「2027年度日本大学進学ガイド」
インタビュー

よい人生は,よい仕事から。
人が幸せになる働き方と組織の姿を科学的に導き出す

経済学部 経済学科 教授

櫻井 研司

PROFILE

2016年,日本大学経済学部に着任。経営・産業,産業・組織心理学,働く人々の心理学が専門。日本心理学会産業保健心理学研究会理事。企業等の他機関との共同研究を実施しながら現代社会の職場環境に切り込み,理想的な在り方を探究している。

働く人も経営者も,誰もが笑顔になれる職場を目指して

私たちは人生の多くの時間を仕事に費やします。しかし,職場トラブルやストレスを抱える労働者の存在はなくならず,誰もが心地よく働ける環境づくりが求められています。産業・組織心理学では,仕事と人に関わる諸問題の解決や,働く人々の職業生活と家庭生活の両立に向けて科学的にアプローチしています。調査を通じて労働者の心理状態や,組織への貢献度をデータで示し,その傾向を分析したり背景にある原因を追究したりすることで,望ましい制度設計に役立てます。組織と労働者,双方にとって有意義な職場の在り方を見つけることが大きな目標です。

職場における労働者の状態を語る上で,大きく2つの見方があります。1つは労働者が「不健全ではないか」という見方です。ストレスホルモンと呼ばれるコルチゾール分泌量の計測や,アンケート形式で心理状態を分析するストレスチェックの実施によって,ネガティブな兆候を捉えます。もう1つは,労働者が「健全かどうか」という見方です。活力(生き生きしている)・熱意(誇りとやりがいを感じる)・没頭(時間を忘れて夢中になる)という3つの要素からなる「ワーク・エンゲージメント」という指標を用いて,仕事に対してどれほど前向きに取り組めているかを測ります。アンケート調査で測定され,スコアが高いほどワーク・エンゲージメントが高いと判断されます。

ストレス軽減とワーク・エンゲージメントの両輪で考える職場環境

厚生労働省の調査によると,現代の日本において仕事に強いストレスを感じている人は約7割に上り,精神疾患による休職者や退職者も後を絶ちません。なぜこれほどまでに人々がストレスを感じているか,という疑問が私の研究の柱の1つです。

さまざまな調査から見えてきているのは,ストレスの最大の原因は人間関係だという事実。2022年のパワハラ防止法(労働施策総合推進法)改正によって,明らかなハラスメントは減少傾向にある一方で,無視する・のけ者にするといった法に触れないグレーゾーンの攻撃,「ワークプレイス・インシビリティ」が深刻化しているのです。研究の結果,こうした現象に大きく影響を与えているのがリーダーの振る舞い方だと明らかになりました。特に注意すべきは,独裁的なリーダーシップです。上司が自らいじめをせずとも,その攻撃的な態度を部下が「この会社ではこう振る舞う人が成功する」と観察学習してしまい,職場全体に浸透することがあります。また,業務における役割の曖昧さも要因になります。誰が何をすべきかが不明確だと責任転嫁が起きやすく,インシビリティが増える傾向にあるのです。現在は,人を見下す傾向がある人は攻撃性も高いのではないか,という仮説のもと研究を進めています。

ストレスを取り除いてマイナスをゼロにするだけでは,人は本当の意味で幸せになれません。重要になるのが,2つ目の研究の柱である「ポジティブ心理学」の視点です。従来,心理学は心の問題を見つけて解決する病理的なモデルが主流でした。しかしポジティブ心理学は,苦しみを減らすだけではなく,個人の強みや才能を生かして幸福を追求するプラス思考に基づいています。

その一環として取り組んでいるのが,ワーク・エンゲージメントをいかに高めるかという研究です。興味深いことに,ワーク・エンゲージメントが高い従業員が多い企業ほど,営業利益や株主配当が高く,離職率が低いという相関関係が見られます。つまり,働く人が充実した状態であることは,組織の持続的な成長にも直結するのです。しかし世界的に見ると日本人のワーク・エンゲージメントは非常に低く,ランキングの下位に位置するという現状。ワーク・エンゲージメントを高めるための職場環境づくりが課題となっているのです。

企業で働く人々を対象に1万人規模でワーク・エンゲージメントの調査を行った際,ストレスが低く,仕事へのやりがいも高い「よい状態で働けている人」が約3割存在することが判明しました。彼らの職場を分析すると,共通していたのは支援型リーダーの存在。成果だけでなくプロセスを重視し,部下と共に問題を解決しようとするリーダーシップが,職場のウェルビーイングを高める鍵となるのです。また,ワークライフバランスを推進する社内制度について,従業員間で「その制度が有効で使いやすい」という共通認識が持たれていることも重要でした。特定の人だけが利用して他者の負担になるのではなく,全員が有効性を認めている状態です。意外にも,会社の規模(大企業か否か)は,幸福感に与える影響としては非常に小さいものでした。

働く人々の人生を豊かにできる学問

私がこの分野を志したきっかけは,カナダでの大学時代にあります。もともとは経済学を学んでいましたが,産業・組織心理学の授業を受けた際,知識を人の幸福のために応用できることに感銘を受け,その場で専攻を変える決心をしました。その後,アメリカの大学院でストレス研究に没頭していた頃,ある教授から「闇だけでなく,光も見てみなさい」と助言を受けたことが,現在のポジティブ心理学の研究の礎となっています。問題解決と幸福の追求,その両輪を回すことで初めて,真のウェルビーイングが見えてくるのです。

人生には避けられないチャレンジや困難がつきものですが,それを乗り越えて前向きに成長していける社会こそが,私が描くウェルビーイングな社会です。企業に就職してから定年を迎えるまで,長い年月を仕事と共に過ごします。一日の大半を占める働く時間が充実したものであれば,素晴らしい人生へとつながっていくでしょう。

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