「2026年度日本大学進学ガイド」
インタビュー

自然災害にも,農業にも。
効率良くデータを収集し解析する
リモートセンシングで課題に挑む

経済学部 経済学科 専任講師

田中 圭

PROFILE

2007年日本大学大学院理工学研究科地理学専攻修了。日本地図センター地図研究所で主幹研究員,文部科学省非常災害対応センター(現:原子力規制庁)技術参与を経て,2021年より現職。自然地理学を専門とし,リモートセンシングによる環境モニタリングをテーマにさまざまな技術を活用した地域課題の解決を図るための研究を行う。日本地図学会常任委員。

水害の状況を記録し,各エリアのリスクを可視化

「地理」というと暗記科目と思われるかもしれませんが,本来の地理学はさまざまな現象を空間的な視点から科学的に捉えようとする学問であり,私たちの生活にも深く関わっています。例えば,大地震が発生し,狭い範囲で被害に差が出た場合,過去の地形図を調べると地盤の違いによるものだと分かることもあります。私の専門である自然地理学は,このように自然環境を多角的に捉え,表面的な現象だけでなく,隠れた要因を明らかにし,地域の課題解決に貢献する分野です。

自然地理学では,自然環境を把握するためにリモートセンシングという技術を活用しています。リモートセンシングとは,人工衛星による地球観測のように,遠く離れた場所から対象物の形状や性質を観測する技術のことです。近年,特に注目されているのがドローンを使ったリモートセンシングです。ドローンは,さまざまな社会課題を解決する可能性を秘めたツールとして,その有用性が高く評価されています。例えば,近年多発している豪雨による浸水被害の把握において,ドローンは非常に有効です。被災直後で人が立ち入ることが困難なエリアでも,ドローンで撮影した画像を解析することで,被害状況を高精度かつ迅速に把握することができます。

令和元年東日本台風の記録的な豪雨は,私の自宅を含む地域一帯に甚大な被害をもたらしました。その時,私が強く感じたのは,「この災害の記憶を未来に残したい」という思いでした。そこで,ドローンの空撮画像から,浸水範囲や浸水深を解析し,被害状況を記録に残すことを試みました。具体的には,まずドローンで漂流物の到達地点を撮影し,漂流物の堆積状況から最大浸水時の高さを割り出します。次に,その数値と地盤の高さを差分することで,浸水深を算出することができます。この作業をさまざまな場所で繰り返し,得られたデータを可視化することで広範囲の浸水状況を一目で把握できるマップを作成しました。災害は時間が経つにつれて,痕跡は薄れ,被害の実態を把握することが困難になります。しかし,このドローンによる計測データがあれば,行政機関による被害認定もスムーズに進むかもしれません。さらに,浸水リスクの高いエリアを可視化することで,住民一人ひとりが災害への備えを強化し,適切な避難行動に繋げられると期待しています。地球温暖化や都市開発が進む現代において,今後,同様の災害がさらに激甚化する可能性も否定できません。だからこそ,私たちは過去の災害から学び,自分たちの住む地域のリスクを正しく理解しておく必要があるのではないでしょうか。ドローンによる災害記録は,そのための有効な手段の一つだと考えています。

農作業の効率化や生産性,品質の向上を実現

リモートセンシング技術の農業分野への応用が急速に進んでいる中,私のゼミではドローンを用いた水稲の生育状況の解析を行い,データに基づいた精密な栽培管理による生産の効率化・高品質化,いわゆるスマート農業の実現に向けたテーマにも取り組んでいます。私自身,大学教員であると同時に,家族で米作りを営んでおり,研究対象として自家のほ場の一部を活用しています。

我が家では,10年以上にわたり水稲栽培にドローンを活用し,スマート農業を実践しています。例えば,地面に凹凸があると水深にばらつきが生じて,水稲の生育ムラが生じてしまいます。そこで,ドローンに搭載した高精度カメラで撮影した画像データから,地面の凹凸が詳細にわかるマップ(センチメートル単位)を作成します。このマップを基に,トラクターで土を移動させたり,手作業で細部を調整したりすることで,水田の均平性を高め,水管理を最適化し,安定した水稲の生育を実現しています。

以前は,経験や勘に頼って肥料を散布していたため,肥料が必要ない生育の良い箇所にまで過剰に与えてしまい,結果的に米の食味が低下するだけでなく,環境負荷の視点からも課題がありました。現在では,ドローンに搭載した農業用特殊カメラ(マルチスペクトルカメラ)で撮影した画像データを解析することで,ほ場内の生育状況を詳細に把握し,生育の悪い箇所にのみ追肥を行うことができます。この技術により,米の品質を均一に保ちながら,肥料の使用量を大幅に削減することで,環境負荷の低減にも貢献することができています。

さらに,水稲サンプルから得られた収量データと生育状況の画像データを組み合わせることで,収穫の一ヶ月前にはほ場全体の収量を高精度に予測することが可能です。この予測システムの確立には数年を要しましたが,データの蓄積によって現在では誤差の少ない予測を実現しています。その他にも,施肥の最適時期の算出,倒伏リスクの診断,食味に関わるタンパク質含有量の推定にもドローンを活用しています。毎年の測定結果と作業記録に基づき課題を抽出し,翌年の改善策に繋げるPDCAサイクルを確立することで,生産性と品質を着実に向上させてきました。具体的な成果として,初年度と比較して収量は約50%増加させることができました。これらの技術を自家のほ場で実践していることが,私の強みでもあると考えています。

ゼミでは,学生が農業の生産から販売までの一連の流れを体験し,経済活動における実践的な知識とスキルを習得できるよう,栽培技術だけでなく,収穫した米の販路開拓や価格交渉も指導しています。学生たちは,これらの経験を通じて,市場の動向や消費者ニーズを理解し,自ら考え行動する力を養っています。その結果,就職活動において「経済学部で農業分野における実践的な経験を通じて,経済活動を学んだ」とアピールし,高く評価され,農業関連企業へ就職した卒業生もいます。

新たな技術とデータを活用してよりよい未来へ

水害についていえば,浸水状況を可視化したマップを作成することで,危険度の高い地域を特定し,科学的根拠に基づいた対策を講じることが可能になります。例えば,浸水シミュレーションの結果をマップ上に表示することで,浸水深や浸水範囲を面的に把握できます。この情報は,限られた数の排水ポンプ車を効率的に配置するための判断材料や,居住地域ごとの避難タイミングの目安として活用できます。また,3次元モデルを作成することで,VR(仮想現実)環境で浸水状況を体験的に理解することができます。高齢者や避難行動要支援者の方々も,浸水リスクをより身近に感じ,具体的な避難計画を立てやすくなります。これらの技術は,比較的導入が容易であり,自治体職員や地域住民が主体的に活用することで,地域防災力の向上に貢献できると考えています。

農業分野においては,人手不足・高齢化が進行しており,省力化と高品質生産を両立するスマート農業の導入が不可欠です。新たなスマート農業技術を積極的に習得し,実践に活用できる若手農業従事者が増加すれば,スマート農業の普及が加速していくでしょう。私自身は,ドローンを用いた水稲栽培で得られた知見を,各地の気候や土壌特性に合わせて応用できるような技術交流ネットワークの構築を取り組みたいです。

最後に,リモートセンシング技術の普及に伴い,誰もが容易にデータ分析を活用できる時代が到来しています。その技術と蓄積されたデータを上手に活用し,よりよい社会の仕組みづくりを担う人材を経済学部から輩出できるよう,今後も学部での学びを充実させたいと考えています。


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