胃癌の腹膜播種に対する集学的治療について
腹膜播種とは腹腔内全体にがんの転移巣が広がった状態です。種が播かれたようにがん組織が散らばっていることから腹膜播種と呼ばれます。特に、いわゆるスキルス胃癌の場合は見つかった段階で腹膜播種を伴うことが多く、根治切除後の再発形式としても腹膜は最多です。
腹膜転移陽性の胃癌患者さんに対して、パクリタキセル腹腔内投与と全身化学療法を併用する治療を当院では行っています。ただし、パクリタキセル腹腔内投与が保険診療下には行えないため、希望される患者に限定しての治療となります。混合診療禁止の原則から、本治療法を行う場合には全て自由診療となります。令和3年2月から本治療法を当院で開始し、これまでに42名の患者さんに投与を行っております。
パクリタキセルは高分子量で疎水性という特徴がある抗がん剤で、腹腔内投与した後も長時間腹腔内にとどまる性質があります。一度投与されるとパクリタキセルの腹水中の濃度は非常に高くなり、時間をかけてゆっくり濃度が下がっていきます。腹膜播種は腹膜の表面に多くが存在しており、腹膜播種病変は高濃度に長時間、パクリタキセルにさらされることになります。本治療法はこれまで臨床試験、先進医療で安全性が確認されており、国内ではじめて患者申出療養制度下に実施された治療でもあります。昨年9月に、上海交通大学中心に行われた臨床試験で腹膜播種陽性胃癌に対して本治療が有効であることが報告され(DRAGON試験)、有望な治療であることは確かかと思われます。
当院での治療例の中には、既に多くの化学療法を施行し不応となってから本治療を希望された患者も含まれております。そういった患者での奏効はなかなか得るのが厳しく治療成績は良くありません。そういった患者さんも含めての結果ではありますが、これまでのところ1年生存率は71.4%、2年生存率は54.1%という成績です。
昨年11月に開催された日本臨床外科学会学術集会で、「胃癌腹膜播種治療における最新の進歩と課題」をテーマにした国際シンポジウムで当院での治療について発表して参りました。国際的には、多くの先生が腹膜を標的とした治療の追加が必要であるという認識を持たれていることがよく分かりました。
腹膜播種を有する場合、胆管狭窄、尿管狭窄、腸管狭窄といった管腔臓器の狭窄は多く経験します。順次ステント治療や手術治療で介入して、化学療法による腹膜播種コントロールを進めていく必要があります。当院では消化管ステント、胆管ステント留置について必要時に早急に対応できる体制をとっておりますし、泌尿器科との診療連携もございます。腹膜播種に対しては化学療法のみならず、総合的に対応できる体制が必要です。既存治療で無効の患者さん、治療法についてご相談されたい患者さんがいらっしゃいましたら、是非とも当消化器病センターをお役立て頂けたらと存じます。今後も多くの患者に貢献できるように、治療に積極的に取り組んで参ります。