ご挨拶
消化器病センター長,消化器外科診療責任者の山下裕玄です。
日本大学病院のホームページをご覧いただき有り難うございます。
当院では,消化器内科と消化器外科が1つの部門である消化器病センターとして診療を行っています。特に消化管の悪性腫瘍に対する診療機会が多いのですが,初診患者の治療方針を定期的に合同カンファレンスで確認,診療スタッフで共有するようにしております。ですので,内視鏡治療で済む早期癌患者が消化器外科外来を受診したとしても,内科へスムーズに診療移行できます。初診が内科か外科かは気にされずに受診して頂けましたら幸いです。また,内科・外科合同で行う手術も近年増加しておりますが,内視鏡手術・腹腔鏡手術のハイブリッド手術,LECSにも積極的に取り組んでおります。
当院の理念は“病院は病者のためにある”です。主役は患者様自身です。“患者様をこれまでの日常へ戻す”治療を実践すること,これが目指すべき診療の方向性です。消化器外科では,「がんの根治性」を重視しながらも,患者様それぞれの考え方を最大限尊重し,生活の質を出来るだけ本来あるべき形に近づける様にこれからも診療業務にあたって参ります。
どうぞ日本大学病院消化器外科のご利用をよろしくお願い申し上げます。
消化器外科 科長 山下 裕玄
概要
3階の3-15から3-22に外来診療室があり,消化器内科と消化器外科が隣り合っていて,それぞれの診療を行っております。
しかしその裏方では,内科と外科が一つのユニットとなっており,お互いに相談,協力しながら診療できるシステムになっています。病気になれば誰しも不安になるものですが,私たちは大学病院として高度な医療を提供するだけでなく,暖かい雰囲気の中で患者様の不安を理解し,少しでも和らげることがでできるよう,医師と看護師,スタッフ全員で患者様を支えていけるよう努力してまいります。
消化器外科は,手術治療による恩恵を患者に提供することが最大の役割です。しかし外科手術においては“切る”という作業が当然ながら伴いますし,結果として手術治療によって患者様に負担を強いることになります。特にがん手術においては,臓器を切除しその機能を失うことになりますので,手術の前後では生活の質が大きく変わってしまう場合も少なくありません。がんの根治という視点には最大限の関心が払われるべきですが,一方で患者様の生活の質を出来るだけ本来あるべき形に近づけることも同時に極めて重要なことであります。現在の標準的手術治療を常に念頭におきつつ,患者様に理想的なベストな手術治療は何か?を常に考えて診療にあたっております。
患者様の負担軽減を目指した低侵襲手術は普及が進んでおり,当院でも早くから導入して参りました。腹腔鏡,胸腔鏡・縦隔鏡を用いた手術では,大きな傷がないために術後の痛みは一般的に少ないです。痛みが少ないために早期から体を動かすことができますのでリハビリが進みやすいというメリットがあります。特に高齢患者様では,筋力が低下していることが少なくありませんので,早期からリハビリが可能となる低侵襲手術は大きなメリットがあると考えております。
一方で,進行がんの治療に際しては低侵襲手術のみという訳にはいかないのも事実です。手術治療では根治が得られないという場合も少なくありません。抗がん剤,放射線治療のみならず,消化管ステント(がんで狭くなった部分を拡げる)や胆道ドレナージといった手技も必要となる場合があります。近年の抗がん剤治療の進歩により治療成績は改善してきており,特に,これまでは切除不能と評価されたがんであっても,抗がん剤が効いた結果切除可能となることも見られるようになってきました。もちろん,抗がん剤が全例に効いてくれれば良いのですがまだそこまでの成績は得られておりません。しかし,これらの治療・手技をうまく組み合わせた“集学的”治療により成果が最大となる様,常に考えております。
それぞれの患者様に最善の治療を提供できる様,患者様自身が最善であったと感じて頂ける様,患者様に寄り添った外科医グループであり続けたいと思います。
特徴・特色
当院消化器外科は従来から低侵襲手術に早期から積極的に取り組んで参りました。各種ガイドラインを尊重しつつ,胃癌,大腸癌に対して腹腔鏡手術の適応症例にはほぼ全例施行しています。食道癌については胸腔鏡手術のみならず,右胸腔からのアプローチを要しない縦隔鏡下手術も導入し施行しております。侵襲の軽減化を目指し,手術治療を提供可能な対象を拡大していけたらと考えております。
外科は,手術治療による恩恵を患者様に提供すること,これが最大の役割であることは間違いありません。一方で,手術に伴う侵襲は患者様に相応の負担を強いることになります。最近は高齢のがん患者様を治療する機会が増えてきていると実感します。特に胃癌は顕著に高齢化してきているように感じます。実際に,国立がん研究センターがん情報サービス「がん登録・統計」を参照しますと,胃癌患者様のピークは60代から70代に,患者様の絶対数も高齢者側に大きくシフトしていることが分かります。
胃癌罹患数-年齢別推移-1975年,1995年では65-69歳にピークがありますが,2015年では70-74歳になり,さらに患者数の絶対数が大幅に増えています(国立がん研究センターがん情報サービス「がん登録・統計」より改変)
フレイル・サルコペニアと称される,加齢に伴う体力・筋力低下の頻度は年齢が上がるにつれて高くなってきます。併存疾患も多いです。手術をきっかけに,この体力低下が進むことは可能な限り避けたいところです。より低侵襲な手術を行い,早期リハビリ,早期回復,早期退院という良いサイクルを患者様に提供したいと考えております。
参加している臨床試験
4型進行胃癌に対する術後または周術期補助化学療法としての全身・腹腔内併用化学療法と全身化学療法の無作為化比較第Ⅲ相試験
腹膜転移陽性の進行再発胃癌に対する腹腔内化学療法
腹膜転移は,腹腔内全体にがんの転移巣が広がった状態です。種が播かれたようにがん組織が散らばっていることから腹膜播種と呼ばれることも多いです。残念ながら外科的に全て切除することが困難なこと,仮に切除したとしてもすぐに腹膜再発してしまうことから,手術ではなく全身抗がん剤投与での治療となることが一般的です。この時の抗がん剤投与は“治癒”を目指したものではなく延命を目的とした治療と説明されることが少なくなく,1年程度の余命を宣告される患者様もいらっしゃるのではないでしょうか。
いわゆる“スキルス胃癌”と呼ばれるタイプの胃癌は,無症状の段階から腹膜播種を伴っていることが少なくありません。他の胃がんと比較すると若年層に多く,特に女性に多いという特徴があります。
当院では,腹膜転移陽性の胃癌患者様に対して,パクリタキセル腹腔内投与と全身化学療法を併用する治療を行っています。パクリタキセルの腹腔内投与が保険診療下に行えないため,自由診療としての治療となります。これまで先進医療や患者申出療養制度下で多くの患者様に行われており,安全性が確認されているものです。非常に高い効果を示された患者様は少なくなく,前任地の東京大学では肉眼的に腹膜転移が消失して根治手術が行われたことも多く経験して参りました。
胃がんの腹膜転移に対する本治療については,外来予約の上,直接受診して頂いても対応させて頂きます。
食道胃接合部癌に対する集学的治療
食道胃接合部とは,食道と胃を連結する部分で,この2つの臓器の境界部分ということになります。定義上は食道筋層と胃筋層の境界ということになりますが,両者を明確に区別することは難しいです。ちょうど境界線で食道側の柵状血管が途切れることが内視鏡検査(胃カメラ)で観察できますので,これを参考にして食道胃接合部を推定することになります。食道胃接合部の上下2cmを食道胃接合部領域とし,ここに“癌の中心”が存在するものを食道胃接合部癌といいます。
柵状血管と食道胃接合部の内視鏡イメージ(山下裕玄,瀬戸泰之 【術前画像診断のポイントと術中解剖認識】 食道胃接合部癌 臨床外科 2013;68:24-27 より)
矢印で示された部分が柵状血管下端となります。時計の0時から3時方向に盛り上がった部分が見えますが,こちらが腫瘍(がん)になります。食道胃接合部領域に中心が存在するがんですので,食道胃接合部癌となります。
がんが食道にありますと食道癌,胃にありますと胃癌となります。食道癌と胃癌では切除範囲が大きく異なります。食道癌でしたら食道亜全摘,胃癌ですと胃全摘が行われることが多いです。食道胃接合部癌は食道と胃の両方にまたがって存在していますので,どういった手術治療が最適であるかは議論の絶えない課題の一つです。
食道胃接合部癌から転移頻度の高いリンパ節について,近年の研究結果から明らかになってきたことは,小さな食道胃接合部癌の多くに対しては胃全摘を行わなくても転移好発領域はほぼ切除可能ということです。日本胃癌学会,日本食道学会合同で全国調査が行われた結果に基づいておりまして,2014年5月改訂の胃癌治療ガイドライン第4版からリンパ節郭清アルゴリズムは収載されております。
大きな食道胃接合部癌に対しては,胃全摘を行わなくて良いと言い切れない場合があります。胃の方に大きく浸潤していれば胃全摘が必要な場合がありますし,逆に食道側に浸潤している場合には食道亜全摘が必要な場合もあります。腫瘍が存在する範囲をいかに適切に評価するかで,最適な手術が決まってくることになります。また,手術中に予想外の腫瘍の拡がりが分かることも少なくなく,柔軟な対応を求められるタイプの腫瘍ではないかと思われます。切除範囲は図に示すような3種類に大きく分類されます。いずれの場合にも対応できる体制をとっております
山下裕玄,瀬戸泰之 消化器外科 第41巻2号,2018より
食道胃接合部癌は,特に高度リンパ節転移の場合には切除後の再発率が高く,結果として治療成績が十分とは言えない現状です。その場合には手術前に抗がん剤治療を先に行うこともあります。患者の年齢,社会環境,生活強度によっても,行える治療内容はかわってくるところもあります。そういったものを含めて,ひとりひとりの患者様にあわせてテーラーメイド治療を提供致します。ご安心の上,是非当センターを受診して頂けたらと思います。
単孔式腹腔鏡下手術
単孔式腹腔鏡手術とは
ひとつの孔(きず)を腹部に開けて行う腹腔鏡下手術の方法です。「同じ手術をするなら、なるべく小さい創の方がいい」という考えは、患者様の誰もが考えることであると思います。当科では、できるかぎり創を小さくして、手術による身体への負担を軽減する単孔(たんこう)式腹腔鏡下手術をおこなっております。2009年に本術式を導入して以来、様々な疾患に応用してきましたが、近年は安全性と整容性・根治性のバランスを考慮し、炎症の軽度な胆嚢結石症や虫垂炎を中心に行っております。また炎症があっても中等度程度であれば5mmポートを追加する方法(プラスワン)や、ポート数を減らしたり、ポートサイズを小さくするReduced-port surgery(リデュースドポート(減孔式)手術)も、単孔式腹腔鏡下手術のオプションとして症例毎に検討しております。
実際の手術方法は?
臍(へそ)中を約20mm切開し、「フリーアクセス」というアクセスポートを設置しそこに小型のトロッカーを挿入します。ここから全ての手術器具やスコープを挿入し操作することで、ひとつの創部だけで行う手術が可能となります。摘出した臓器はフリーアクセスを通じて臍から取り出します。この創部は臍の中を切っており、さらに細い透明な糸で皮膚を縫合閉鎖することで、創部は臍の中に隠れ手術後はほとんど目立ちません。標準的な手術時間は約1時間30分です。
単孔式腹腔鏡手術のメリットとデメリット
単孔式腹腔鏡下手術は、もともとあるヘソのくぼみの中を切開して手術を行うので、術後のキズはほとんどわからなくなるくらいに目立ちません。海外ではScarless surgery(キズの見えない手術)とも言われています。一方、狭い空間から手術機器を挿入して操作しなければならないため、手元および腹腔内での手術器具同士の干渉を起こし可動域が制限されるため高度な技術を要します。また炎症が強い場合や過去に受けたおなかの手術によって内臓に癒着がある場合には手術が難しくなり行うことができないこともあります。その場合はプラスワンや従来法(4ポート)、さらには開腹に移行することもあります。
土曜日手術
当院では土曜日に手術が行える体制をとっております。前日の金曜日に入院をしていただき,土曜日の午前中に手術を行います。外科スタッフや手術室スタッフは平日と同様です。ニーズにあう患者さんがいらっしゃいましたらお気軽に外来医師までご相談頂けましたら幸いです。
抗がん剤治療
消化器がんは,以前は他のがんに比べて,“抗がん剤が効かないがん種“といわれてきました。しかし,2000年代に入り様々な抗がん剤が使用可能になり,その概念はかなり変わってきております。特に胃がんや大腸がんに関しては2005年の新規抗がん剤の出現以来,大きな変革を遂げ,現在では殺細胞性の抗がん剤だけでなく,分子標的薬や免疫チェックポイント阻害剤など様々な抗がん剤が用いられて,それに伴い予後の延長も認められてきました。
現在では切除不能の大腸癌であっても,2年以上も進行を抑えながら日常生活を送っていらっしゃるかたも大勢おります。当科では1990年代から消化器がんに対する抗がん剤治療を行ってまいりました。そして,国内の様々な試験にも積極的に参加し,国内のエビデンスの確立にも寄与してまいりました。
本邦では消化器外科医が抗がん剤治療を行う施設も珍しくありません。そのメリットの一つに手術前から手術後まで,患者様の状態に合わせた集学的治療を行えるということがあります。
進行した消化器がんでは,術後に一定期間,抗がん剤を投与すること(術後補助化学療法といいます。)が一般的ですが,術後から抗がん剤の開始まで速やかな導入が可能になります。さらに,定期的なフォローアップの中で万が一再発を認めたとしても,抗がん剤を導入したり,再発部位によっては手術を先行したりと,様々な治療戦略を計画し,適切な手術のタイミングを速やかに決めることができます。
胃がんでは,近年,“コンバージョン治療”という言葉がよく使われております。これは切除不能であったものが抗がん剤治療によって根治切除が可能になり,手術がおこなわれることを言いますが,この適切なタイミングの選択も消化器外科医が抗がん剤治療を行う大きなメリットと考えております。
当科では臓器別に専門の担当医師が抗がん剤の選択を行っております。ご質問がありましたらお気軽にご連絡ください。