「2026年度日本大学進学ガイド」
インタビュー
デジタルツインという仮想空間を活用し
未来の交通システムを考える
理工学部 交通システム工学科 教授
石坂 哲宏
PROFILE
2007年日本大学大学院理工学研究科修了。2015年に日本大学理工学部准教授就任、2024年より現職。道路交通を専門に、国内外の交通システムや土木計画に関する研究を行っている。2022年からは日本大学特別研究「日本大学災害ソサイエティ」のメンバーの一員として、その知見を発揮。
バーチャル空間が新たな交通施策を検証する場に

交通工学は,事故や渋滞,環境負荷といった負の要素を最小限に抑えながら適正な交通施策の実現を目指す学問です。通行する車や人,信号機などの設備,交通規制や情報提供などのソフト面の対策も含め,交通をシステムとしてトータルで扱います。私はその中でも道路交通が専門で,自動車を中心とした交通ネットワークや交差点における交通渋滞の緩和,円滑で安全な交通空間の創出などを研究対象としています。近年研究でよく活用しているのが,現実空間を3次元のバーチャル空間で再現する「デジタルツイン」技術です。より良い交通社会を目指して新たな施策を実行しようとするときに,その検証の場として用いられています。
デジタルツイン技術を使って交通システムを検証するには,初めに固定カメラやドローンで対象エリアの車や人の動きなどを撮影します。そこから画像処理によって車や歩行者の数だけでなくその動きをデータ化し,実際の交通状況をコンピューター上のバーチャル空間に再現します。そこに現実空間では試行できない仕組みや情報を組み入れて検証し,フィードバックするのです。「自動運転の車を安全に走らせるには何が必要か」「信号が3秒早く切り替わったら車の流れはどう変わるか」といった検証も可能です。この技術はAIやビッグデータを活用した交通システムの模索にも役立てられ,スマート社会の実現に貢献しています。
研究の前提となる交通データを収集し,それを可視化する作業は数十年前から行われてきましたが,近年は計測もデータもデジタル化が進み,バーチャル空間に移行しやすくなっています。例えば人の位置情報をスマートフォンからリアルタイムで収集できるようになれば,画像処理をせずともバーチャル空間に人の動きが再現され,デジタルツインの精度がさらに向上する可能性もあります。そのうえでバーチャル空間のなかで現在から将来に向けて人や車がどのように動いていくかを予測していきます。人や車がどのように動くかは,その人や車が何をしたいのかという行動意図によって変わってきます。この把握が難しいのですが,カメラで把握した人のちょっとした挙動から,その人の行動意図を抽出していきます。デジタルツインは一見するとデータの無機質な空間ですが,人と車がお互い認識しあっている空間として再現しています。
自動運転の安全性向上のため人の意思まで分析の対象に

自動運転バスの右折シミュレーション
私は複数の自治体における自動運転バス導入に向けた準備に関わっており,検証作業にデジタルツインを活用しています。自動運転で特に難しいのは,信号が設置されていない横断歩道付近の走行です。歩道を歩いている人が横断歩道を渡るかどうか,機械的には判別しづらいものの,視線の方向やしぐさなどからヒントを得られる可能性があります。観測データからわずかな動きを読み取り,モデル化して歩行者の意思を抽出すれば,自動運転の車が横断歩道を渡る人と渡らない人を判別するためのベースができるのです。
また,自動運転の車がどうすればスムーズに右折できるかというのも重要なテーマの1つです。人が運転している車なら,ドライバーが歩行者とのアイコンタクトで横断歩道を渡る意思があるかどうか推測することもできますが,自動運転の車ではそうはいきません。対向車がある場合はその速度を考慮して衝突リスクを見きわめつつ,歩行者の動きにも目を向けなければならず,とても難しい場面です。これも画像処理によってデータを取り,バーチャル空間に落とし込んで評価していきます。信号のない横断歩道のケースと同様に,歩行者の動作や歩く速度など,さまざまな要素から渡る意思の有無を分析する作業を進めています。
そのほか,走行中に前方に路上駐車があった場合に生まれる死角をどうカバーするかなど,自動運転の実用化にあたって解決すべき課題は少なくありません。デジタルの力を活用してひとつひとつクリアしながら,より安全性の高い交通システムの構築を目指しています。
令和5年には,東海道線三島駅北口と御殿場線下土狩駅の間で行われた自動運転バスの実証実験をお手伝いしました。上記のような課題への対応についても検討を進め,現在は自動運転バスを地域に広く受け入れてもらうために何が必要か模索しているところです。実証実験の際のアンケートからは,高齢者と若年層で希望する利用目的にずれがあることが分かりました。目的が異なれば,希望するバスの走行時間帯やルート,運行形態も大きく変わってきます。しかし,たとえ目的が違っても自動運転バスに期待する住民の思いは共通しているはずです。その共通の思いを形にするための活動の一環として,日本大学三島高校で自動運転バスをテーマとした授業を継続的に実施しています。生徒は地域で暮らす若者代表でもあるので,「上の世代の人はこういうことを望んでいるけれど,皆さんなら世代間のギャップをどう捉え,どう対処しますか」と問いかけ,プレゼンテーションも取り入れながら,未来の地域交通について自分事として考えてもらう機会を設けています。
人にも環境にもやさしい交通システムの実装を目指して

現在は日本大学災害研究ソサイエティ(NUDS)の一員として「豪雨災害での道路閉鎖環境における運転挙動の解明」というテーマにも取り組んでいます。豪雨災害が起こりやすい地域の地形をもとに冠水をバーチャル空間で再現し,どんな注意喚起があればドライバーが迂回する確率が高まるか,実際に映像を見た人にアンケートを取って検証するというものです。最終的にはNUDSで制作している避難誘導用のアプリケーションで冠水情報を提供し,二次災害の防止につなげていきたいと考えています。豪雨のさなかでも高齢者や障害のある方などは車で避難せざるを得ないと想定されるため,介助者や周囲の方への情報提供をはじめ,避難時のリスク低減に向けたサポートも大切でしょう。
研究を通じて私が目指しているのは,目に映る景色に大きな変化はなくとも,実は社会の安全性や快適性が向上し,環境負荷が低減された未来です。「見た目が変わらない」ことを重視するのは,新たな技術を社会に無理なく定着させるには,なるべくそれまで通りの仕組みで動かせたほうがよいと考えているからです。今もデジタルツインのバーチャル空間ではさまざまな交通施策が試行されていて,現実空間では変わってないように見えますが,安全性も着実に高まってきています。近い将来,自動運転バスなどの新たな移動手段が当たり前になるでしょう。誰もが使いやすい交通社会を目指して関連業界や自治体と力を合わせ,現実社会によりよい交通システムを実装していきたいと思っています。
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