腹膜転移とは
腹膜転移は、腹腔内全体にがんの転移巣が広がった状態です。種が播かれたようにがん組織が散らばっていることから「腹膜播種」と呼ばれることも多いです。胃癌は腹膜播種が起こりやすい癌であることが知られています。残念ながら外科的に全て切除することが困難なこと、仮に切除したとしてもすぐに腹膜再発してしまうことから、手術ではなく全身抗がん剤投与での治療となることが一般的です。この抗がん剤治療は「治癒」を目指したものではなく延命を目的とした治療と説明されることが少なくなく、1年程度の余命を宣告される患者様もいらっしゃるのではないでしょうか。
現在まで、多くの抗がん剤が開発されてきましたが、最新の標準治療である化学療法+免疫チェックポイント阻害剤併用療法でも、腹膜播種陽性胃癌症例では生存期間が10か月程度に過ぎず、従来の全身化学療法による腫瘍制御には限界があると言わざるを得ません。
当科の治療方針
当科では、2021年から腹膜転移陽性の胃癌患者に対して、パクリタキセル(PTX)腹腔内投与と全身化学療法を併用する治療を行っています。PTXの腹腔内投与が保険診療下に行えないため、自由診療としての治療となります。本治療はこれまで先進医療や患者申出療養制度下で多くの患者様に行われており、安全性が確認されているものです。非常に高い効果を示された患者様は少なくなく、肉眼的に腹膜転移が消失して根治手術が行われた症例も経験して参りました。

なぜ腹腔内化学療法が効くのか?
抗がん剤の効果は、「がんのある場所にどれだけ高い濃度の薬が、どれくらいの時間とどまるか」によって大きく左右されます。つまり、がん細胞の近くに長く、高い濃度の薬があるほど、治療効果が期待できます。
腹腔内投与は、お腹の中(腹腔)に直接抗がん剤を注入する治療方法です。この方法により、腹膜播種(お腹の中にがんが広がった状態)や腹腔内に浮遊しているがん細胞に対して、高濃度の薬剤を直接届けることができます。PTXは脂に溶けやすく分子が大きい薬剤であるため、腹腔内に投与すると体内にゆっくり吸収され、長時間お腹の中に高い濃度でとどまります。その結果、がんの表面から内部へ薬がしみ込み、がん細胞にしっかり作用することが期待されます。

今までの研究でわかっていること
卵巣がんを対象とした研究では、腹腔内に投与されたPTXの濃度は血液中の約1,000倍にも達し、24〜48時間以上にわたって有効な濃度が保たれることが確認されています。胃がんの研究でも同様に、腹腔内の薬剤濃度は血中よりはるかに高いことが示されています。ただし、高用量では強い腹痛などの副作用が出ることがあり、安全な範囲での使用が重要です。
また、下記の治療の限界もあります。
・腹腔内に癒着があると、薬が行き渡らない部分が生じる
・他の臓器に転移したがんには十分な効果が得られないことがある
そのため、より高い治療効果を得るには、腹腔内投与と点滴などの全身投与を組み合わせ、繰り返し治療を行うことが重要とされています。
臨床試験と位置づけ
胃がんに対して、日本から有効性が報告され、東京大学を中心とした研究グループが臨床試験を進めてきました。腹膜播種を伴う進行胃がんを対象とした比較試験では、標準治療と比べて「生存期間の明確な差」は統計的には示されなかったものの、条件を調整した解析では本治療の有効性が期待できる結果も得られています。(Ishigami H et al. J Clin Oncol. 2018)。また、2026年には中国で行われた前向き研究でその有効性が示されております。(Yan C et al. JAMA Oncol. 2026)。
腹腔内併用全身化学療法(IP療法)の実際の流れ
1.対象患者
腹膜播種を有する胃がんの患者様です。発見時より腹膜播種を認められた方(切除不能癌)だけでなく、術後に腹膜播種再発を認めた方も対象です。
また、他院で標準的化学療法を行っている方で、治療効果がなく、本治療を希望される方も対象としています。
2.治療の流れ
まず、外来受診していただき、病状の把握とともに本治療の詳細をご説明いたします。
その後、腹腔内の播種の状況を確認するために「審査腹腔鏡」と、および腹腔内に抗がん剤を投与するための「腹腔ポート」の造設という手術をうけていただきます。これらは一度に行い2時間程度で終了します。入院期間は食事摂取など問題がなければ一般的には約4日間です。その後、外来で本治療の導入を行います。
治療レジメン
当院では2つのレジメンを採用しております。
① エスワン+パクリタキセル経静脈・腹腔投与(S-1+PTX Ip/Iv療法)
内服抗がん剤であるティーエスワン®を2週間内服し、その1日目と8日目にパクリタキセルの点滴と腹腔内投与を行います。概ね3時間程度で終了となります。
2週間の内服終了後に1週間の休薬期間があります。計3週間で1コースが終了し、2コース目が開始されます。本治療を繰り返し継続していきます。
②フォルフォックス+パクリタキセル腹腔内投与(mFOLFOX6+PTX Ip療法)
「フォルフォックス」と呼ばれる、3つの抗がん剤を組み合わせた治療にパクリタキセルの腹腔内投与を併用する方法です。
胃癌の腹膜播種の患者様では、十分な経口摂取ができない患者様も多数いらっしゃいます。そのため経口剤であるティーエスワン®の内服ができないため、すべて経口以外で投与できる本治療を選択することがあります。
フォルフォックス療法自体は48時間かかる治療で、使用される2つの抗がん剤は数時間で終了となりますが、5FUという抗がん剤は46時間かけてゆっくり投与されるため、まえもって左胸に持続点滴用のCVポートを造設する必要があり、入院中に作成します。そして、外来での導入の前に入院で行っていただき、持続点滴のために用いるインヒューザーポンプという器械の扱いを覚えていただきます。インヒューザーポンプはほかの癌腫にもよく用いられるもので、ほとんどの方が問題なく使用されております。2週間ごとに、フォルフォックス療法を外来、自宅で行っていただき、1日目、8日目、15日に外来でパクリタキセルの腹腔内投与を行います。
計4週間で1コースが終了し、2コース目が開始されます。本治療を繰り返し継続していきます。


まとめ
腹腔内併用全身化学療法は、お腹の中に広がったがんに対して高濃度の薬を直接届けられる有効な治療法の一つと考えています。一方で、届きにくい部位もあるため、全身治療と組み合わせて行うことが重要です。実際の治療スケジュールや治療効果等につきましては外来にて詳細にご説明させていただきます。
当科では、切除不能胃癌に対して胃癌治療ガイドラインに則った標準化学療法も多くの患者様に行っており、決して腹腔内併用化学療法を強制するものではありません。患者様と相談して、現時点でよりベストな治療が選択できるようにご提案させていただきます。
ご不明な点があれば、いつでも医師や医療スタッフにご相談ください。