
「2026年度日本大学進学ガイド」
インタビュー
AIを駆使して病気を⾒逃さずに検出。
技術の⼒で医療のレベルを底上げし,健康が当たり前の社会にする
生産工学部 マネジメント工学科 教授
豊谷 純
PROFILE
1998年日本大学大学院生産工学研究科数理工学専攻修了 。テクノバン株式会社での勤務を経て,2007年に日本大学生産工学部マネジメント工学科助教就任。2015年より現職。経営や環境,医療,社会基盤など幅広い分野におけるAI・データサイエンスの利活用の方法を研究している。2024年より日本情報ディレクトリ学会会長を務める。
医学部と連携して医療現場のニーズにAI・データサイエンスで応える

私は現在,医学部教員との共同研究により,医療現場で役立つさまざまなAIシステムの開発に取り組んでいます。日本大学には日本大学病院,日本大学医学部附属板橋病院という2つの病院があり,医療とAI・データサイエンスの連携を推進する上で最適な環境です。多くの医師が日々患者さんと向き合う中でよりよい医療を目指し,蓄積してきた豊富なデータが,現場のニーズに応える研究開発のベースになっています。
このように異なる分野の研究者が力を結集し,社会に求められる技術を生み出そうという動きが盛んなのは,多彩な学部からなる日本大学の特長です。『医工連携シンポジウム』もその1つで,医歯薬系や理工系などの研究者が集まり,それぞれの研究成果を持ち寄って学部の壁を超えた連携を模索する場となっています。私はこのシンポジウムの実行委員長を務めている関係で医学部との接点を持ちました。私の研究発表を聞いた医学部教員から相談を持ちかけられ,新たなテーマで研究が始まることもあれば,「こういう画像データがあるとこんなこともできますよ」とお話しすると機会をみてデータを集めてくださり,研究が広がっていくケースもあります。

こうして始まったのが,内視鏡カメラの画像から胃がん腹膜転移を⾃動検出するシステムの開発です。内視鏡検査の画像とそれに対するベテラン医師の診断結果のデータを数多く用意し,「この画像は陽性」「この画像は陰性」と覚え込ませると,AIが瞬時に同じ判断ができるようになるというものです。内視鏡検査装置に搭載すれば,撮影と同時に解析して画面上に結果が表示されるため,安定的にサポートしてくれる医師がもう1人常に近くにいるようなイメージで検査を実施できます。担当医師とAIのダブルチェックによって,経験値の差による診断のブレや,医師の疲労によるケアレスミスの防止にもつながるでしょう。
AIにこうした学習をさせるには,胃がんの検出であれば胃内視鏡検査のデータが大量に必要ですが,十分なデータを保有している研究機関は限られています。より精度の高いAIシステムをつくるには,適切な医療データの集積がなにより重要なのです。
地域活性化に向けた取り組みが実践的な学びの場に

医療以外の分野では,AI・データサイエンスをマーケティングや店舗運営に生かす取り組みを進めています。例えば近隣のパン屋では,店頭にコンピュータを設置して店の前を通る人の数を性別,年齢などとともに自動でカウントし,より確実性の高い販売予測を目指しているところです。天気予報は既にマーケティングに広く活用されていますが,売れ行きに影響を及ぼす要素として通行人数のデータ分析を行っている事例はまだ少ないので,新たな取り組みとして着手しました。得られたデータに天気や気温などを加味して高精度に販売数を予測できれば,パンの製造個数の過不足が抑えられ,販売機会を逃したり食品ロスを生んだりする状況を改善できるでしょう。なお,通行人の性別などの識別については多くの人の顔写真を用意し,事前にAIに学習させました。24時間365日計測しているとどの時間帯にどんな人が多く通るのかという傾向が分かるので,より来店客の好みに合った商品提供も可能になります。
このように近隣の商店と関わりを持つきっかけとなったのは,地元に活気を取り戻したいと考え企画した「習志野ラーメンカーニバル」です。生産工学部キャンパスの周辺はラーメン激戦区でもあるので,ラーメンイベントを開催すれば人を呼び込みやすいのではと思い立ちました。このイベントを後援していただいたのが縁で商工会議所とお付き合いが始まり,地域との交流が生まれたのです。
ラーメンカーニバルでは学生がホームページを作り,アクセス数の変化を見ながらSNSで情報を発信しています。多くの人に来てもらうにはどんな写真を撮り,どんなハッシュタグをつけてどんなメッセージを作ればよいのかなど考えなければならないことがたくさんあり,学生にとってはマーケティングを実践的に学べる絶好の機会になっています。
AIの力を借りて企業にも人にもやさしい社会を目指す

私の研究室では実際に社会で役立つテーマを扱っているので,学生たちも楽しみながら研究に取り組んでいるようです。仕事の現場でプラスになりそうな研究事例を研究室のホームページに掲載しているので,関心を持つ企業から問い合わせを多くいただいています。企業とつながりができて,サンプル的な研究が本格的な研究に発展していく過程も体験できます。
私はもともとコンピュータのシステムを作る会社に勤務しており,新規事業に携わる中で顧客ニーズを探り,方向性を見出してきた経験から,マーケティングや経営に興味を抱くようになりました。マネジメント工学は,企業で培ったシステムを作る技術とマーケティングの知識の両方が生かせる分野で,近年はAIの活用によって可能性がさらに広がっています。「こういうものが欲しいな」という働く人の思いに応えるものづくりを,私自身も楽しんでいます。
経営の現場では,同じ状況でも人によって判断が異なるケースがよくありますが,AIは統一性のあるデータを学習しないと正しい判断ができません。私はこうしたAIの弱点も考慮しつつ,ユーザーの要望に沿った使いやすいAIシステムの開発に努めています。また使う人がAIの特徴を理解し,うまく活用できるようにするためのサポートも大切なプロセスの1つです。企業や医療の現場でAIを役立ててもらい,喜んでもらえることが研究の原動力になっています。
「将来的にAIが人間の仕事を奪う」ともいわれますが,私の考えではAIはあくまでもアシスタントで,どの分野においても仕事の確実性を高める役割を担う存在です。収集したデータから必要な情報を選択して学習させれば,これまで人間にしか判断できなかったことがAIにも判断できるようになります。そんなAIとペアを組めば,見落としやミスが減って安全性が向上していくのではないでしょうか。
医療分野では病気の診断だけでなく,その人の過去のデータに基づく将来の病気の罹患予測や予後予測も容易になるのではないかと想像しています。早くからケアして病気を予防し,健康を長く維持できる人を増やせるかもしれません。AIの活用がさらに進んだ未来は,企業にも人にもやさしい社会になるでしょう。
Other Interviews
ほかの記事を読む