが発案された。
例えば、工学系3学部が研究開発を推進、医歯薬生物にスポーツ科学系学部がユーザー評価、芸術・人文・社会科学系学部がマーケティング、商品開発、知財権、コンプライアンスなど、それぞれの強みを生かすことができれば、単に研究を進めるだけではなく、本学内で研究開発、実践実行、評価、改善、さらに研究開発というサイクルを加速化させることができる。
そこで、落合実・研究担当副学長(当時)、柿崎隆夫・理工学部上席客員研究員の働き掛けを受け、また、岡田章・理工学部長(当時)の支援の下、内木場教授が各研究室に声掛けをして、最初は理工学部、生産工学部、工学部、それに人文系の学部を加えて、関係学部のロボット研究者の連携組織であるNUROSが立ち上がったのだ。
本学一体となってオール日大でロボット研究に取り組めば、ロボットの研究開発から製品、市場普及まで全てサポートすることができる。これこそが、NUROSの目指すところだ。
満を持して開催された日本大学ロボティクスソサエティ NUROS設立シンポジウム
2019年3月、学部連携シンポジウム「日本大学ロボティクスソサエティ NUROS設立シンポジウム」が開催された。
シンポジウムには多数の参加があり、MEMSとナノテクノロジーを基盤としたロボティクスに関する研究を行う名古屋大学の新井史人教授(現東京大学大学院工学系研究科機械工学専攻教授)や、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構ロボット・AI部長の弓取修二氏、当時産業技術総合研究所の研究員で伸縮式アームの協働ロボットの開発・販売を行っていたライフロボティクス創業者の尹祐根氏といった、最先端のロボット研究に携わる方々による基調講演が行われ、NUROSのプロジェクトは華々しいスタートを切った。
だが、翌年には新型コロナウイルス感染拡大を受け、多くのプロジェクトと同様、NUROSも影響を受けることとなった。
そうした中でも、NUROSの取り組みに興味を持ったのが、現本学医学部長の後藤田卓志教授だった。青木義男理工学部長が間に入り、人の命を救う、人の健康を守るために、医工連携というテーマにおいてNUROSと共同研究を行うこととなった。
現在は命を守るための研究として、大きく四つのテーマが掲げられている。一つが、大腸内自走マイクロロボットである。今後、大腸がんががん患者の中で最も多くなると予想されている。そこで、身体に負担を強いる内視鏡に代わり、大腸内を自由に移動し、検査などを自在に実施できるマイクロロボットの実現を目指している。
また、病気の種類によっては、精密検査の前に疑われる病気の症状分かるものもある。その初診の簡略化に向けたAI活用による遠隔医療システムの開発、実際に手術を担当する医師の意見をもとにした、細かい作業が必要となる手術ツールの開発、患者に対して負担の少ない手術を目指した手術助手ロボットの開発などを行っている。
体内で活動するロボットにするには、小型化は必須である。そして、ただ小型化するにとどまらず、ロボットの活躍の場が増えたことによって、今まで以上に柔軟な制御や機構を備えたロボットが必要になってきた。
そこで研究が進められているのが、マイクロ脊髄チップだ。脳とは独立して感覚を受け取り、反射運動のために信号を発すると同時に、脳への信号伝達を行う脊髄の動きをIC化することによって、マイクロ脊髄チップの小型化に成功したのである。これを長さ5mm、幅4.6mm、高さ6.4mmの小型ロボットに搭載することで、マイクロロボットに歩行という動作を行わせることができるようになった。人の体内において自走し、活動するロボット実現への大きな一歩を踏み出したのだ。まさに医工連携の成果の一つだ。
マイクロ機能デバイス研究センター内にあるクリーンルーム
さらに発電機の小型化にも成功している。沸点の低い冷媒を活用することによって体温程度の熱でもタービンを回すことができるようになれば、まさに電源を乗せて半永久的に活動できるマイクロロボットの実現も可能になる。なんとも夢のある研究ではないか。
このマイクロロボットも、MRMS技術を活用して作られており、本学理工学部船橋キャンパスにあるマイクロ機能デバイス研究センターの高精度のクリーンルームで開発されている。マイクロ機能デバイス研究センターは、文部科学省私立大学学術研究高度化推進事業の一環である、学術フロンティア推進事業に「マイクロ機械/知能エレクトロニクス集積化技術の総合研究」を提案し採択されたことによって、2005年に完成された。このマイクロ機能デバイス研究センターが、理工学部精密機械工学科の研究、発展を支え続けてきたことは間違いない。
NUAIS(日本大学人工知能ソサエティ)設立時のシンポジウム
今年3月、その未来をさらに加速させる可能性を持った、日本大学人工知能ソサエティ・NUAIS(Nihon University AI Society)が設立された。このNUAISによって、今後はAIとロボットの融合が一層進むことは間違いない。それも本学が持つ多様性、さまざまな人材がいてこそのもの。各々の研究室の持つ得手不得手を掛け合わせ、補い合い、研究を深めていく。NUROS、NUAISは、まさに本学ならではのプロジェクトだ。
その一端を担う内木場・金子研究室は、今まででは作業が困難であった空間での活動が可能になるような、生物を模倣したロボットの小型化へ今後はさらに力を注いでいく。
内木場 文男教授
――内木場教授は研究テーマとして、ロボットと医療の融合を掲げていらっしゃいます。そのテーマを掲げた理由、進めてこられた研究、またその成果についてお聞かせください。
「昔、『ミクロの決死圏』という映画がありました。人間とともに潜航艇が小型化して、患者の体内に入り込み医師が患部を治療するというものでした。その映画を見て、物体が小型化するというのはすごいな、と漠然と思ったところが、私の研究のスタートでした。人を小さくするということは未だ夢物語ですが、体内を移動して患部に到達するということは、MEMSという新しいテクノロジーが登場して可能になりました。そこで私たちはMEMSの技術を使うことで、全長5mmで移動するマイクロロボットを作ることができました。
マイクロロボットには工夫があって、独自の人工脊髄ICチップを開発して搭載をしています。普通のロボットはPCなどに入っているマイクロプロセッサにソフトウエアを組み合わせるのですが、大きすぎて適用できません。なので、小さなICチップを作りました。このICチップは生体の神経回路網を電子回路で人工的に作って運動神経をつかさどる脊髄の機能を発現しています」
――金子助教、粟飯原助手とともに進められている研究について教えてください。
「金子助教にはハード面を主に担当してもらっていて、粟飯原助手にはシステムを担当してもらっています。ハード面でいえば、MEMS技術を使った小型の発電機の開発が金子助教によって進められています。タービンをどう回すかですが、それもMEMSによってさまざまな部品を小型化できたことで実現できたものです。
粟飯原助手は、医学部と連携したゲーム要素を取り入れたシステムの開発を進めています。世の中の課題解決をゲームの技術で行う、というものです。今は、医学部の学生が受けるCBTという試験の勉強にゲームシステムを応用するという取り組みに携わってくれています。
私たちが取り組んでいる研究には終わりがないかもしれません。でも、その分大きな夢が広がっているということですし、その夢を実現できる研究に携われているのは幸せですね」